第13話 フォトン&フォノン

「ラスト‼」



 ユウト機のチェンソードが大型機の首を刎ねる。今のが最後の1匹。この空域のネフィリムは一掃した。


 初めは劣勢だったフラッド隊は、途中からユウトがエイト同様に一騎当千の働きをしたことで逆転した。


 当初20機 近くいたフラッドが、ユウト機とエイト機を含めて5機しか残っていなかったが、出撃前には全滅も危惧されていたのが5機も残った上、敵を足止めどころか撃滅した。



『みんな、よくやってくれた──』


『フラッド隊は至急、帰投せよ‼』



 隊長エイトの労いの言葉を遮って、ノアザーク艦橋にいるアマオウ副長の声が通信機から響いた。5機のフラッドは即応して、ノアザークのいる北西へと飛びたつ。飛びながらエイトが訊ねた。



『どうしました副長!』


『エイトさん‼ 奇襲されたであります! 援軍艦隊と合流した直後に、海底に待ちぶせていた別の大群に‼』


『了解! フラッド5機、現在そちらに向かっています。どうか持ちこたえてください‼』


『了解! 交信終了!』



 ぶつっ



『『『クッソォ‼』』』


『落ちつけ、みんな‼』



 せっかく絶望的な戦いを乗りこえたと思ったのに。母艦ノアザークが逃げる時間稼ぎをするはずが、母艦から主力である自分たちフラッド隊を引きはなす陽動にまんまと釣られていたとは。


 ユウトは仲間たちの悔しさと焦りを肌で感じた。自分も同じ想いだ。仲間をなだめるため冷静に振るまっているエイトの声からも、それはにじんでいた。



『全速力で帰投する‼』


「『『『了解‼』』』」



 だが元より全速力。もっと速くと念じても脚部プラズマジェットエンジンの推力が上がったりはしない。不安と恐怖にユウトは胸が締めつけられた。


 ノアザークには、まだ生きている仲間たちが。また大勢の仲間を犠牲にして奪還した被救助者レスキュイーたちが。そして誰よりも大切な人が乗っている。



(ミコト! 必ず助ける‼)







 ノアザーク艦橋。副長が遠くのフラッド隊と通信する一方で、他3名は近くの敵に対応していた。クサナギ艦長の重厚な声が飛ぶ。

 


面舵おもかじ一杯いっぱい! 艦首、接近する群れへ‼」


「おもーかーじ‼」



 答えつつ、ミナセ航海長が操舵輪を時計回りに回転させた。ノアザークが洋上で、上から見て時計回りに旋回していく。


 艦橋の窓から見える外は静かなもの。周りには援軍に来てくれた人類統合軍の僚艦らがいるが、砲なりミサイルなりを撃っている艦は1隻もいない。


 交戦相手の、待ちぶせしていた海棲ネフィリムたちは全て海中にいるからだ。そのため艦長たちは今、音響センサーであるソナーの画面を見ながら戦っている。



 ザパァ……!



 波を切って艦が回頭したことで画面上で敵の群れが、右上から正面へと移動した。すかさず艦長が次の命令を発する。



「魚雷、照準次第発射‼」


「魚雷照準! 発射ァ‼」



 今度はヒノミヤ砲雷長が答えて手許のボタンを押した。するとノアザーク艦首の水面下にある発射管から1発の魚雷──自力で水中を進む筒状の爆弾──が発射される。


 ソナー画面内で魚雷の進んだ先の敵の反応がごそっと消えた。水中爆発がネフィリムたちを木端微塵にしたのだ。


 現代兵器の主役だった銃砲への耐性を持つネフィリムだが魚雷は有効だった。問題は、あまり多く持てない魚雷では斃しきれないほどの数で、ネフィリムはいつも襲ってくるということ。



「艦長! 魚雷は今ので最後でさァ‼」


「あとはサーヴァス部隊が頼みか……」



 砲雷長の報告に艦長がうなる。ノアザークの武装で水中に攻撃できるのは魚雷だけ。他のレーザー砲やミサイルは空中にしか撃てない。


 ノアザークが海中の敵へ備えて用意している戦力の本命はサーヴァス・フラッド。それが全て出払い、保険の魚雷も尽きた今、ノアザークに戦う術はない。


 幸い、援軍の強襲揚陸艦や、それ以上に大量のサーヴァスを積める空母航空母艦から発進したフラッド各機が深海で戦ってくれている。あとは彼らの武運を祈るのみ──



「いや、まだできることはある」


「艦長、そりゃ一体?」


「砲雷長、フラッドに追いたてられた個体が海面から飛びでてくるかも知れん。その時は即、舷側レーザー砲を照射せよ」


「モグラ叩きッスね、合点承知!」


「そういうわけだ。総員、引きつづき警戒を厳にせよ!」


「「「了解‼」」」







 フラッドの戦いかたは空中でも水中でも変わらない。三次元的に動き、剣を振るい、掌底からビームを撃つ。ただ、違うのは──



『フォノン・メーザー‼』



 援軍艦隊所属のあるフラッドが拳を突きだし、手を開くと、その掌底から振動波が放たれて海中を伝播し、その先にいた小型種を粉砕した。


 〖フォン・メーザー砲〗──ノアザーク所属機が空で使った〖フォン・メーザー砲〗とは似て非なる兵器。


 フォトン・メーザーがマイクロ波という光子フォトンの流れを収束するのに対し、フォノン・メーザーは音子フォノンの流れを収束したビーム。



『『『フォノン・メーザー‼』』』



 3機のフラッドの両手から放たれた計6条の音子ビームが大型種1匹に集中し、1機分のビームでは容易には殺しきれないそいつを殺しきった。


 フラッドは左右の前腕にフォトンとフォノン、異なる2つのメーザー砲を内蔵していて、環境によって使い分ける。


 フォトンは空気中。


 フォノンは水中。


 フォトン・メーザーは水を加熱するマイクロ波ビームのため、水中で撃てば手許で水が沸騰して危険だし、遠くの敵まで届かない。


 フォノン・メーザーは光より遅い音のため、空気中では効果が低い。物体が空気中より大きい抵抗を受けて動きが遅くなる水中では、充分に有効。同じ攻撃を、ネフィリムも使った。



 ピシッ──グシャッ‼



 海棲ネフィリム大型種からのフォノン・メーザーを浴びたフラッド1機の装甲に亀裂が走り、そこから水圧に耐えられなくなって全体が圧壊した。中の操縦士もろとも。


 海棲大型種もまた2つのビームを放つ力を有していた。空中ではフォトン・メーザーとは波長の違う光子ビームのレーザーを、水中ではフラッド同様にフォノン・メーザーを。



『ビームを集中させ──なに⁉』


『嘘だろ……群れじゃないぞ‼』



 仲間を殺ったビームが来た方向を向いたフラッドの操縦士たちが色めきたつ。その先にいたのは全長20mという海棲大型種の常識を遥かに超えた、全長300mの海棲ネフィリムだった。

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