第28話 核心

 ナイル沿岸の砂漠で対峙するメイミと、陸棲ネフィリム超大型個体クユーサー。お互い背後に仲間が控えている。メイミ側はフラッド数十機、クユーサー側は小型種100万匹と大型種1万匹。


 メイミは心臓が弾けそうだった。


 戦えば一瞬で殺される陸棲種の超大群と間近で向きあっている恐怖。この友の仇への抑えがたい憎しみ。この怪獣たちとの交渉を成功させねばならない、人類の命運を背負った重圧。



「ラー、ララー♪」



 フラッドの操縦室で歌うメイミの声を変換した、ネフィリム語の超音波が機体のスピーカーから流される。それにクユーサーがネフィリム語で返す。人には聞こえぬ、静かな対話が始まった。



〝ありがとう、話に応じてくれて〟


〝提案を聞こう〟


〝互いに傷つけず生活領域も侵さない決まりを作りましょう〟


〝それだけで、いいのか〟


〝ワタシたちは自らと同胞を守るため、貴方たちを殺してきました。でも貴方たちがワタシたちを執拗に攻撃するのは、貴方たちもワタシたちから身を守ろうとしていたから。違いますか?〟


〝違わない〟


〝でしたら決めごとを作るだけで、ワタシたちは共存できます。貴方たちが食事を含め、どんな目的であれ人間に危害を加えないなら、人間も貴方たちに、そうする必要はなくなるから〟


〝……承知した〟



 交渉は驚くほど順調にいった。


 どうか最後まで、このままで。



〝貴方は地にいる全てのお仲間に決まりを守らせられますか〟


〝従わせる。子らは親に逆らえぬ〟


〝では空にいるお仲間に対しては〟


〝あれらは我の子らではない〟


〝命令ではなく、お願いすることは?〟


〝成功するか不明だが、やってみよう〟


〝ありが──〟



『メイミ‼ 逃げるよ‼』


「えっ──ユウトさん⁉」



 急にユウトから通信が入ったかと思えば、ユウト機が飛びついてきてメイミ機の手を引いた。メイミは自機のかかとからもプラズマジェットを噴かせ、ユウト機と手を繋いで飛びながら問うた。



「どうしたんですか⁉」


『誰かが核を撃った‼』


「そんな⁉」



 見ればエイト機ら、他のフラッド各機も同じ方角へ飛びだしていた。メイミはクユーサーへの憎しみを忘れ、心から叫んだ。



〝逃げて‼〟







 クユーサーの足下で核爆発が起こった。


 ナイル中流域に巨大なキノコ雲が出現。


 クユーサーと近くにいた陸棲種たちは爆発に呑まれ、急所の脳ごと粉々になって死んだ。連動して、その場にいなかった地球中の陸棲種たちも、親であるクユーサーの死に連動して死んだ。


 ボスには核を使おう。


 それは人類統合体の指導者たちが、バハムートの一件で『ネフィリム各種には、その死が全ての同種の死を招く個体、ボスがいる』と分かった時、すぐ思いついたことだった。


 幸い、核なら備えがある。


 そもそも人類がネフィリムとの戦いで初期には使った核を使わなくなったのは、メリットよりデメリットが大きかったから。


 核でネフィリムを殺せなかった例はない。だが核爆発は周辺の土も水も空気も放射能で汚染して、それは人間には極めて有害。なお、ネフィリムに爆発は効いても放射能は効かない。


 各国が保有していた全ての核を使いきっても世界中にあふれたネフィリムを爆殺しきるには足りないし、使いきる前に放射能で人類が滅びる。


 これでは使えないと死蔵された。


 だが、ボス1匹を殺すだけで同種を皆殺しにできるなら、それに要する少量の核による被害など大した代償ではない。


 それで人類統合軍はメイミには黙って、メイミ機 以外のノアザーク所属のフラッド全機に核を持たせた。メイミによる和平交渉が決裂したら、それでクユーサーを殺すよう指示して。



〖砂地潜航型・核魚雷〗



 フラッドの腰の左右には、通常は水中で使う魚雷の発射管がついている。そこに装填した特別製の魚雷。


 地上で発射して砂地に落ちると、先端のドリルで砂をかきわけ地中に潜航する。そして目標に到達すると爆発する弾頭に、核を搭載したという代物。



 これを、持たされた1機が放った。



 魚雷は砂の中を進んでクユーサーの真下へと向かった。陸棲種たちが気づいても、とめる手立てはない。レーザーを撃っても地表の砂を溶かすだけで魚雷まで届かない。


 メイミに『逃げて』と言われても、クユーサーはその巨体ゆえに動きが鈍くて、逃げることなどできなかった。


 そして爆殺された。


 一方、フラッド各機は核を撃った後どうするか事前に決めていたとおり下流方向へ飛んでから、核が起爆する前にナイル川に飛びこんだ。


 爆発のエネルギーは空中へと放出され、地表も走ったが、爆発半径の外の水面下にまでは及ばなかったので、各機の操縦士は即死を免れた。


 だが水中に影響がないわけではない。


 爆発はナイル川の水を吹きとばし、その一部が押しやられた下流では水量が一気に増加して、氾濫し……洪水が起こった。


 皮肉にも洪水フラッドの名を持つエクソ・サーヴァスらは、それに呑まれて激しく回転しながら流された。そんな中では、ユウトは自機とメイミ機の手を繋いでいられず、離してしまった。



「クソッ! メイミ、無事か‼」


『陸棲種とは和解できたのに‼』



 メイミ機の位置が分からなくなったが、通信による彼女の声が聞こえて、ユウトはひとまず安心した。だが、身はともかく心は無事でないのが伝わってきて胸が痛む。


 メイミは憲兵長ら多くの仲間の死を背負って使命を果たそうとしたのに、他の誰か1人の仲間に邪魔され台無しにされた──



 ガシャッ‼



 ユウト機は地上に投げだされた。水流が川のカーブの外側の岸からあふれたか。周囲はまだ水浸しだが水深が浅くなった。水上に出ている自機の頭部カメラが、惨状を伝えてくる。


 無数に漂う、建物の残骸、家財、自動車……そして、人間の死体。人類統合軍の核が起こした洪水の犠牲者。人類存続という大義のために切り捨てられた人々。


 仲間の誰かが暴発した。


 は言いわけにならない。


 交渉が失敗していたら自分も核を撃つ予定だったのだから。己の罪におののきながらも、ユウトは最も大切な人を探し……頭上に見つけた。



「メイミぃぃぃぃッ‼」



 メイミ機──全高20mのピンク色のフラッドが両脇を同じほどの背丈の2人の巨大な天使に抱えられて、天へと昇っていく。それらは背中に4枚の翼を持つ──空棲ネフィリム大型種だった。

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