第24話 認めるしかないのかな


「口直しありがとうございます」


 私は使い先がなくなったハンカチ片手に、悪戯に微笑む彼をただただ唖然と見ることしか出来なかった。

 その間にもシェルトは空になったコップと紙ナプキンをまとめて、通りに設置してあるゴミ箱に投げ捨てる。ナチュラルにゴミまで回収されてしまった。

 その光景を眺めながら数秒ほど立ち尽くしていると、シェルトは私の異変を察したのか慌てだす。



「勝手に食べて怒ってます? ごめんなさい。また買いましょうか? それとも作りましょうか?」


 そうじゃないの。さっきの大人びた男性に見えたのは錯覚だったのかしら……今は耳をペタンとさせ、いつもの失敗を反省する忠犬にしか見えないことにホッとする。


「食べ物の恨みは深いのよ~でも今日はご褒美の日だから許してあげるわ」

「さすがアメリーは優しいですね」

「調子が良いわね」


 調子が良いのは私の方だ。初めてのことばかりで、慣れないことに浮き足立って、勝手に妙な気持ちになるところだった。

 シェルトにとってはご褒美の日。休日を楽しむために、ひとりでは行きにくいお店に入るために私を同伴しただけ。


 一緒に生活してて彼が私を女性扱いしてもそれはご主人様扱いの一環で、異性としての色気や艶っぽい雰囲気は感じられない。

 つまり私は彼にとってそういう相手ではない。

 だってもうすぐ半年も同居してるのにラッキーなんちゃらが発生する気配すらない。男の人って普通は画策するものではないの? 偏見?



 特に決定的だと思ったのが、あのハチャメチャプリティーのリコリスに何一つ反応しなかった事だ。

 あの子は天使というべきなのか、小悪魔というべきなのか、男女問わず落とせるタイプの美少女。あのリコリスでさえ守備範囲外なのに私なんて……って何よこれ。

 私ったら暑さで頭でもやられたのかしら。とにかくシェルトは同性愛アッチ絶食系ソッチかなんだと思う。

 そんな相手に何を思おうとしたのか、馬鹿馬鹿しい。そう結論付けて私は考えることを投げ出した。



 食材を買って、家に帰るとシェルトすぐに食材を冷蔵庫に詰めていく。

 そして私にお茶を出すと、買ったばかりのベッドカバーを持って風呂場に行こうとした。


「シェルト洗っちゃうの?」

「そうですけど。洗った方がいいですよね?」

「贈り物ならそのままの方が良いんじゃないの? シェルトはアイロン掛けが確かに上手だけど、二度手間じゃない?」

「え、むしろ洗ってアイロンかけた方が良いのかと。だってそうしないとすぐに使えませんよね。もしかしてアメリーは 買って洗わずに使う派?」

「いいえ、私は洗ってから使う派よ」

「なら洗いましょうよ」


 待って話が噛み合ってないわ。もしかしてプレゼント用ではなくてシェルトは自分のために買ったのかしら。でもさっきは贈り物を否定しなかった。


「シェルト、それは誰が使うの?」

「アメリーですよ。だから本人に選んでもらったつもりだったんですが」

「私の?」

「はい。俺のご褒美に付き合ってくれて、いつも頑張っているアメリーへのご褒美ですよ。受け取ってくれますよね?」


「あ……ありがとう。もちろん」

「どういたしまして。洗ってきますね~」



 シェルトは相変わらずご機嫌な様子で風呂場に消えいった。水が流れる音が聞えはじめると、シェルトの鼻歌も混ざり始めた。私はそれを聞きながら、顔が緩む。



 ご褒美を貰えたことなんていつぶりだろうか。シェルトは私を甘やかして喜ばすことが上手で本当に困った。


 同時に見知らぬ相手への嫉妬が無駄になり酷くホッとしてしまった。蓋をして、見ぬ振りをしていた感情がまた顔を出す。慕ってくれる忠犬に対しての独占欲とは違うその感情。


 でも手を繋いだときは昔を思い出すような温かみを感じたのも事実。確信するほど育ってはいない淡い感情に戸惑うが、私はアブノーマル相手に惹かれ始めていることをもう否定できない。


