第7話 ワタシの名前
ミコトが泣きだしたとたん憲兵長の少女、
ミコトが『いじめられたんじゃなくて、ダイチさんの優しさに感動して泣いたんです』と証言するとユウトは解放された。
自分のせいで冤罪をかけられたことが申しわけなく、ミコトはユウトになにかしてあげたいと申しでた。
「では、デートしていただけますか?」
「ッ」
「無論、指一本ふれませんので」
「あ、はい……」
デートと聞いてつい、また性的接触を想像して怯えてしまい、ミコトはユウトへの負い目を募らせた。
¶
数日後、デートの日の朝。
ミコトはふかふかの快適なベッドで目を覚ました。それを椅子に変形させ、備えつけのテーブルに添乗員が運んできた朝食を乗せて食べる。大変に美味。
添乗員らは軍人ではなく、旅行会社の社員。
この救出作戦のため乗艦した勇敢な民間人。
ミコトたち約100名の
各座席のあいだには仕切りもあり、隣人も気にならない。各席にVRゴーグルもあって様々なコンテンツも楽しめる。ミコトがそれでゲームをして時間を潰していると、10時頃に迎えが来た。
「ミコトさん、お時間です」
「シノブちゃん? はーい」
ミョウガ憲兵長だった。憲兵用の黒い軍服をまとった、表情の薄い18歳の少女。今年20歳のミコトより年下なので気楽に接するようにと本人に言われ、そうしている。
初対面時にはユウトを逮捕されて驚いたが、以来なにかと世話を焼いてくれて、今のミコトにとって初の友達となっていた。
「ここが本官の部屋です」
「お、お邪魔します……」
ユウトとの待ちあわせ場所までの案内役である彼女は、客室を出てからまず、女性乗組員用の居住区にある自室にミコトを招いてくれた。
ミコトは室内のシャワーを借り、ボディローションを借り、私服の白いワンピースを借りて着せてもらった。
さらにメイクまでしてくれるとのことで、ミコトを化粧台の椅子に座らせたところで、憲兵長が難しい顔になる。
「シノブちゃん?」
「この赤ちゃんみたいなスベスベの肌にあんまり塗りたくるのは……薄くにしときますね」
「あはは……お願いします」
体脂肪率は適性になり、運動不足による筋力の衰えもない。
培養槽に囚われていた時、ネフィリムの再生力の源である万能細胞によって体組織が万全に回復・調整された──そのメカニズムは未解明。
人間社会では受けられない究極の医療。怪獣の餌になるのでなければ希望者が殺到するだろう。
「これで良し、カワイイです」
「ありがとう、助かったよ~」
ミコトはもうユウトを嫌ってはいないが、今度は罪悪感で、どちらにせよ気が重い。なので気は乗らないが、それでもデートに配給されたガウン1枚にノーメイクでは女の沽券に関わる。
準備万端、いざ出陣。
被救助者の客室も、憲兵長の個室も、艦の上甲板より上の建物部分──船楼にある。その屋上がユウトとの待ちあわせ場所。階段を昇ってドアを開け、外に出る。
「わぁ……」
先日までの嵐が去り、青空に太陽が輝いていた。
穏やかな海が水平線まで全周囲に広がっている。
「ようこそ、オオツキさん」
「ダイチさん、こんにちは」
ユウトは先に来ていた。その格好は先日と同じく青い軍服で、清潔感こそ問題ないが、なんの特別感もない。
こっちはオシャレに苦心したのにとムッとなる。しかし負い目から言うか迷っていたところ、憲兵長がユウトに詰めよった。
「ダイチ大尉。その格好は?」
「中尉、言いたいことは分かる。だがデートに着ていけるような服は全て処分してしまっていて、これが一番マトモだったんだ」
(あっ)
ミコトは憲兵長から聞いたユウトの人物像を思いだした。陰鬱で寡黙な復讐鬼。そうは見えないが、それは死んだ妻が生きていたと分かったからか。
そんな性格になっていたなら、デート向きの服なんて持っているほうが似合わない。彼の気も考えずにまた、とミコトは自己嫌悪した。
「ま、いいです。それでは邪魔者はクールに去ります」
憲兵長の姿が消えた。
ミコトは目を疑った。
「シノブちゃん⁉」
「隠れただけで近くにいますよ。このデート中も、彼女は貴女の護衛だそうですから」
「それはいいですけど、消えましたよ⁉」
「忍術です。彼女は忍者の末裔だそうで」
「忍者!」
「忍術は種も仕掛けもある手品とのことですが、見破れないと魔法に見えますよね」
「本当ですね~」
ミコトは気まずさを覚えていたユウトと自然に話せていた。憲兵長が話題を提供してくれたお陰だ。心の中で感謝する。
「それでは、参りましょうか」
「はいっ! ──あっ⁉」
「危ない‼」
ドサッ……艦が波に揺れて足場が傾き、ミコトはバランスを崩して倒れかけ、ユウトの胸に飛びこむような形になって受けとめられた。
一瞬、海に落ちるかもと思い、怖かった。抱きとめられて安心した。でも胸は今も高鳴っていて、それが恐怖からか別の理由からか、分からない。
揺れが収まるとユウトから体を離した。沈痛な顔をしている。
「すみません、指一本ふれないと約束したのに」
「えっ⁉ ……いいんです。助けていただいておいて責めたりしません。気を遣わせてしまって、かえって心苦しいですから、そんな腫れものにさわるようにしないでください……ユウトさん」
「オオツキさん……?」
「って呼ばせてるのも申しわけないですから、下の名前で……でも、以前のワタシと同じは嫌です。これまで呼ばれたことのない渾名を、ユウトさんが付けてください。
「……では、
「メイミ……気に入りました。呼んでみてください」
「メイミさん」
「さん付けも敬語も不要です」
「分か……ったよ、メイミ」
「はい♪」
急に距離を詰めすぎたかも知れない。だが、ずっとあんな調子でデートするほうが苦痛なので、これで良かったことにしよう。メイミとなった彼女は、そう思った。
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