第12話 英雄

 ガガァッ‼



 あるフラッドがチェンソードで海棲ネフィリム大型種の首を斬り、そいつの分かたれた頭部と胴体が眼下の海へと墜ちていく。



 ゴッ‼



 そこに別の大型種が口を開けて突進してきた。フラッドは横に飛ぶ。しかし牙からは逃れたものの胸ビレに衝突、その鋭い前縁に斬られて上下に分断された。



 バシュッ!



 墜ちゆく上半身のほうで頭部が弾け、中から卵型の操縦室が飛びだした。脱出装置。操縦室はパラシュートを開いて緩やかに降下していく。


 だが、ここはまだ無数のネフィリムが飛びかう空。開幕時のメーザー攻撃で殺しそこねた小型種の残りが、そこに殺到する。



 バキィッ‼



 小型種たちは操縦室の外壁に噛みつき、穴を開けた。そこから首を突っこみ、中にいる操縦士を喰い殺す。


 フラッド隊は、人間たちは劣勢だった。小型種は開幕時にあらかた斃したが全てではない。そして大きさ、強さ、共にフラッドと互角の大型種の数だけ見ても、こちらより多い。


 単純計算では敗北は必至。


 それを狂わせるのが英雄。



「ッ──、セイ‼」



 エイトの駆るフラッドの振るった対艦刀が鮮やかに大型種の首を刎ねる。仲間たちがチェンソードで時間をかける中、一瞬で。


 このため1体の傍に留まる必要がない。それは敵から攻撃されづらいという点でも有利。舞うような軽やかな機動で大型種たちのあいだを縫って飛び、すれ違いざま首を斬る。


 そんなエイト機でも全高20mのフラッドである以上、2mの小型種ほど素早くはない。小型種の群れが迫る──エイト機は慌てず刀から左手を放し、そちらへ向けた。



「フォトン・メーザー‼」



 ボボボボボンッ‼ エイト機の左手の掌底から放たれたマイクロ波ビームを浴びて小型種たちが爆散する。近接戦では当てるのが難しい射撃武器も、エイトは難なく使いこなしていた。


 まさに一騎当千。


 そうして眼前の敵を蹴散らしながらも、明鏡止水の境地によって全方位に意識を張るエイトには戦場全体が見えていた。隊長として部下へ的確に指示し、戦局をコントロールする。が──



「4番機、上だ‼」


『あっ、アーッ‼』



 僚機が大型種に頭を喰いちぎられ、操縦室ごと呑みこまれた。戦場の全てが見えていようと仲間の全てを救えはしない。エイトは身を削られる想いだった。



(クッ……)



 仲間には誰にも死んでほしくない。特に、幼馴染であるユウトには。特別扱いはいけないが、そう思わずにはいられない。ミコトに選ばれた男が、中途半端で終わるのは許せない。



『ハッ‼』



 ユウト機がチェンソードで大型種を仕留めた。善戦している。出撃前に目は死んでいないと判断したのは間違っていなかった。


 だが眼前の敵に気を取られ周囲が疎かになっている。それでニューヨークでは死角からの攻撃に気づかず、一度は運良く助かったが、二度目ではハヤトが身代わりに死んだ。そして、また──



「ユウト、後ろーッ‼」







 ユウトは2年前の結婚式の日に花嫁のミコトをネフィリムに喰われ、その復讐心を糧にネフィリムと戦ってきた。


 ミコトが生きていたと分かった今、これまでと同じようには戦えないだろう──エイトの推測は筋は通っているが、前提が間違っていた。



(オレは復讐者じゃない)



 ミコトの仇は彼女を喰った1匹のみ、それがどこに行ったか分からないし、探しようがないし、もう死んでいるかも知れない。だからって、その同族に八つ当たりしてなんになる。


 ただ……


 そんな物分かりの良いことを言って、ネフィリム全てを憎みはせず、穏やかに生きるのは冷淡に思えた。ミコトの死を悲しんでいないような。花嫁を奪われた花婿の反応とは思えなかった。


 ユウトはミコトへの愛の証を立てるために己を復讐鬼という枠にはめ、ネフィリム根絶を目指して戦う道を選んだ。


 だが……


 本当の仇ではない別の個体をいくら殺しても仇を討った実感は得られず、それでいて苦楽を共にした仲間は次々と死んでいき、傷ついた心がさらに摩耗していく。


 早く死んで楽になりたかった。


 そうして命を、復讐を投げだすことは、ミコトへの裏切りだ。彼女への愛が〖その程度〗になることが許せず、踏みとどまって生きてきた。


 でも本当は死にたいから『エイトのように強くなりたい』なんて向上心は湧かなかった……でも、今は‼



『ユウト、後ろーッ‼』



 エイトの声が聞こえる前から、体はすでに動いていた。ユウトは体を前に倒すことで、後方から突進してきた大型種の顎を、空中で前転した自機の踵の後ろで蹴りあげた。


 それで敵がひるんでいる隙に身をひねり、遠心力を乗せたチェンソードをその首に叩きこみ、斬る。前転を始めた時からそこまで途切れず1つに繋がった、流れるような動き。



『ユウト……?』


「気を散らすな」


『あ、ああ!』



 ユウトは自分の仕事に戻った。踵のプラズマジェットエンジンで虚空を蹴り、天を翔けてネフィリムを斬る。


 大型種も、小型種も。


 その攻撃をかわしながらチェンソードを見舞っていく。脳や首を狙えるなら狙い、難しそうなら拘泥せずに他の所を斬るなり蹴るなりして隙を作って、トドメを刺す。


 多方向から同時に襲われても包囲の薄いところへ退避してから反撃する。死角から襲ってきた敵の鼻っぱしらに、そちらを見もせずにチェンソードを叩きつける。


 周りの全てが見える。


 見えるようになった。


 明鏡止水ではない。戦いの中で心を鎮めるなんて自分には無理。だが、もうあきらめない。


 周りに気を配ると眼前の敵への集中力が薄れるなら、これまでと同じだけ眼前に集中したまま、さらなる集中力を絞りだして周りに振りわければいい!


 以前の自分では、それも無理な話。


 だが今は、沸きあがる闘志がそれを可能にしてくれる!



『あれ、ユウトか⁉』


『すっ、すげぇぞ‼』


『エイトが2人になったみたいだ‼』



 ミコトは生きていた。もう復讐は意味がない。だがその命は、今も危険にさらされている。ネフィリムがこの世にいる限り。


 もう死にたいとは思わない。


 生きてミコトを守る。


 たとえ彼女に記憶がなくても。


 その役目を誰にも譲るつもりはない。



「ネフィリム‼」



 偽りの復讐を投げ捨てて、前より強く、心から想う。ミコトが生きていくために、お前たちは生きていてはいけない。だから。



「殺してやる‼ 1匹 残らず‼」

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