第4話 命の選択

 バシュッ‼



 兵士たちは大量のネフィリムが詰まったビルを爆破したのち、その隣のビルの屋上からさらに隣、さらに隣へと、次々にワイヤーガンで移動していった。


 そしてビルの倒壊による土煙が届かない離れたビルの屋上で、ヘルメットのゴーグルとマスクを外して朝食を取った。


 まだこの町のネフィリムの全滅を確認してはいないので、いつ襲われても対応できるよう、調理の要らないスナックバーやゼリー飲料タイプの戦闘糧食レーションで。その食事休憩の場で──



「眼前の敵だけでなく、周りも見ろと言っただろう」



 オオゾラ エイ──エイトの、ダイ ユウ──ユウトへの小言が始まった。ユウトが先の戦闘でエイトに救われた時、背後の敵に気づかず窮地に陥ったことを指摘して。ユウトは淡々と答えた。



「ああ、覚えている」


「なら、なぜしない」


「しなかったんじゃない、できなかったんだ。お前にはやろうと思えばできることでも、オレにはそうじゃない」


「……心を静めるんだ。1体にこだわらず全体に感覚を広げろ。見ようとせず感じれば、どこから来る攻撃にも意識より速い無意識で対処できるようになる」


「覚えておく」



 2人は隊内でも卓越した実力者だ。しかし1位のエイトと、2位のユウトのあいだには大きな隔たりがあった。


 エイトは隊で唯一チェンソードではなく軍刀を携行している。鋼鉄より優れた超硬合金製とはいえ、ただの刀を。


 ユウトを含め、他の者ではハーネスで筋力を増強しても刀では斬れないネフィリムを、彼は斬れるから。


 それは、達人の業。


 皆は重いチェンソードをノロノロ振って回転刃を押しあて時間をかけて切断するネフィリムを、エイトは軽い刀を一閃して瞬時に斬殺する。効率は雲泥の差。


 異次元の強さ。


 そしてエイトは、他の者はともかくユウトだけは自分と同次元に引っぱりあげようとしてくる。今のように〖明鏡止水〗などと一握りの者しか到達できない境地を軽々しく要求して。


 それがユウトには煩わしかった。


 かつて2人はライバルだった。物心ついた頃からの幼馴染で、あらゆることで競いあい、仲良く切磋琢磨していた。ユウトは何一つエイトに勝てず内心で劣等感を抱いてはいたが。


 しかし共通の幼馴染のミコトの心はユウトが射止めた。


 それから疎遠になるも、ミコトがネフィリムに喰われ、それから全人類の脅威となったネフィリムと戦う兵士が募集され、その訓練所で再会したが……


 元の関係には戻れなかった。


 かつてのユウトなら自分にできないことをエイトができることを悔しがり、自分もできるようになろうと躍起になったろう。だが今のユウトはそんな気にならなかった。


 焦って強くなろうと無理して死んでは元も子もない。ミコトへの裏切りになる。生きて復讐を、ネフィリムの根絶を完遂することが彼女への愛の証なのだから。



「忘れるなよ」



 エイトはピリピリしていた。ユウトの張りあいのなさが不満らしい。普段は温厚な彼がユウトにはこうなることに、隊員たちは辟易していた。その1人が代表して2人に近づく。



「もう、いい?」



 ウミ ハヤ──ハヤトは、ユウトに背後からネフィリムが迫っていることを警告してくれた声の主だ。その個体を殺しきれずユウトのほうに来させたのも彼だが。



「ごめん、ユウト。さっきは僕のせいで」


「気にするな。誰でもミスはする」


「そう言ってもらえると助かるよ──ほら、エイトも。ユウトが心配なのは分かるけど、あんまガミガミ言っても逆効果だよ?」



 エイトは憮然とした。



「俺が心配しているのは人類戦力の減少だ。個人じゃない」


「あはは。なにそれ、ツンデレ?」


「きっ、気持ち悪いこと言うな!」



 ドッ──と仲間たちが笑いだし、場の空気が和んだ。照れた顔をしてエイトが離れていったところで、ユウトは頭を下げた。



「ハヤト、助かった」


「どーいたしまして」



 ハヤトとは訓練所からの同期だった。復讐鬼となって社交性の低下したユウトにとって稀少な友人。


 人当たりが良くユーモアに富んで、つらい戦いに荒みがちな仲間の気分をほぐし、衝突しがちなエイトナンバー1ユウトナンバー2を仲裁できる、隊に欠かせない潤滑油。



 そのハヤトも死んだ。



 その日、その後の戦闘で、また1体との戦闘中に死角から接近する別の個体に気づけなかったユウトの盾になり。戦闘終了後、まだ息のあったハヤトにユウトは泣いてすがった。



「ユウ、ト……?」


「ごめん、ごめん‼ オレがちゃんと、エイトの言うとおりにできていれば……!」


「いいって……言われてできりゃ、苦労しないよね……」


「なんで、かばったり……! 朝のことは気にするなと言った! お前にはオレと違って、戦い以外にもすることがあったのに‼」


「それについては……ツカサに『ゴメン』て、伝えて。でも、これが最善……君のほうが強くて、より、みんなを守れるから……彼女たちのためにも」


「そんな、そんなわけ!」


「ユウト、未来、を……」


「ハヤト? ……だめだ、逝くな……ハヤトォォォォォッ‼」



 エイトも他の仲間たちも皆、泣いた。


 仲間の死にも慣れてしまって泣くことの少なくなった兵士たちだが、それでも悲しみが大きければ泣く。そんな時だけ、自分に人の心が残っていることを実感するのだった。


 こうして多大な犠牲を払い──数日後。


 ニューヨークからのネフィリム掃討が完了した。すぐまた大群が押しよせてきて占拠されるだろうが、それまで稼いだ時間で、地下街に囚われた人々を救出するのが今回の作戦の目標。


 ネフィリムに呑まれたが消化されずに運ばれ、あとで喰うために生かされていた人々を。


 広間を埋めつくす無数の肉柱。ネフィリムの肉体が変化したものらしい。中ほどが膨れあがって繭となっている。その半透明の膜の中で、1つにつき1人、裸で培養液に浸かって眠っていた。



 ザバァ‼



 兵士たちは膜を破って、中から人々を解放していった。乱暴なようだが問題ないと確認済み。毛布をかけて外の車まで担架で運んでいく。


 どうしても裸を見てしまうことになるが、こんなおぞましい状況ではなにも感じない──はずだったが。



「⁉」



 ユウトは新たに繭から引きずりだした女性を見て、大急ぎで首から下を毛布で隠した。その人の顔は、2年前に喰われたはずのユウトの花嫁、ミコトと瓜二つだった。

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