第25話 ファーストコンタクト
『第3種 戦闘配置! 総員、速やかに警戒態勢に移れ!』
警報に続き、アマオウ副長の声が響く。
屋上にいるユウトとメイミにも届いた。
『メイミさん、ミョウガ憲兵長、オオゾラ歩兵長、ダイチ大尉は至急、作戦会議室に集合されたし! 以上であります!』
「行こう!」
「むぅー!」
2人の唇がふれあう直前、軍人のユウトは警報を聞いた瞬間にキスを中断して戦士の顔になっていたが、民間人のメイミはふくれていた。
「あと少しだったのにぃ!」
「こ、これが済んだらね?」
「約束ですよ⁉」
「ああ‼」
¶
ノアザーク艦内の作戦会議室に、放送で呼びだされた4名と、艦橋要員であるクサナギ艦長、アマオウ副長、ヒノミヤ砲雷長、ミナセ航海長、計8名が集合した。艦長が重々しく、口を開く。
「
「「「「⁉」」」」
「突如ナイル上流より過去最大規模のネフィリム陸棲種の大群が出現、川岸を下ってきた。ハルツーム守備軍は瞬く間に壊滅、陸棲種どもは今、市街地を蹂躙している」
「……!」
メイミが青ざめ、フラついた。
ユウトは倒れないよう支えた。
「敵は概算で、小型種が100万匹、大型種が1万匹──」
陸棲種の形は普通のクマムシと大差ない。
硬い甲殻で覆われた体は5節から成る。先頭の頭部には牙のある丸い口吻、その上に単眼。続く胴体4節には1節につき左右一対の爪の生えた短い脚が生え、後端の一対のみ後方を向く。
異なるのは大きさ。
小型種は全長2m。
人間と大差ないため、充分な装備と練度があれば生身の人間でも戦える。ユウトたちがニューヨークでエクソ・ハーネスを着て戦った相手。
最初期のネフィリム、ユウトの結婚式でミコトや式場の人々を呑みこんだ一群もこの姿をしていた。そこから異なる姿の多様な種が生まれたし、姿の変わらない現在の陸棲小型種も中身はより進化しているが。
ただのクマムシと違って全ての脚で這うだけでなく、後端の二足で直立歩行することも可能。そして全ネフィリムに共通する再生力で、脳を破壊するか頭部を胴体から切断しないと死なない。
大型種は全長20m。
基本的な特徴は小型種と同じ。ただし全長が10倍になっているだけでなく、単眼にレーザー発振機能が備わる。全高20mのエクソ・サーヴァスに乗らなければ人間は対等に渡りあえない。
ここまでが、既知の情報。
「そして、ボスと思しき超大型個体1匹を確認。守備軍はこれを【クユーサー】と命名した。体長300m、バハムートと同じだ」
「「「「‼」」」」
クユーサー、それはアラブの伝承で世界を支えている巨大な牛の名。その足下には巨大鯨バハムートがいる。海棲種のボスを【バハムート】と名づけたので、それに合わせたのだろう。
ユウトがRPGで親しんだ名だった。
そこでは【クジャタ】と訛っていた。
「形は他の陸棲種とは少し異なり、背中の甲殻が山のように盛りあがり、ルビーのような赤い結晶に変化している。これは頭部の単眼と同じくレーザー発振器だ。それも全周囲に撃てる、な」
その威力も体のサイズに比して強力なのだろう。
バハムートの超フォノン・メーザー砲のように。
「状況は以上だ。なにか質問のある者は──オオゾラ大尉」
「守備軍は壊滅とのことですが、全ての隊と交信途絶に?」
「いや。壊滅的被害を受けた段階で、残存戦力は司令官の判断で撤退した……市街地の人々を見殺しにして」
「そんな!」
メイミのその声には非難の色があった。
艦長が苦々しい顔ながら優しく告げる。
「メイミさん。彼らとて、好んで守るべき民を見捨てたわけではないのです。踏みとどまっても全滅するだけ、どちらにせよ町の人々は助けられない。それどころか、彼らが生きていれば今後の戦いで守れる人々まで守れなくなるのです」
「あっ……」
「我々はこの2年、こうした命の選別を繰りかえしてきました。それができなければ、とうに人類は滅んでいたでしょう」
「すみません……ワタシ、なんにも分かってないくせに」
ユウトはメイミの肩を抱いた。
メイミが体重を預けてくる。
艦長が、首を振った。
「良いのです。むしろ久々に懐かしい感性にふれられて嬉しい。我々が忘れてしまった、そう憤るのが当たり前だと言える日々を取り戻すために戦っていたのだと、思いださせてもらいました」
「艦長さん……ありがとうございます」
「いえいえ」
艦長はにこやかに笑い──表情を引きしめた。
「これより作戦会議に入る」
「「「「「「ハッ‼」」」」」」
「はっ、はいっ!」
「軍本部から本艦への命令は変わらない。予定が早まっただけ。ボスを探す手間も省けた。可及的 速やかにフラッド隊をナイルに飛ばし、メイミさんを通訳にクユーサーと和平交渉を試みる」
「「「「「「了解‼」」」」」」
「はいっ! 任せてください!」
「よろしく頼みます、メイミさん──当然、接近するだけでも相当の危険が伴う。オオゾラ大尉、ダイチ大尉、貴官らは歩兵科のフラッド隊を率いて、なんとしても彼女を守れ」
「「了解‼」」
「ミョウガ中尉。今回は特別に憲兵である貴官にもフラッドで出てもらう。オオゾラ大尉の指揮下に入り、メイミさんを守れ」
「了解‼」
それから作戦の詳細を詰めて会議は終了。フラッド隊は準備ができたら即・発進となり、ユウトたち4名は格納庫に向かいエクソ・サーヴァス操縦具でもあるエクソ・ハーネスに着替えた。
メイミも。
サーヴァス【フラッド】は1人乗り、誰かの機体に同乗はできないため、メイミも自らそれを駆って現地に向かう。すでに実機での訓練も受けており、基本的な操作は問題ない。
そして搭乗という時。
メイミがユウトの許へ走ってきた。
ハーネスの頭部装備を外している。
「ユウトさんも外して!」
「? ああ」
言われたとおりにすると、メイミが背伸びしてきて、ユウトの唇に自身の唇を重ねた。すぐに離れて、照れくさそうに笑う。
「ワタシのファースト・キスです♡」
「メイミ……」
「が、我慢できなかったんですもん! だから、せめてキスだけは……さすがに初Hのほうは、帰ってきてからということで!」
「ああ。その時は、必ず」
周囲から冷やかしの歓声やら口笛やらが起こった。ここには他にも20名ほどの操縦士と、もっと大勢の整備士たちがいた。
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