第26話 クユーサー

 ノアザークから22機のフラッドが飛びたった。


 かかとのノズルから放つプラズマ噴流で機体を前へと押しだして。肩の後ろと臀部、くるぶしから左右に伸びる計6枚の翼で風を切って宙に舞う。


 内20機に乗っているのは、ユウトを含む歩兵長エイトが率いる歩兵科の操縦士たち。約2000名の歩兵の1%の精鋭。


 ニューヨークと大西洋での戦いで一度、ユウトとエイトの2名まで減ったが、新たに18名が昇格して空席を埋めていた。操縦士と共に失われた機体も、補給基地で補填されている。


 残る2機にはメイミと、ミョウガ憲兵長が。


 メイミは他が黒一色なのに1機だけピンクに塗られたフラッドに乗って飛んでいた。憲兵長はその隣に。


 普段からメイミを護衛してくれている憲兵長。通常は艦内警察として働き戦闘には出ない憲兵だが、今回メイミが出撃するので護衛任務の一環として付いてきている。メイミとしては心強い。


 その憲兵長から、メイミにだけ通信が来た。


 

『メイミさん』


「シノブちゃん?」


『ダイチ大尉と上手くいって良かったですね』


「えへへ……ありがと~っ」


『おめでとうございます。そして、ごめんなさい。エイトさんと上手くいかなくて、ホッとしちゃいました。本官、嫌な女です』


「なんで⁉ ワタシこそ、シノブちゃんの気持ち知ってたのに自分の気持ちで頭一杯で、抜けがけして……嫌な女。謝るのはワタシのほうだよ!」


『それもそうですね』


「あうっ……うん!」


『メイミさん、大好きです。本官の大切な友達。この任務を与えられて嬉しいです。任務に関係なく、貴女を守りたいから』


「ありがとう。ワタシも、シノブちゃん大好き! でも、こういう時に言うのやめよう? 死亡フラグ立つから!」


『それだと、メイミさんも。さっきダイチ大尉と』


「……ホントだ⁉ どどど、どうしよう‼」


『大丈夫です。本官が守ります』


「やめて死んじゃう! シノブちゃんも生きて帰って、エイトさん攻略して! ワタシ、応援してるから‼」


『はい』



 憲兵長のその声はいつものように平坦ながら、少しだけ笑っているように聞こえた。憲兵長との通話を終えると、メイミは少し散っていた注意を前方に戻した。


 すぐ前方にはユウト機とエイト機が左右に並んでいる。



(ユウトさん)



 死亡フラグになんて負けない、必ず2人で生きて帰ってHする──真面目に考えつつも、その内容が恥ずかしくなって、メイミは視線を逸らした。


 すると眼下の景色が紅海から、アフリカの砂漠へと変わっていた。不毛の丘陵地帯、その頂にふれそうな低空を飛んでいる。


 高度が高いほど、距離があっても遥か前方の地上にいるネフィリム陸棲種とのあいだに地平線が挟まれなくなり、レーザーの射線が通って撃たれるから。そう説明を受けていた。



『フラッド各機! 遠隔給電‼』


『マイクロウェーブ、照射ァ‼』



 逆に後方のノアザークが丘陵の陰に隠れる前に──ノアザーク艦橋の副長アマオウ砲雷長ヒノミヤから通信──艦からマイクロ波が照射された。各機はそれをレクテナで受電、バッテリーを満たした。



『友軍と合流する』


「『『了解!』』」



 指揮官のエイトの号令に、メイミはユウトと憲兵長、他18名の操縦士と共に答えた。隊は丘陵地帯を抜けて砂の平地へ、その地表スレスレを飛んでいく。


 そこに紅海にいるノアザーク以外の軍艦から発進したフラッド隊が合流した。総勢100機ほどの編隊となって進軍する。


 それでも超大型1匹、大型1万匹、小型100万匹の陸棲種と戦うには少なすぎる。だが目的は戦闘ではなく和平。



『来たぞ‼』



 エイトの声の直後、前方で爆発が起こった。メイミからはユウト機や他の僚機らが視界を塞いで見えないが、教わった知識から最前列の何機かが敵のレーザーに撃たれたと分かった。


 最前列からは、もう彼方の敵が見えているはず。大都市ハルツームを灰燼と帰し、さらにナイル川を下りだしたネフィリム陸棲種の大軍団が。


 戦いが、始まった。


 実戦なら大西洋でも経験したが、ずっと艦内にいたあの時とは大違い。肌で感じる戦場の空気に、メイミは震えた。



『メイミ』


「ユウト、さん」


『大丈夫、オレがついてる』


「はいっ! 大好きです‼」


『ああ、オレも、大好きだ』



 爆発はレーザーに撃たれた機体の装甲表面のアブレータ塗料が蒸発しただけで、その煙がそれ以上のレーザーによる被害を防ぎ、本体にダメージはない。


 だが塗料が剥げた所に再度レーザーを受ければ終わる。そこで剥げた機体は最後尾に回って、代わりに万全な機体が前に出て穴を埋める。


 他の艦から来た僚機たちは、メイミたちノアザーク所属機より前に展開して厚い層を成していた。その身でレーザーを受けとめ和平の鍵たるメイミを守る──



 盾となるため。



 敵からレーザーの射線が通っているということは、僚機のフラッドのフォトン・メーザーの射線も通っているということだが、撃ちかえさない。


 和平を望み敵意がないことを示すために。


 たとえ撃墜され死亡する者が出ようとも。



 ボガァァン‼



 ついに犠牲が出た。塗装の剥げた機体が撃たれた? 早すぎる気がする。もうローテーションが一巡してしまった?


 憲兵長から通信が来た。


 今度は味方全て宛てに。



超大型個体クユーサーの超レーザー砲です。解析の結果、レーザーの質が大型種と違い、アブレーション雲が効きづらい特性を備えていると判明しました』


「そんな……!」



 アブレータ塗装で一度までレーザーに耐えられたはずが、クユーサーに撃たれたら一度で撃墜される。それが分かっても作戦に変更はない。



 ボガァァン‼



 身を挺して自分を守ってくれた他の艦の操縦士たちが、次々と命を散らしていく。メイミは涙した。恐怖と、罪悪感に。


 感謝し、悲しみながらも、会ったこともない彼らより身近な人々の死のほうが嫌だと自覚してしまったから。


 彼らの数はどんどん減って〖盾〗に隙間が多くなってきた。このままでは自分や、自分を傍で守ってくれているノアザーク所属機も、いつ撃たれるか。



『本官も前に出ます』


「シノブちゃん⁉」


『メイミさんの横にいても意味ないです』


『ミョウガ中尉‼』『前に出すぎだ‼』


『これでいいです』



 ミョウガ・シノブ憲兵長のフラッドは、ユウトとエイトの制止も聞かず2人の機体よりさらに前に出て、撃墜された。

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