最終章

第29話 救世主

 強襲揚陸艦ノアザークは紅海で艦載機のフラッド隊を西のアフリカ大陸へ出撃させ、彼らがネフィリム陸棲種のボスを討伐したのち、南下してマンデブ海峡を抜けた。


 そこから北東へ向かい、アジア大陸はアラビア半島の海岸沿いに航海、その東方のペルシア湾で琵琶湖ほどの大きさの島バーレーンの大都市、マナーマに着くや盛大な歓声に迎えられた。


 島の内外から来た無数の人々が岸に押しよせ、水路を進むノアザークに手を振り、感謝と称賛を叫んでいる。



〖陸棲種〗


〖海棲種〗


〖空棲種〗



 大別して3種いたクマムシの怪獣ネフィリムによって滅亡寸前にまで追いつめられていた人類だが、今や陸棲種と海棲種が地球から一掃され、人々は安堵し歓喜していた。


 ネフィリム各種はそれぞれ、たった1匹の超大型個体〖ボス〗とその子たちから成り、仕組みは不明だが、親が死ぬと子たちも全て死ぬ。


 人類はそのボスを殺すことで海棲種と陸棲種を立てつづけに殲滅し、形成を逆転させた。ノアザークは、そのどちらの勝利にも大きく貢献した。



 今日はその祝勝パレード。



 ノアザーク乗組員たちは飛行甲板に整列して敬礼し、民衆の声を浴びる……ただし、そこに艦載機フラッドの操縦士たちの姿はない。


 彼らは西の空から現われた。


 全高20mの機械人形、漆黒の鎧に6枚羽のエクソ・サーヴァス【フラッド】19機の編隊が、かかとから出る排気にオイルを吹きかけ発生させた、スモークの尾を引いて飛んでくる。


 彼らノアザーク所属機はアフリカでの戦いで、陸棲種のボスクユーサーを倒すのに使用した核爆発が起こした二次災害、ナイル川の洪水に揉まれて機体が故障して動けなくなっていた。


 そこを救出部隊に拾われ、操縦士たちは検査を受けて健康も被曝線量も問題なしと診断され、修理された機体で飛びたち、母艦ノアザークが入港する今日に合わせて到着した。



『ようこそ、楽園の島へ‼』



 その言葉を拡声器で町中に響かせる、あでやかな衣装の美女が諸手を振って、フラッド隊を歓迎した。


 人類統合体の3人いる最高権力者の1人、この島を含むアジア全域の盟主、アジア代表その人が。



『大変な戦い、お疲れさまです‼』



 この町で最も高い場所。全高1022mの超々高層ビル、ムルジャン・タワーの天辺のアンテナの先端に立って。



『勝利と! 希望を! ありがとう‼』



 フラッド各機はそれぞれ色違いのスモークを引きながら横並びに飛んで、空中に七色の弧──虹を描いてから高度を落とし、乗組員が艦内に戻ったノアザークの飛行甲板に着艦していった。


 そしてすぐ隊長機だけが再び飛びあがる。


 その操縦士こそ、オオゾラ・エイト大尉。


 多くの仲間に支えられながら最後には、海棲種のボスにもにもトドメを刺した最強の兵士、稀代の英雄。



「エイトー‼」


「オオゾラー‼」


「我らが英雄‼」


「人類の救世主‼」



 エイト機はゆっくりビルの谷間を縫うように低空飛行しながら町中を巡り、人々の声に手を振って応えていく。


 他の機体が一緒だと見分けがつきにくいため、こうして彼だけをじっくり見れる時間が設けられた。


 他の18機は飛行甲板に整列して、エイト機が戻るまで待つ。その1機の操縦室で、ユウトは冷えきった眼差しでムルジャン・タワーの頂に立つアジア代表を見上げていた。



(なにが英雄だ)



 海棲種のボスバハムートにトドメを刺したのは、エイトとユウトの2人がかりだったが、エイト1人でやったことにされた。


 陸棲種のボスクユーサーを核で殺したのは、ここには帰ってきていないコイケ少尉というノアザーク所属フラッド操縦士だが、それもエイトがやったことにされた。


 エイトも、そんな嫌な役回りを押しつけられ、クユーサー殺しの名声の裏側の『核を撃ち、爆発と洪水と放射能で大勢の人々を巻きぞえにした』悪名を着せられた被害者だ。幸い、それを責める声はここにはないが。


 それらは3代表の意向。


 元々エイトの実績も人気も比類ないが、崇拝対象は少ないほうがいいと、他者の功績まで彼のものとして1人の絶対的な偶像に仕立てあげ、その活躍のニュースで民衆の心を励ます。


 滅びに瀕した人類社会は、そんな明るいニュースでもなければ直接ネフィリムに滅ぼされる前に心理的ストレスで崩壊する。


 それは分かるが、その方針が少尉の暴走を招いたのも事実。彼はエイトに嫉妬し、クユーサーを殺せば自分も英雄になれるという誘惑に屈して核を撃った。


 それが真相。


 クユーサーとの和平交渉が決裂したら撃て、と言われて与えられた核を、交渉が上手くいっていたのに撃ってしまった。


 3代表はこれを隠蔽した。和平交渉することは世間には公表していなかったので、初めから陸棲種を討つために出撃して成功したという体裁で、このパレードは行われている。



(悔しいよな、少尉)



 エイトの進言で、艦長は和平交渉を反対論者に妨害されぬよう、和平の使者メイミを護衛するフラッド操縦士に反対論者を入れないよう対策したのだが、別の理由でこうなるとは。


 功名心。


 ユウト自身は結婚式で花嫁ミコトを喰われた日に失くしたので、バハムート殺しの名声など要らないが。どうして愚かと言えようか。


 兵士は誰もが、たった1つの命を賭して戦っているのに、多くは人の記憶にも残らず死んでいき、一握りの英雄だけ持てはやされれば心乱されよう。まして、そこに不正があれば。


 それで英雄になろうとクユーサーを殺したのに、結局その手柄もエイトに奪われ英雄になれなかった少尉が哀れだ。和平に懸命だったメイミの努力を無にしたことは許せないが。



(メイミ)



 また奪われた、ネフィリムに。メイミ機は巨大な天使のような姿の空棲ネフィリム大型種によって拉致された。


 ユウトは乗機が故障して動かず、2年前の結婚式の日と同じく、それを見ているしかなかった。


 失意、憤怒、自責。


 だが絶望はしない。


 彼女の死を確かめるまでは。記憶を失ってからの人格メイミ、その奥で眠っている本来の人格ミコト。己が愛する、1つの体を共有する2人の──



『ごきげんよう、人間の諸君』



 突然、通信が入った。ゴーグル内モニターによる視界の正面に四角いウィンドウが表示され、1人の若い女性が映る。



『妾はネフィル。ネフィリムの始祖じゃ』



 その声は、その顔は。


 ミコトのものだった。

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