第26話 アドバイスを求めました
シェルトの甘やかし行動が再開した。
夏の暑さに疲れて歩みを遅めれば手を繋いで連れてくれるし、毎晩ではないが屋根裏部屋に登る前に頭をポンと撫でてくれる。
まるで親と子のようにみえる行動で、シェルトにとってはそのつもりかもしれない。
その現実を少し残念に思いつつも、私は甘やかしを享受するのに嬉しさと恥ずかしさを感じてしまっていた。
私はそれを上手く隠せない。
だからなのか顔に熱が集まってしまうとシェルトは目をみはり、少しばかり動揺する。
対象外である私の反応に困っているのは分かる。
だけど私の赤く染まった顔に弱るような動揺を見せられたら、実は両刀に目覚めるのではと希望を持ってしまうじゃないのよ。
「ということで、私に可能性はあると思う?」
定休日の昼下がり、カフェで待ち合わせしたリコリスに聞く。ちなみにシェルトはお留守番だ。私の質問にリコリスは笑顔のまま固まった。
「ごめんね。変な質問して」
「いえ……いろいろすれ違ってるなと」
リコリスはポソリと何かを呟いたが、まわりの賑わう声に消えてしまう。
「今なんて?」
「コホン……アメリーさんはシェルトさんに恋しているんですかぁ?」
改めて抱いている気持ちを明確に言葉にされると、胸がギュッと苦しくなる。
「こ、恋? こういうのを恋っていうの?」
「え……そこからですかぁ?」
思わず恥ずかしさで顔を伏せてしまうと、リコリスが呆れてしまった。
本当に申し訳ないけれど、一方通行の叶わない気持ちだと思ってて言葉にするのが怖かったのだ。
ふぅっと一息つくリコリスの吐息をきっかけに顔をあげる。
「アメリーさんはシェルトさんの何処に惹かれているんですかぁ?」
「えっと……料理が上手で胃袋は完全に掴まれているでしょ。そのほかの家事も完璧でまるで、お母さんのような穏やかさを家で用意してくれるの。でも態度は娘を見守るようなお父さんのようで……」
今までなら、それだけだった。
「でもね、この前お買い物に行った時のシェルトが普通の男の人に見えたの。人混みを先導してくれる手は男らしく大きくて、余裕の表情が年上らしくて」
「その、もう少し具体的に聞いても良いですか?」
私は頷いてご褒美の日にあった事をリコリスに話した。待ち合わせでソワソワしてしまった事から、ベッドカバーの買い物で感じた小さな嫉妬心と帰宅後の安堵感を私なりに伝えた。
そのあとの甘やかし停止期間での寂しかった気持ちも。
言葉にするのはとても恥ずかしいけれど、誰かに言えたことで心が整理できた気がする。相手がどんな性癖だろうと、私がシェルトを好きだという気持ちは変わらない。
心が定まった私はスッキリした一方で、リコリスの可愛い顔は激しく歪んでいた。
「アメリーさん、本当に付き合ってないんですよね?」
「付き合ってないよ! だってシェルトは私のこと子供や妹のようにしか思ってないよ……」
「その根拠は…………?」
「だってすごく徹底してるんだもの。お風呂や着替えの時も扉があるから開けない限り見えないのに、自主的に屋根裏部屋に登っていくし。朝起こしてくれる時も寝顔をジロジロ見ることなく、背中を向けて朝ごはん作りながらだし。洗濯物も下着を避けるように手を出さないし、深夜忍び寄って来たことも一度もないの」
「異常なほどの過保護ですねぇ」
リコリスは手を口に当てて信じられないものを見るような目で絶句していた。
「甘く見ていたわぁ……これは尊敬ものね」
「え? 何?」
またリコリスの呟きは喧騒に消えてしまったので聞き直すが、リコリスの魂が半分抜けているのか反応が返ってこない。
「リーコーリースゥ」
「は! ごめんなさぁい。とにかくアメリーさんはシェルトさんに、とぉっても大切にされていることはわかりました」
「大切にされ過ぎて、この距離感は絶対に私を恋愛対象として意識しているとは思えないでしょう? もう保護者の目線でしょ?」
「ソウデスネェ~」
可哀想なものを見る目を向けられているのは、これはリコリスから見て勝算のない恋ってことなのだろうか。
シェルトとの同居生活はとても楽しいし、充実している。でも片思いで失恋でもしてしまったら、一緒に住むのは辛すぎる。想像しただけで私の心に影が落ちる。
するとリコリスは誰かさんに似たような、「仕方ないなぁ」という困ったような笑みへと表情を変えた。
「アメリーさん、シェルトさんはどうやら良い人のようですねぇ。応援しちゃおうかなぁ~」
「お願い。どうすれば良いかな?」
「では……攻めてみてはどうですかぁ?」
「攻める?」
リコリスはケーキを一口食べて、あざとくフォークを唇に当てたまま味を確かめるように少し考えたあと、小悪魔のような微笑みを浮かべる。翻弄するようなコロコロと変わる表情にドキリとしてしまう。
「そうだわ♪ シェルトさんで弄んじゃいましょ」
「え……えぇえぇぇぇぇえー」
「今日は例えばぁ~」
そうしてリコリスに初級編を教えてもらう。実は私の父親もシェルト並みに過保護だったから、私は異性との交遊経験がとても浅い。
だからリコリスのアドバイスを半信半疑で聞いていた。
「その程度で有効なの?」
