第10話 エクソ・サーヴァス

 警報が鳴る少し前。ノアザーク艦橋ブリッジにて、船務長として索敵を担当しているアマオウ副長が声を張りあげた。



「3時方向、上空にネフィリム多数‼」


「「「‼」」」



 談話していた他3名のブリッジ要員、クサナギ艦長、ヒノミヤ砲雷長、ミナセ航海長らの顔が一瞬で戦士に変わる。


 張りつめたブリッジ。


 副長が報告を続けた。



「海棲種の大群が真っすぐ本艦へ向かっている模様! 偵察ドローンからの映像、送るであります!」



 各人の手許の液晶パネルが灯る。


 報告どおりの内容がそこに映る。


 ネフィリム海棲種──それは増殖する過程で多種多様に分化し進化しているネフィリムたちの内、特に水中に適合した一派。


 元の巨大クマムシ(現在の分類では陸棲小型種)の姿から、体側の6脚が胸ビレに、後端の2脚が尾ビレに変化して、それで水中を泳ぐことも、空中を飛ぶこともできる。


 さらに海棲種は大きさで二分される。


 イルカ大のものは小型種。


 クジラ大のものは大型種。


 映像には両方とも。その大群が黒雲のようになって飛んでいる。歴戦のノアザークも遭遇したことのない規模だった。



「第2種、戦闘配置」


「第2種 戦闘配置! 繰りかえす、第2種 戦闘配置!」



 落ちついた声で命じる艦長。


 復唱を全艦に放送する副長。


 この時、警報が鳴った。


 第2種 戦闘配置とは『すぐに戦闘を始められる準備をして待機せよ』の意味。それには〖戦闘機などの出撃準備〗も含まれる。この艦に戦闘機はないが、その代わりはあった。







 医療区画の前にある格納庫。


 そこは前後に分かれている。


 後部は3段に分かれ、救出作戦に用いたホバークラフトや大型車両、ほかにヘリコプター、偵察用飛行機、ドローン、連絡艇、潜水艇などが置かれている。


 対して前部は船底から上甲板まで約30mが吹抜の広大な空間となっていた。その壁際に身長20mほどの巨人が20人ほど直立し、各所を器具で固定されている。


 本物──生身の巨人ではない。


 それは機械仕掛けの巨大人形。


 2本腕、2本脚は人と同じ。ただし頭部は胴体に半ば埋まっている様。黒く滑らかな装甲は関節部を蛇腹にすることで隙間なく全身を覆い、甲殻類を思わせる。


 人類がネフィリムの大型種に対抗するために生みだした、いわゆる巨大人型ロボット兵器。



【エクソ・サーヴァス】



 歩兵が戦闘時に着るエクソ・ハーネスがパワードスーツなら、それはパワードスーツ。そしてここに並ぶ機種は、飛行と潜水の両方が可能な──



【フラッド】



 洪水FLOODと名づけられた、これらノアザークの主戦力を操縦するのは歩兵科2000名から選りすぐった20名。


 もっともオウミ・ハヤト大尉など先の救出作戦で欠けた人員がまだ補充されていないが。その20名弱が、ハーネス装着状態で次々にサーヴァス格納庫へと駆けこんでくる。


 彼らに、サーヴァス含む乗物の整備をしている整備兵たちを束ねる整備長である中年男性、土倉ツチクラ タクミ 大尉が野太い声をかけた。



「機体の整備は万全だ! 頼んだぜ‼」



 操縦士パイロットたちは整備長に敬礼しつつ、自機の足下からリフトに乗って上昇し、その喉元にあるハッチから中に乗りこんでいく。


 そんな中、まだ搭乗せず機体の足下で話しこんでいる者たちがいた。ヘルメットで顔は見えないが、傍の機体からその担当官と分かる。


 あろうことか歩兵長にしてサーヴァス隊隊長のオオゾラ・エイト大尉と、副隊長のダイチ・ユウト大尉。ツチクラ整備長は嘆息した。



「また揉めてんのか? あいつら」







 メイミたちと別れ格納庫に駆けつけ、己のフラッドに乗りこもうとしたところで、ユウトはエイトに引きとめられ、単刀直入に訊かれた。



『戦えるのか』



 精神状態が悪くて足手まといになるような兵士は出撃させないほうがマシ。それを判断し、部下の出撃をやめさせるか決めるのは隊長の仕事。ユウトは訊きかえした。



「オレは、そんなにヤバそうか」


『お前はミコトの仇を討つ一心で戦ってきた。だが、ミコトは生きていた。動機を失って、今までのように戦えるとは思えん』


「オレは戦いたい。どうするか、オレの目を見て決めてくれ」



 ユウトはゴーグルを外した。


 エイトはすぐさま決断した。



『出撃を許可する。行くぞ、ユウト‼』


「了解‼」



 すぐさま2人もリフトに乗った。


 そしてユウトが自機の喉元から内部に入ると、そこは高さ3m、幅2.5mの、卵型のがらんどうの空間──操縦室コクピット。つるりとした内壁の後方から中央へ1本のアームが伸びている。


 その先端の器具にユウトが己のハーネスの背中を押しつけると両者が接続され、ユウトの体はアームによって操縦室の中央に固定された。



 ジャキィン‼



 こうすると、ハーネスは装着者の動きをサーヴァスと同期させる入出力装置インターフェースとなる。サーヴァスの操縦方式は操縦者の挙動どおりに機体が動く〖マスター・スレーブ〗なのだ。


 そしてハーネスのゴーグル内モニター、ヘッドマウントディスプレイにはゴーグル表面についたカメラで撮った映像が表示されていたのが、サーヴァスの頭部カメラの映像に切りかわった。


 サーヴァスの操作感覚はハーネスと大差はない。


 操縦士は自身が20mの巨人になった感覚になる。



「拘束解除!」



 ユウトの音声入力に応えて、機体を拘束していた器具が外れる。自由になったところで、ユウトは己の右脚を上げた。連動して、機体も右脚を上げる。



 スッ──ズシャッ‼



 そうして格納庫を歩いてユウト機はエレベーターに乗り、上に運ばれて上甲板──飛行甲板に出た。他の機体はもう近くに立って待機している。エイト機も。出撃準備が整った。







「発進、どうぞ!」



 艦橋にて、航空管制も担うアマオウ副長がそう言う度に飛行甲板でフラッドが1機、足下のカタパルトに運ばれて勢いよく前方に射出され、背中の固定翼に風を受けて飛びたっていく。


 そして、エイト機の番。



「エイトさん。帰ってくるでありますよ、わたしの所に」


「ドサクサになに言ってんですか! 公私混同クソ女‼」


「航海長、貴様! ──オオゾラ機、発進どうぞ‼」


『オオゾラ・エイト、行きます‼』


「続いてダイチ機、どうぞ!」


『ダイチ・ユウト、出ます‼』



 エイトに対してと比べると全く味気ない副長の管制によって、ユウトの駆るフラッドは戦場となる空へと飛びたっていった。

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