第25話 自重します

 sideシェルト


 俺は先日のデートでスキップしてしまいそうなほど浮かれた。アメリーにとってはいつもの買い物の延長かも知れないが、俺にとってまさにご褒美という言葉がふさわしい1日だった。



 その日は元仲間と会ったのだが、話が長引いてしまった。

 優しいアメリーは遅れてしまっても許してくれることは分かっているが、俺が早く会いたかった。中央広場へ向かう歩調は次第に速まり、気付けば軽く走っていた。


 中央広場へ足を踏み入れて愛しのご主人様の姿を探すと思ったよりも近くで見つかり、その姿に息を飲んだ。

 太陽の光を浴びた金色の髪は天使の輪を作って輝き、肌は光を反射させてより陶器のように白く見せた。

 服装はいつもの白いブラウスに落ちついた色の膝下スカートではない。白い丸襟が清楚さを演出し、白いベルトが腰の細さを際立たせる落ち着いた水色のワンピース姿に目眩がした。

 俺のご褒美のためにお洒落してくれた天使が待っていたのだ。


 声をかけるとアメリーは俺に気付いて、大きな茶色の瞳を輝かせてくれる。抱き締めたい! 今すぐここで! と思わずにはいられない。

 でも公衆の面前で暴走するわけにもいかず、だからといって我慢しきれず、アメリーの手を握り締めデートをスタートさせた。


 変に緊張してしまい、自分の指先が少し冷えている。

 しかし彼女は拒否することなく隣を歩いてくれることが、また俺をつけあがらせる。



 一緒に外食して、プレゼントを選んで、大道芸を見てスイーツに舌鼓をうつ。まぁ俺の選んたジュースはあり得ない味をしていて買ったことを早々に後悔したが、アメリーが面白がっているから良しとしよう。そんな俺は非常に調子にのっていた。


 いつものように軽口をアメリーに阻止された。口を塞ぐクレープは芳醇なバターの香りと塩気に砂糖の甘さがバランスよくて……何よりアメリーが口にしていた物だと思うと本能のままに食べてしまった。

 アメリーの細い指に垂れたバターも舐めたいと思ったがなんとか自粛し、紙ナプキンで綺麗にする。


 俺の所業にアメリーが固まってしまい、慌てて忠犬の皮を被り直して謝れば許してくれた。

 まだ狼だとバレても良いタイミングではない。だってアメリーは全く俺を異性として意識してくれていないし、勘違いも継続中。

 本当は訂正したいがアメリーから直接聞かれたわけでなく、必死に否定するのも変な気がして直せずにいる。

 とりあえず地道にマーキングを進めていこうと気を取り直して、俺の瞳と同じ色の緑が刺繍されたベッドカバーを洗った。




 アメリーが新しいカバーに包まれて寝ている姿は背徳的だ。早く俺自身でアメリーを包み込みたいという意識を隠していたはずなのだが……デートの日からアメリーの様子が少しおかしい。


 一緒に歩いていても俺の手にチラチラ視線を送るのに、聞いても誤魔化される。狼の部分を悟られ、手を繋がれることに警戒しているのかもしれない。


 あぁ、浮かれすぎた。今思えば忠犬の皮をきちんと被れていなかった時が多々あった気もする。これは気を引き締めなければ……と頭を撫でたり、手を繋ぐことはしばらく我慢することにした。



 次からどう動けば良いのか考えながら、仕事をこなしていく。昼の営業を終えて、賄いも食べ、今は夕方にむけての仕込み中。すると女将さんがすっと俺の隣に立った。


「シェルト君……話があるの」


 その声は小さく、アメリーに聞かれるのを警戒していた。つまりアメリーに関して内緒の話があるということ。俺は黙って頷いた。



「シェルト、まだ帰れないの?」


 ジャックさんやリコリスさんも出勤し、定時になると先に仕事を終わらせたアメリーが厨房にやってくる。

 本当は護衛のごとく離れたくないが、周囲が目を光らせており逃げることは出来ない。


「実は新メニューの打合せの区切りが悪くて……先に帰ってくれませんか? 洗濯物を取り込んでくれると助かるんですが」

「そうなの。分かったわ。みなさんお疲れ様です!」


 どこか寂しそうなアメリーの背中を見送ると、ほんわかしていた店内の雰囲気が一気に冷え込む。四人からの鋭い視線が突き刺さり居心地が悪い。


 黒い笑みを浮かべたリコリスさんが椅子を引いたので、大人しく従ってそこに座ると囲まれた。

 逃げられないように俺の両脇はマスターとジャックさんで固められる。



「夕方の営業があるから手短にいく。シェルト君、何について話したいか分かるな?」


 マスターが代表して口を開く。俺は圧を感じながら心当たりがあったため頷き、相談することにした。



「アメリーが最近おかしい事ですよね。俺も気づいてました。ため息が多くなって、時々食が細くなっていることも。でも原因が分からなくて心配なんです。俺よりも付き合いの長い皆様は分かりますか? 悩みごととか聞いてませんか?」


