第24話 本当の想い

 メイミは頭を下げた。



「ツカサさん、ありがとうございます。お陰で目が覚めました。ご無事な出産と、ご家族みんなでの幸せを、祈っています」


「ありがとう」



 そう微笑んだカネコ主計長から、今度はコグレ軍医長へ。



「マモル先生」


「メイミちゃん……」


「さっきは、ごめんなさい。心配してくれて、嬉しかったです。これまでも、お世話になりました。ありがとうございます……どうか末永く、お元気で」


「ちょっと⁉」


「いえ、もう自殺する気はありません。ただ、言える内に言っておきたいと思ったんです。ワタシの人格はいつ消えてしまうか分からないですから」


「あっ……」


「記憶喪失は治療を施しても治らないこともあれば、なにもしなくても自然と治ることもある、ですよね」


「ええ……」


「初めは怯えてたのに、ちっとも記憶が戻らないから油断してました。ワタシがワタシでいられる時間は一瞬も無駄にできない」


「ええ……っ!」



 軍医長は涙をにじませ微笑んでくれた。メイミは彼女と、彼女の肩に手を置いた主計長と目を合わせ、2人の姿を心に刻んだ。



「だから、行ってきます」


「「行ってらっしゃい」」







 メイミは医務室を出ると居住区の食堂に向かった。


 ユウトと初めて落ちついて2人きりで話した場所。


 到着すると、今は大勢の兵たちが朝食を取っていた。メイミは大股で、驚いた様子で腰を浮かしたユウトの前まで歩いた。



「ユウトさん」


「メイミ……」


「お話があります。お時間をください」


「あ、ああ」



 周囲──エイトも──の目に構わず、メイミはユウトを船楼の屋上へと連れだした。ユウトとの初デート時の待ちあわせ場所。


 そこで向きあい、メイミはユウトにこれまでの経緯を話した。エイトとデートした理由。その時のエイトの発言。帰ってから泣いた理由。軍医長と主計長との話。



「──と、ゆーわけでして」


「うん」


「好きです! 愛してます! 貴方のお嫁さんになりたい‼」


「……」


「ユウトさんがワタシをどう思ってるか聞かせてください‼」


「分からない」



 即答だった。ユウトは相槌を打つ以外、黙って話を聞きながら、答えを考えていたのだろう。その割に曖昧だが、まだフラれたわけじゃない。期待と不安を胸に、メイミは訊きかえした。



「分からない、って?」


「君はミコトとは性格も話しかたも違う別人だ。なのに君を見ると、君の声を聞くと、君と話すと、愛おしさが込みあげてくる」


「……」


「そこには確実にミコトへの想いが含まれている。ただ、その割合が自分でも分からないんだ。それを除いても君のことを恋愛対象として好きなのか。ハッキリしなくて、ごめん」



 ユウトは頭を下げた。



「いいえ。誤魔化さずに答えてくれて、嬉しいです。やっぱり、ユウトさんは誠実ですね。そういうトコ、大好きです♪」


「メイミ……」



 涙があふれたが、これは嬉し涙。『愛してる』と言ってもらえなくて胸は痛んだが、別の欲しかった言葉をもらえたから。彼女ミコトではない自分メイミのことを〖君〗と。







 ユウトは情けなかった。


 メイミを尊重してきたつもりのくせに彼女の苦悩に気づかず、エイトとデートに行ったことを密かに恨んでいた自分が。


 デートを尾行したこと、メイミには食堂からの移動中に話して許してもらったが……尾行したのは【ミコト】をエイトに取られないか心配したから。


 【メイミ】とエイトが仲良くなることに嫉妬したかも、分からない。そんな不明瞭な気持ちを伝えて、やはり泣かせてしまった……メイミは不意に、涙を拭って話題を変えた。



「では次の議題です」


「えっ……?」


「キスしてください」


「えっ⁉」


「あとワタシと、セックスしてください」


「なんでそうなるの⁉」


「相思相愛じゃなくても合意があれば、そーゆーコトしてもいいはずです。ワタシ、すぐにも消えちゃうかも知れないんですよ? 思い出をください」


「いや、でも……」


「体はミコトさんですから浮気にはなりませんよ」


「それは違う!」



 つい大声を出してしまった。


 メイミが目を丸くしている。


 怖がらせぬよう声を抑える。



「心を無視して体だけ求めるなんてできない。セックスするなら君とセックスするってことだ。ミコト以外の女性である君と」


「じゃあ……ワタシが今のこと覚えてるまま記憶が戻ったら? ワタシとミコトさんの混ざりものになっちゃった場合も、抱いてくれないんですか?」


「⁉」



 ユウトは雷に撃たれた。


 それくらい衝撃だった。



「ワタシが消えて不純物なしのミコトさんにならなきゃ抱けないんですか? それはミコトさんも可哀想ですよ」


「…………ああ、そうか」


「ユウトさん?」


「君とミコトが1つになったら、オレはミコトごと君を抱く」


「!」


「そうだ。その時に抱くなら今だって同じ……いや、むしろ。君がメイミでしかない今の内にも抱いておきたい。やっと自分の気持ちが分かった。待たせてゴメン」


「……!」



 見開かれたメイミの目を、真っすぐ見つめ。ユウトは、ミコトと2人で星を眺めた夜と同じくらい、大切な想いを告げた。



「メイミ。好きだ。君を愛している」


「ユウト、さん……」



 また泣きだしたメイミに、続ける。



「ミコトじゃない君を、ミコトと変わらないくらい。オレも、君と結婚したい。オレの花嫁になってくれ」



 メイミは悪戯っぽく微笑んだ。



「それ、重婚ですよ」


「ダメかな。人類統合体は重婚OKなんだけど」


「いいえ? でも、ミコトさんはどうでしょう」


「自分は二股しておいて、されるのは嫌とか……言うかも。フリーダムな奴だから。でも、その時は土下座して許してもらうよ。オレは絶対、君をあきらめない」


「~ッ!」


「だから。もしミコトが帰ってきても、メイミだった記憶を忘れていたら、それはそれで記憶喪失だ。治療する。ミコトが望まなかったとしても説得して」


「えっ⁉」


「オレは君とミコトの両方を手に入れてみせる。メイミとしての日々を覚えていないミコトなんて、オレが嫌だから」


「ユウトさん‼」



 メイミが飛びついてきて、ユウトはそれをしっかり受けとめ、2人はギュッと抱きあった。互いの感触と体温を伝えあい……


 やがて、どちらともなく体を離し、見つめあい。メイミがそっと目を閉じた。ユウトは顔を近づけ、互いの唇と唇がふれあう……



 寸前。警報が鳴った。

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