 その夜のご飯は夏バテに配慮されたトマトの冷製パスタで、とても美味しかった。でもお昼と同様でたくさん食べることは出来なかった。




✽ ✽ ✽



 自分の淡い気持ちを自覚したが、シェルトとの関係は全く変わらず過ごしている。

 ただ私は一緒に出掛けるとき、温かみを求めて自然と彼の手を視線で追ってしまう。前まではちょこちょこ繋いでいたのに、ご褒美の日の休日以降は手を繋いでいない。



 変に意識してしまうと自分から繋ぐことは出来ない。それに「どうかしましたか?」とシェルトに聞かれても素直に答えることも出来ない。相変わらずの自分の不器用さにため息の数も増えてしまう。




 私のため息とは逆ににゃんこ亭はとても順調だ。騎士のリックさんとマイクさんの話を聞きつけたのか、同僚らしきお客様が増えた。もちろん私服なのだけれど、お店にはいるなりカウンター越しにシェルトと目が合うと会釈をするのだ。


 気付いたシェルトが屈託ない笑顔で会釈を返すと、私服の騎士たちはあからさまに肩の力を抜き安堵の様子を見せた。そういう人にはこそっと耳打ちする。


「お疲れ様です。裏メニューありますよ。いかがですか?」

「え?」


「シェルトの数量限定の気まぐれメニューなんです。一般のお客様には内緒ですけど」

「ではそれで!」


 私の提案に三人組の騎士は目を輝かせて同じものを頼んだ。店内は賑わい、自分の料理に夢中で誰もこちらを気にしていない。私はこっそり注文を受けて厨房にオーダーしに行く。



「シェルト、気紛れランチ3つお願い」

「了解。毎日誰かは来ますね」

「それだけシェルトのご飯が食べたいのよ。とても美味しいもの」



 そう言うとシェルトは照れながらコンロに向き直る。そして数分後には出来上がり、テーブルに運ぶ。



「お待たせしました」

「これは――!」



 騎士達が驚きをもって歓喜の表情を浮かべた。

 これはシェルトがマスターと交渉して生まれたもので、以前の騎士寮で出されていた懐かしの献立を基にした日替わりメニューなのだ。

 メニューを出すにあたって、ブランドン様との因縁は隠しつつシェルトの経歴を打ち明けた。マスター達は最初は驚いていたが、実力に納得しただけでこちらも仲の良さは変わらない。



 ランチを目の前に“いただきます”と小さく呟いた騎士たちは、次々とご飯を口の中へ迎え入れる。

 ジューシーな揚げ物数種類に、海草も入ったたっぷりシャキシャキサラダ、ポテトのサンドイッチは大きく、食べごたえのあるセット。もちろん味は折り紙つきで、騎士達の目尻はさがる一方だ。



 それを作業の合間に眺めるシェルトの表情もはやり嬉しそうだ。真夏の厨房はとても暑く、彼の額は汗が滲み、時折首筋に沿って珠のような雫が流れタオルに落ちる。 

 それでも口角は少し上向きで、喜びを隠しきれていない。



 このお陰なのか、シェルトが不安にかられて私に縋ることは無くなった。シェルトの心の傷が幾分か癒えた事に本来は喜ぶべきなのだろう。

 でも私はあの必要とされている感じがなくなり、少し寂しく思う。自分の性格の悪さに、またため息が出てしまった。



「アメリーちゃん大丈夫? 少し裏で休む?」

「女将さん……なんともありません。あそこの食器は私がさげますね」


 女将さんがを心配させないように、パッと笑顔を作って食器を片付けにいく。心配させてしまうほどのため息をついていたらしい。

 笑顔が大切な接客をしている間に、とんだ失敗だわ……とまた出そうになった反省のため息を飲み込んだ。



 天国のお父さん、お母さん。私は悪い娘になってしまったかもしれません。

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