 これは切実な訴えだ。美味しそうにたくさん食べるアメリーの姿に惚れ込んでいる俺としては、気が気でない。


「シェルト君……手を出したわけでは」

「絶対にあり得ません」


「やっぱり、アッチやソッチ」

「ではありません。俺はいたって普通の……あ」


 にゃんこ亭家族がポカンと口を開け、リコリスさんはニヤリと片方の口角を上げた。

 しまった……俺はアッチやソッチだから安全だと認識されて、アメリーとの同居の許しが出ていたに等しい。

 身の潔白を晴らすために、逆に自ら危険分子だと名乗ってしまうとは迂闊だった。


 ジャックさんがワナワナと震える手で俺を指差しながら確認する。


「ちなみにアメリーの事はどう思って」

「……出会った当初からお慕いしています」


「でも何もしていないと?」

「はい。精霊に誓って穢れるような事は一切してません」


「なんで? え……好きな子と四六時中一緒にいるのに、ひたすら我慢ってことっすか?」

「はい。意識すらしてもらえてないのに、アメリーの意思を無視して手を出すなんて事をして……もし嫌われたら立ち直れません」



 バレたなら仕方ないと開き直って正直に答える。すると男二人は感心したように俺の肩を叩く。マスターに関しては助っ人に来た当日にバレていると思っていたのに、アッチやソッチ説が上回ってしまったのだろうか。


 それよりも女性陣ふたりの反応はイマイチだ。女将さんは困ったように手を頬に当て、リコリスさんに関してはバカにしたように鼻で笑ってる。この子はアメリー以外には本性を隠す気がないらしい。



「ヘタレで安心しましたぁ」

「……っ」


 リコリスさんにうるさい……と言えたら楽なんだろうが、ぐっと耐える。

 俺はアメリーが大切なだけだというのに、ヘタレ扱いとは不服だ。

 でもこの中で一番アメリーの事を察せられるのは同性で同年代、アメリー愛好家のリコリスさんだろう。アメリーのため息の原因を知るために、リコリスさんの嘲笑うような視線を静かに受け止める。



「それより、リコリスさんはアメリーのため息の原因をご存じなのでしょうか? アメリーに元気がないのは貴女も良しとしないはず。何か心当たりありませんか?」


「さぁ、私も分からないんですぅ。まぁ分かってたとしても、シェルトさんだけには秘密ですけどね♪」



 リコリスさんの可愛い顔には不釣り合いの妖艶な表情は、わざと知らないふりの演技をしている顔だった。

 そのわざと感も俺を煽るための演技だと思うと、本当にリコリスさんは敵にしか見えない。



「何故。俺とは関係ない原因だからですか?」

「本当に分からないのですかぁ!?」


 意識した以上に低い声が出てしまう。だというのにリコリスさんは怯えることなく、本気で驚いていた。

 すると女将さんも何かに気付いたのか、“なるほどねぇ~”と呟いた。


「どういうことですか?」


 そう女将さんにも聞くが、首をゆるく横に振られてしまった。相変わらず男性陣は分かってないようで、頼りにすることはできなさそうだ。知らずに半分浮かせていた腰を椅子に下ろして、背もたれに体を預ける。


「俺はアメリーの支えになりたいのに、無力なんですね」


 アメリーは出会った頃から俺の心を支えてくれている。だから次は俺が……と思っていたのに現実は厳しい。



「そんな暗い顔している暇があるなら、シェルトさんはご主人様よろしくの如く、懸命に尻尾を振ってれば良いんですよぉ。変に遠慮せずにアメリーさんに積極的に愛想振り撒けばどうですかぁ?」

「それでアメリーが元気になると?」


 凹んでいると思わぬリコリスさんからの助言に、裏があるのではないかと疑ってしまう。

 リコリスさんは俺がアメリーに馴れ馴れしくするのは面白くないのかと思っていたのだが…………


「面白くありませんよ」

「やっぱり」


 勘の良いリコリスさんは俺の考えなどお見通しらしい。面白くないけど、リコリスさんはアメリーの気持ちを優先して俺にアドバイスをくれたようだ。


「そうねぇ~シェルト君はアメリーちゃんをたっぷり甘やかしてあげて」


 女将さんもリコリスさんと同意見だった。アメリーの悩みの原因はやっぱり分からない。でもこのふたりが助言してくれたのだから、俺は信じて実行するのみだ。


「女将さん、リコリスさんありがとうございます。マスターとジャックさんにもご心配お掛けしました。早速アメリーを甘やかして、尻尾振ってきます。お先に失礼します!」



 席を立って四人に頭を下げて、店を出る。久々にとろーりソースたっぷりのミートボールを作ろう。大好物に彼女は夢中で食べてくれるはず。

 そしてアメリーの口元についたソースを拭いてあげて、頭を撫でて疲れを労ろう。俺は幸せな妄想をしながら足早に彼女の待つ家へと帰った。



 その晩きちんと実行したのだが……アメリーがほんのり頬を染めたりするもんだから、俺の理性が危うく決壊するところだった。

 やっぱり俺のためにも、スキンシップは慎重にしようと心に決めたのだった。

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