第3話 終末戦線の兵士たち

「殺してやる‼ 1匹 残らず‼」



 朝ぼらけの戦場で、人類の残存勢力の集まり【人類統合体】の兵士である20歳の男性、ダイチ・ユウトが振るったチェンソードが、ネフィリムの首を刎ねた。


 即死させるには頭部をカチ割って脳を破壊する必要があるが、それは頭皮の甲殻の曲面が刃を滑らせるため難しい。滑らないのは体節の境界の窪み。


 そこで輪切りにするのが効果的。


 頭部に近い位置で斬るほど良い。


 脳と繋がった部位──本体が小さいほど残り生命力が少なくなるのに、その生命力を消費して再生すべき欠損部位は大きくなり、生命力不足による餓死に追いこみやすいから。


 頭部だけになった本体は確実に死ぬ。


 そして首無しになった胴体のほうは力が抜けて、ユウトに倒れこんできた。その熊ほどある巨体をユウトは片手で受けとめ脇に転がした。


 生身なら潰されていたが、全身を覆う防具であり筋力増強装置、装着式パワードスーツ【エクソ・ハーネス】がそれを可能にした。


 ユウトはすぐ次の獲物を求めて辺りを見渡す。頭部を完全に覆うヘルメットの内側に貼られたモニター越しに、外側についたカメラが撮っている地獄を。



 ウォォォォォ‼


 ギャォォォォ‼



 自分と同じ装備をした仲間の兵士たちがネフィリムどもと入り乱れて戦っている──混戦状態。



『ギャッ‼』



 ヘルメットに内蔵されたヘッドフォンから響いた仲間の悲鳴に振りむくと、1人の兵士の胴体がネフィリムのの先に生えた何本もの爪に貫かれていた。


 ネフィリムは人間との近接戦では熊のように後端の2脚で直立し、体側の6脚を腕のように使う、阿修羅のごとき戦士となる。


 その個体は自らの首へと振るわれた兵士のチェンソードを上段の2腕を犠牲にしてガードし、下段の2腕で兵士の脇腹を掴んで固定して、中段の2腕で兵士の胸をハーネスごと貫通した。



「よくも‼」



 ユウトはそのネフィリムに踊りかかった。そいつが兵士の体から爪を抜き、斬られた前腕を再生しているあいだに背後に回り、チェンソードを押しあて首を落とした。


 やられたのが誰だったか確認して悲しんでいる暇はない。またすぐ周りを見て、仲間が手薄になっている場所を見定めては、自分がその穴を埋めるようにして次々と敵を屠っていく。



『すまない、ダイチ!』


『助かった、ユウト!』


「ああ」



 仲間の感謝に、短すぎて不愛想な返事をしてしまったが、集中を切らせない戦闘中に向こうも長話を求めてはいまい──そう、集中を切らしては、いなかった。


 しかし。


 また1体と対峙し、そのわずかな動きも見逃すまいと注視していたユウトの意識は、全方位には向いていなかった。



『ユウト‼』



 その声に反応してユウトはヘルメット内ディスプレイの端にある、上方や下方を映す小ウィンドウに目を配り、気づいた。


 背後から1体、こちらに向かってくる。誰かが討ちもらした個体か、胴体の後ろ半分がないが、前半分の4脚で地を這って!



 ドガァッ‼



 回避している暇はなかった。


 膝裏に激突されて、倒れる。



「ッ!」



 ダメージはないが、体勢を立てなおすのに一拍の間が必要で、それは戦場においては致命的な隙だった。そこに元から交戦していた個体が爪を振りあげた。回避は間に合わない。



(く、そぉぉぉ‼)



 念じるだけで敵を殺せたら。無理と分かっていても、ユウトはありったけの憎しみを込めて、爪を振りおろしてくるネフィリムを呪った──



 スパァンッ‼



 その個体の首が飛ぶ。頭部を失った胴体が倒れてきて、ユウトは地面を転って回避し、起きあがった。


 本当に呪いが効いた、わけではない。駆けつけた仲間がネフィリムを倒してくれたのだ。一瞬で首を刎ねて。そして今また、ユウトにぶつかってきた1体の首も。


 他の兵士と異なり、その手にあるのはチェンソードではなく日本刀の姿をした軍刀だった。この作戦に参加している者で、それの使い手は彼しかいない。



「エイト、助かった」


『それより、跳ぶぞ』


「ああ」



 ユウトもエイトも、他の仲間たちも、同じ方向に駆けだした。剣をリュック左側面のラッチに納め、追ってくるネフィリムどもから逃げながら。


 その先では足場が途切れている。ここは屋上だった。ネフィリムに滅ぼされ廃墟となった元・世界一の大都市ニューヨークの、とある超高層ビルの1つの。



 ダンッ‼



 兵士たちが跳躍し、空中に身を躍らせる。雲海のような霧の下の地上までは200m、落ちれば死ぬ。


 なのに隣のビルの屋上の遥か手前で落ちてゆく兵士たちは、しかし慌てず左右の手で抜いた拳銃2丁を前方に撃った。


 発射されたのは弾丸ではなく金属棒。


 その尾部から伸びるワイヤーは銃口の中まで続き、また銃の後端からも別のワイヤーが使用者の腰の後ろに繋がっている。


 ワイヤーガン。


 向かいのビルの屋上の縁に、金属棒の根元から展開したフックが引っかかる。2本のワイヤーに支えられた兵士たちは落下する代わりにビルの壁面に叩きつけられる!


 だが、その衝撃は壁を踏んだ靴底に仕込まれたバネが完全に殺していた。兵士たちは銃の側面のボタンを押してワイヤーを巻きとりながら、壁を歩いて登っていき──


 屋上に到達!


 そして淀みない動作でワイヤーガンをホルスターに戻し、リュック右側面に取りつけていた銃を外して、数秒前までいたビルに振りむいた。屋上いっぱいにネフィリムが立ち往生している。


 兵士たちが構えるは、対ネフィリム戦では通用しない自動小銃に替わって標準装備となった、グレネードランチャー。


 通常より銃身が太くてゴツイそれは弾丸状の爆弾を発射するもので、当てればネフィリムも殺せるのはいいが、装弾数はたった4発。その1発を、総員が発射した。



 ズガガガガガガガガッ‼



 ただし直接ネフィリムたちにではなく、それらがいるビルの根元へと。大爆発によって下層階を砕かれたビルは、すぐに全体が崩落を始めた。こうすれば、より多く敵を殺せる。


 屋上で戦って多数のネフィリムをビル内におびき寄せ、そこまで跳躍力はないネフィリムどもを置き去りに隣のビルにワイヤーガンで移り、元いたビルを爆破して倒壊に巻きこみ圧死させる。


 作戦は成功した。しかし倒れた仲間の遺体をあの場に放置し、敵もろとも潰しておいて、ユウトは喜ぶ気分にはなれなかった。

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