第31話 死線

「ああああああ‼」



 ザクッ‼ ユウトの叩きつけた軍刀が陸棲ネフィリム小型種の首に食いこんだが、切断には至らず中途でとまった。


 グッ‼ ユウトは刀を抜こうとしたが、エクソ・ハーネスで増強された筋力でも動かない。陸棲種の首の断面は刀がある所を残して繋がり、刀を挟んで離さない。


 時間を浪費して隙ができたユウトは、陸棲種が振るった脚で、ヘルメットの上からでも頭を殴られた衝撃で、死んだ。



「ガッ……!」



 死んだのは電脳空間のアバター、それをVRルームの球状筐体の中で動かしている本人は無傷。この装置に痛覚再現機能はないが、ユウトは本当に頭が殴られたかのように痛みを感じていた。



VR感覚ファントムセンス



 VR機器は使用者に、主にアバターの見る光を見せ、聞く音を聞かせ、アバターと一体化したように錯覚させる。視覚と聴覚、それ以外の五感には働きかけない。


 だから仮想世界でアバターが飲食をしても使用者は味も匂いも感じないし、火にふれても熱くないし、怪我をしても痛くない。


 だが『現実ならこうだろう』と脳が想像で補い、ないはずの味や匂い、熱さや痛さなどを感じてしまう錯覚現象。


 それがVR感覚。


 その程度には個人差がある。ユウトはVRゲーム配信者だった学生時代から持っていたが、問題になるほどではなかった。それが今になって。


 ネフィリムの首魁ネフィルからの宣戦布告で、さすがに祝勝パレードも中止になり、ノアザークは入港。乗組員は休暇に入ったが、ユウトは町には降りず、決戦に備えて自主練を始め──


 VR感覚の鋭敏化に気づいた。


 メイミを空棲種に連行されて以来ユウトの精神は限界だったが、ネフィルが演説の途中『ミコトを喰った』と発言してから、より悪化した自覚がある。


 そんな精神状態が影響したのか、本当のところは分からない。医務科には黙っているので確かめられない。バレるとVR機器を使用禁止にされるから。


 なにせVR感覚で痛覚が再現されると、アバターの死の衝撃で使用者がショック死する危険もある。それはユウトも困るが、今これを使えなくなると強くなれなくなる。



『スタート!』


「おおおッ‼」



 リトライし、再生したアバターでまた陸棲小型種の群れに挑む。戦場はミコトメイミたちを培養槽から救出したニューヨークの廃墟。あの時の戦闘データを元にしたシミュレーター。


 あの時と違うのは仲間がおらず1人で、装備している剣はチェンソードではなく、エイト同様ただの軍刀ということ。


 多勢に無勢なのは問題ない。


 現実にここで戦った時と違い、ユウトは1匹と対峙しながらも広い視野を維持できるよう成長した。連携攻撃を受けないよう位置取りを気をつけ、敵に数の有利を活かさせない。



 ズバッ‼



 ユウトは一刀で陸棲種の首を刎ね、すぐ移動して他の個体に隙を見せるのを防いだ。素早い。重くて振りづらく、回転刃で切断するのにも時間のかかるチェンソードではこうはいかない。


 この1匹を倒すのにかける手間の少なさによる高効率も、エイトの強さの秘訣。チェンソードに頼っている限り、その域には踏みこめない。


 エイト、クサナギ艦長、死んだミョウガ憲兵長のように、普通の刀剣で実戦でもネフィリムの首を確実に落とせるようになる。ユウトはそれを目指して特訓していた。



 ズバッ‼


 ズバッ‼


 ザクッ‼



 斬首に成功、成功、失敗。また刀がとまり、ユウトは今度は抜こうとせず、峰を蹴りつけて刀身を押しこんだ。それで首は刎ねられたが姿勢を崩し、そこに何体もの敵が殺到してくる。


 成功しているあいだは良くても失敗すればこのとおり。確実に斬れるようにならなければ実戦では使えない。



「ああああああ‼」



 ユウトは四肢を寸断され、胴体を貫かれ、頭から丸呑みにされ、死んだ。こんな経験はないので実際にそうなった時とは違うのだろうが、激痛と恐怖に悶絶する。


 ショック死さえしなければいい。


 そんな死にかたは絶対にしない。


 そう念じて何度も挑戦し、失敗しては無惨に死ぬ。


 できるようになるまで練習あるのみ。ゲーマー時代はやっていたことを、2年前にミコトを喪ってからの戦いの日々ではしなかった。


 ネフィリムの首のように硬いものを斬るのも、動くものを斬るのも容易ではない。まして相手が攻撃してきて、それを捌きながらとなれば、正しく刃筋を立てる余裕がなくなる。


 斬れるのは一握りの特別な存在。


 自分はそうではないと諦観して。


 幼い頃から非凡だったエイトやミコトとは違う、凡庸な自分の才能に見切りをつけていたのは元々だが。


 それでもゲーム配信の収益が自分より遥かに上なミコトに、自分の収益で買った結婚指輪を贈ったような意地が、もう湧かなかった。


 あの頃は口では復讐を唱えていても、本当は死にたいのを我慢するので精一杯で、やる気がなかった。だからエイトに言われても上を目指そうとしなかった。


 だが、今はもう、違う。


 惰弱な自分は許せない。



「やってやる‼」



 エイトより、誰よりも強い戦士になる‼


 でないと、彼女に愛を語る資格はない‼







 人類への宣戦布告を終えたのち、ネフィルはバイカル湖畔から飛びたった。背中の4枚羽を広げ、両足のかかとからプラズマジェットを放って、身長3㎞の巨体で天空を翔ける。


 目指すは西、人類の勢力圏へ。


 その始祖の許へと、中央アジア各地の自らの巣から飛びたったネフィリム空棲種の小型種や大型種が続々と合流し、大軍勢となっていく。


 ネフィリムは水が豊富にないと活動できないため、乾燥した中央アジアに陸棲種は進出しなかったが、空棲種は進出できたのは点在する水場から水場へ飛んでいけるから。


 それで体が大きすぎて水もより多く必要なネフィルは、3kmの巨体が浸かれるだけの水深のあるバイカル湖にいた。そんな彼女たちが次に目指す水場は──世界最大の湖。



【カスピ海】



 人類統合体の国土の、東の果ての一部。そこより東はネフィリムの、西は人類の勢力圏。その湖面では人類統合軍の艦隊が待ちかまえていた。


 駆逐艦からは無数のレールガンの砲弾が。


 空母からは無数のフラッドが飛んでくる。



「ぬるい」



 その嵐のような攻撃を物ともせず、ネフィルと空棲種らは瞳や指先から放ったレーザーで艦隊を壊滅させ、血に染まったカスピ海で優雅に水浴びと洒落こんだ。

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