第11話 メーザー対レーザー

 大西洋を東へと航海中、海棲ネフィリムの大群が南から接近するのを察した強襲揚陸艦ノアザークは、軍本部に応援を要請しつつ針路そのままに前進した。


 あれほどの大群、単艦で襲われては一巻の終わり。その前に、元々の目的地のヨーロッパから出航した援軍と合流せねば。



横隊アブレスト!』


「了解!」



 それまでの時間稼ぎのためノアザークを発ったフラッド隊は、ネフィリムを迎撃するべく南下。隊長であるエイトの号令で横一列の編隊を組んで、空中を泳ぐように飛翔していく。


 背中から左右に広がる大型の主翼、臀部とくるぶしから左右に広がる小型の水平尾翼、計6枚の固定翼に受ける揚力でアルミ合金製の機体を空に留め──



 ゴォォォォ‼



 両膝の吸気口から取りこんだ空気を下腿内部でプラズマ化し、かかとのノズルからジェット噴射して推進する。その勢いは操縦士が足首を伸ばすほどに車のアクセルを踏むように増していく。


 全速力フルスロットルで青空を翔けたフラッド各機は、やがて前方に雲霞のごとき敵影を確認した。あの黒点の1つ1つが全てネフィリム、多勢に無勢、しかし操縦士たちはひるまない。



『まずは挨拶だ!』


「了解!」



 隊長機エイトから全機への通信。自機の操縦室でユウトも答え、拳を握った両手を前方に伸ばして発射体勢に入った。



「『フォトン・メーザーッ‼』」



 武器名の音声入力、拳を握ってから開く仕草が合わさってトリガーとなり、フラッド全機の掌底から放たれたメーザー。それは人間の不可視領域にある光、マイクロ波を収束した破壊光線‼



 ボボボボボッ‼



 イルカ大の海棲ネフィリム小型種たちが次々と破裂していく。マイクロ波は水分や炭素を加熱する。ネフィリムとて水分や炭素の多い生物、メーザーの前には電子レンジに入れた卵も同然!



 ボボボボボボボボボッ‼



 フラッド各機は両手を動かして照射角度を変え、ネフィリムの群れをマイクロ波で撫で、無数の個体を破裂させていった。


 それらは皆、小型種。


 クジラ大の大型種は撃破にいたっていない。体が大きいため、フラッドのメーザー砲では一部しか照射できず、そこだけ破壊しても再生されてしまうからだ。


 人間側もそれは承知している。まずはこれでいい。群れの大半を占める小型種を掃除しないと数で押しきられる。


 それに体長2mの小型種は生身の人間にとっては大きいが、全高20mのフラッドに乗っていると逆に小さすぎ、すばしっこくて接近すると戦いづらく、大型種よりも脅威となる。


 距離のある今の内になるべく焼いておかないと。


 だが敵方が、それを黙って許すはずもなかった。



 バァンッ‼



 数機のフラッドが急に爆発に包まれた。ネフィリム大型種から強力な可視光線ビーム、レーザーで撃たれたのだ。


 海棲大型種は小型種にはない発光細胞を利用したレーザー発振器官を持ち、口吻の上の単眼から照射できる。


 この能力は人類がネフィリムにレーザー砲を使用してから現れた。ネフィリムの学習力と進化力は、自らの遺伝子を書きかえて人類の兵器をその身で模倣した。



 バァンッ‼



 ユウト機もそれに撃たれ、爆発に包まれた。しかし撃破されたわけではない。これまで撃たれた僚機も。装甲表面の塗料がレーザーの熱で蒸発しただけ。


 それは意図的に派手な煙になるよう造られたアブレータ塗料。レーザーのようなビーム兵器は霧状の障害物には容易に防がれるため、撃たれた瞬間に煙となって本体を守る仕組み。


 これは1発目の照射には確実に耐えられるが、それで塗装が剥げた部分に、煙が晴れてから再度ビームを撃たれたら防げないということ──先ほど撃たれた機体が1機、今度こそ爆散した。



「『おおおおおお‼』」



 死んだ仲間に気を取られては、次に死ぬのは自分。ユウトたちはそちらには目もくれず、怒りの咆哮を手向けとし、ネフィリムを撃ちながら前進を続けた。



 ボボボボボッ‼


 ドカァァァン‼



 ネフィリム側で小型種がどんどん減っていき、人類側でフラッドが1機また1機と墜ちていきながら、対向して飛ぶ両軍は次第に距離を詰めていった。


 そして……望遠を使わずともネフィリムの異形が視認できる距離まで来たところで、エイトの号令が飛ぶ。



『抜剣!』


「抜剣!」



 フラッド各機が背中のラッチに固定していた刀剣を外して両手に構える。エイト機は日本刀を拡大したような対艦刀、他の機体は人間用チェンソードを拡大したサーヴァス用チェンソードを。



『斬って斬って斬りまくれ‼』


「『『『『了解ッ‼』』』』」







 ノアザーク艦内、医療区画の休憩室にいたメイミは、クサナギ艦長から通信でその場に留まるよう言われた。


 護衛のミョウガ・シノブ憲兵長と、身重のため戦闘中は働けないカネコ・ツカサ主計長と3人で。



「ユウトさん、まさか死ぬ気じゃ」



 メイミはユウトの去り際に残した『どうか、元気で』という言葉を気にしていた。まるで、もう会えないみたいではないか。


 自分の早合点からまた傷つけてしまって、まだ謝罪し足りないのに、あんなふうに別れたまま死なれたら……そんなメイミの肩に、主計長がそっと手を置いた。



「ツカサさん……」


「大丈夫。大尉はそんなつもりないわ。彼も忙しくて、もう今日みたく会う予定は立てられないだろうから、ああ言ったのよ」


「本当に……?」


「死ぬ気なんてないわよ。彼には生きて、戦う理由があるもの」







 出撃前、エイトから『戦えるのか』と問われた時、ユウトの脳裏をよぎったのは数日前のカネコ主計長との会話だった。



⦅カネコ少佐⦆


⦅ダイチ、大尉⦆


⦅オウミ・ハヤト大尉から遺言をことづかって参りました⦆


⦅彼は、なんて……?⦆


⦅一言『ゴメン』と、伝えてくれと⦆


⦅そう……⦆


⦅……オウミ大尉は、小官をかばって死にました。自身より、小官が生き残るほうが、少佐殿とお腹の子を守ることに繋がるからと。ですから小官は、大尉の分まで貴女たちをお守りします⦆


⦅ダメよ⦆


⦅えっ⁉⦆


⦅他人の、それも死人の想いに引きずられないで。いくら義理立てしたって、それは貴方が本当にしたいことではないわ。偽りの願いでは実力を発揮できない⦆


⦅しかし……!⦆


⦅貴方には貴方の願いがあるはずよ。そのために戦えばいいの。それが、わたしとこの子を守ることにも繋がる。ハヤトだって、そういうつもりだったはずよ⦆

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