第14話 バハムート

「我らの知らぬまに、そこまで進化していたか。クマムシめ」



 ノアザーク艦橋で、艦長クサナギが吐き捨てる。


 副長アマオウ砲雷長ヒノミヤ航海長ミナセは絶句していた。


 これまで人類が確認したネフィリムで全長20mを大きく超える個体はいなかったのが、いきなり300m。20mだとフィクションの怪獣と比べると小さめだったが、300mは完全にその領域。


 当初は全て2mだったのが進化して20mの大型種が現れたのだ、巨大化がさらに進んでも不思議はない。


 だが20m級の相手にも苦心している今の人類にとって、さらに巨大な個体の出現はショックが強すぎた。


 そこに通信が入り、慌てて副長が繋げる。



「旗艦より入電! 新発見された海棲ネフィリム超大型個体を【バハムート】と呼称する‼」


「RPGのドラゴン、ではなく。アラブの伝承に登場する巨大鯨か。鯨にたとえられる海棲種の超大型にはふさわしいな」


「「ハハハ……」」



 艦長のジョーク。緊張をほぐすためとの意図を酌んだ砲雷長と航海長が笑ってみるも、声がかすれて失敗した……その時。



 ボゴァァッ‼



 爆音に4人が窓外に目を向けると──


 僚艦が1隻、V字に折れて沈みだした。



「くのォ!」



 爆発が立てた大波にノアザークも流され、転覆しないよう航海長が操舵する中、僚艦のやられた原因を特定した副長が叫んだ。



「バハムートのフォノン・メーザー‼」


「空母を一撃で沈める威力のかよッ⁉」



 砲雷長の発言は、人類側にはそれだけ大出力のフォノン・メーザー砲が存在しないことから来ていた。


 300mという全長はノアザークと同じだし僚艦たちも同程度だが、中は空洞になっている船と、肉の詰まった生物ではボリュームは圧倒的に後者が上。


 バハムートはその巨体の分だけ、兵器的器官に割いている細胞の量も多いということ。今のを連発されたら瞬く間に全滅……艦長は副長に問うた。



被救助者レスキュイーの状況は」



 艦長は奇襲を受けた時点で、被救助者レスキュイーたちを小型ジェット飛行機に乗せて待機するよう命令していた。いざとなったら彼らだけでも逃がすために。


 そもそも最初からそうせずにニューヨークからヨーロッパまで運ぶのに船で大西洋を渡っていたのは、空でもネフィリムは襲ってくるからだ。


 小回りの利かない飛行機が襲われたら、フラッドを護衛につけても守りきるのは難しい。船のほうがまだ安全。今だって飛びたてば、ネフィリムが海から空に上がって襲ってくる危険がある。



「こちら艦橋ブリッジ! 格納庫、応答せよ!」



 だが、この艦が沈むなら危険を承知で脱出させるしかない。被救助者レスキュイーたち全員の搭乗が済んだら飛行機を発進させる──その搭乗状況を確認していた副長の声に緊張が走った。



「どういうことでありますか、整備長!」


『オオツキ・ミコト嬢が来てねぇんだ‼』


「「「「な⁉」」」」



 ボゴァァッ‼ ──固まる4人の眼前で、2隻目が轟沈した。







『畜生! よくも俺たちの船を‼』


『これ以上アレを撃たせるなァ‼』



 海中では約100機ものフラッドたちがフォノン・メーザー砲をバハムートへと集中させた。放置した他の個体にやられる機体が出るのも構わずに。


 全高20mのフラッドのビームが300mの敵にどれだけ効くか怪しいが、これだけの集中砲火なら無傷ということもないはず……



『な⁉ 邪魔だ‼』


『ふざけんなよ‼』



 無数の小型種・大型種たちが射線に割りこんできて爆散した。しかも死骸となっても障害物として有効。ビームがバハムートに届かない!


 不幸中の幸いは、あいだに仲間が入ったことでバハムートの超フォノン・メーザー砲の発射が止んだこと。ネフィリムは同族を攻撃せず、敵への攻撃に巻きこまない。


 今や膨大な数となり、多様な姿に分かれながらも、全ての個体が1つの意思に統率されているかのごとく活動している。その意思が同士討ちを禁じているらしい。



『今はただ、撃ちつづけろ‼』


『この状態を維持するんだ‼』



 フラッド各機がビームを放ち、ネフィリムの群れが体を張ってそれを防ぎ、その奥のバハムートは動かない。戦況は膠着した。



『だが、このままでは!』



 バハムートを守る群れが全滅するより早く、電力消費の激しいフォノン・メーザーの乱発によってフラッドのバッテリーが上がる。電池が切れるとエクソ・サーヴァスはなにもできなくなる。


 その時はバハムートの攻撃が再開される。


 そうなったら艦隊は今度こそ殲滅される。


 その未来が見えていても、ここにいるフラッドたちには他に成す術がない。バハムートを倒すには、状況を変える別の一手が必要だった。







「本艦所属のフラッド5機、確認!」



 副長がエイトやユウトたち、ノアザーク所属のフラッド隊の生き残りが飛んでくるのを水平線の上に確認。その報告を受けて、艦長が砲雷長へと素早く命じる。



「各機にマイクロウェーブを」


「了解! 照準……照射ァ‼」



 艦橋のある船楼の上部に設置された照射装置から不可視の光、マイクロ波が照射され、5機のフラッドはそれをモロに浴びた。


 そのマイクロ波はフォトン・メーザーに収束されてはおらず、操縦士が加熱されて弾けとばないよう調整されている。


 目的は攻撃ではなく、送電。


 フラッドの装甲や翼の内部にはレクテナが内蔵されている。それはマイクロ波を電流に変える、光発電システムの一種。



 グググググッ‼



 チェンソードの回転、機体の人工筋肉、腕部メーザー砲、脚部プラズマジェットエンジン、あらゆる機能で消費して底を尽きかけていた5機の電気残量がみるみる回復し、満タンになる。


 5機の操縦士たちへ直接、艦長が通信を送った。



「海中の友軍に加勢せよ‼」


『『『『『了解‼』』』』』



 5機が降下して海面へと飛びこんでいく。


 見えないが、背中の翼を短く縮ませ、くるぶしの翼を脛にしまい、脚部プラズマジェットエンジンから空気圧縮機を外して水中用電磁推進器に機能を切りかえ。潜水形態に変じてから。



(すまない)



 5人の中にはダイチ・ユウト大尉もいたが、彼の妻ミコトが行方不明になったことを告げる言葉を、艦長はぐっと飲みこんだ。今それを言っても彼の集中を乱すだけだ。


 記憶のないミコトメイミへの配慮から悪者扱いするしかなかったことでも申しわけなく思っているが、任務に私情は挟めない。



(生きて彼女と再会しろよ、ダイチ‼)

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