「とりあえずぅ、一番最初に教えたのを試してみてください。過激なのは引かれる可能性のあるので厳禁ですぅ」
「なるほど、帰ったら試してみるわ」
「引き継ぎの時に結果教えてくださぁい。そのあと次の作戦を教えますね♪」
私は「やるぞ」と自分を鼓舞するように、胸元あたりで両手に拳を作った。
私一人だったら初めから無理な恋だと思って諦めていたかもしれない。そうよね、諦めるのは色々と試してみてみてからでも悪くないわ。
「リコリスありがとう。今日は奢らせてね。ケーキ追加しようか?」
「わぁい。嬉しいですぅ~ではお言葉に甘えて」
リコリスは嬉しそうに店内の壁に書かれているメニューを見始める。リコリスも私に負けないほどの食べっぷりだから奢り甲斐がある。
私も何か追加しようと壁に視線を移すと、何者かに遮られた。
「ねぇ、俺たちが奢ってあげようか」
「二人とも可愛いから相席させてよ」
声をかけてきたのは若い男性ふたり組で、こちらが返事をする前に隣から椅子を移動させて隣に座り始めた。私は表情を消してお断りする。
「ごめんなさい。今日は女子ふたりで話したいの。だからご遠慮してくれませんか?」
「そんな事言わずにさ。悩みごとなら俺たちも聞くよ?」
「そうそう! 意見は多い方が参考になるでしょ」
あたかも正論を言いつつも男たちは体を寄せて、逃げ道を無くそうとする。
「私が求めているのは彼女の意見のみで、初見の方に打ち明けるつもりはありません」
「えぇー堅いなぁ。じゃあさ、俺たちとお茶して楽しく話をしてから考えてみない?」
「少しは話せば考えも変わるかもよ」
ついには彼らの腕が私たちの肩に回される。私はゾワゾワと這い上がる気持ち悪さに、鳥肌がたつ。
リコリスに任せるわけにはいかないし、まわりは悪質なナンパを困惑して見ているだけ。私は回された手を払い除けて、不満をもらす男たちを無視して席をたつ。
「リコリスごめんね。お店を変えましょう?」
リコリスが頷くのを確認して、会計に向かうため席を離れようとするが叶わない。
「勝手に出てかないでよ」
「お店変えるなら俺たちも一緒に行くからさ」
そんな勘違いなことを言いながら、私の腕を掴む。本当にやめて欲しい。これ以上しつこくされたら、男たちが危ない。
「いい加減に――」
「痛っ!!」
「なっ!?」
「困ったさんですねぇ~ふふふ」
男たちに喝をいれようとしたが、手遅れだった。リコリス側の男は肩を押さえて床に膝をつき、私の腕を掴んでいた男の手はリコリスに掴まれていた。
リコリスは血が止まるほど相手の腕を締め上げ、男は痛さのあまり私の腕を離した。それでもリコリスは男の手を離さない。
「痛たたたたた! てめぇ何を」
「それはこちらのセリフですぅ。気軽にこの方に触るなんて許せません。お仕置きしましょうね♪」
笑顔なのに目は冷たい。リコリスを完全に怒らせてしまったわ。どっかの誰かさんと似ている。
リコリスはにゃんこ亭に来る前は冒険者だった。庇護欲そそる見た目とは裏腹で腕っぷしは良いし、今もスカートの中に隠してある身体強化の魔法陣を発動させている。
私と違ってリコリスに夜の看板娘が務まる理由は、この強さのお陰だ。セクハラなんてしたら……もう……御愁傷様としか言えない。
過去を思い出して意識が遠のきそうになるが、今回の男たちはまだ未遂だ。そろそろ止めないと、男の腕は体とお別れするハメになる。
「リコリス、もういいわ。あなたたちも目の前から立ち去って。不快なのよ。今すぐに」
リコリスだけを悪者にはしたくない。私は汚物を見るように男たちを見下ろして、傲慢に命令する。
すると男たちは涙目になった顔を必死に縦にふり、走り去った。
そして騒ぎを起こしたお店に謝罪して、私とリコリスもお店を出ることにしたのだ。
「ごめんなさい。私ったらまた頭に血が上っちゃって……うぅ」
「良いのよリコリス。あなたも嫌な思いをしたのに、私を助けてくれて嬉しいわ。ありがとう」
「アメリーさん、大好きですぅ」
慰めるようにリコリスの頭を撫でると、彼女は恥ずかしそうに私に抱き付いた。
か、可愛すぎるわ…………!
私も抱き締め返すとリコリスがクスリと笑った。
「アメリーさん本当に大好き。何でも相談してくださいね。私はアメリーさんをとびっきり幸せにしたいんです」
「リコリスったら」
「ということで、今日は解散にしましょう。初アタック頑張ってくださいね♪ 明日の報告を楽しみにしてますぅ♪」
「うん。今日は本当にありがとう。また明日ね」
一生懸命手を振るリコリスに見送られ、私は意気込んでシェルトの待つ家に帰った。
「あ、おかえりなさいアメリー」
リビングに入るとシェルトはテーブルで洗濯物を畳んでいた。私は歩みを止めることなく、彼の背中に頭を当ててシャツの裾を掴んで少し引っ張ってみた。その瞬間シェルトの背中はピンと伸ばされ、体を強ばらせる。
「ア、アメリー?」
「ただいま。少し甘えたくなっただけよ」
そして私はパッと離れる。上を向くと、焦って振り向いた彼の顔が良く見える。
見開かれた新緑の瞳は困惑に揺れ、何かに耐えるように口は一文字に閉められ、耳がほんのり赤いようにも見える。リコリスが“脈あり”と例に上げた状態のシェルトがそこにいた。
いつも余裕を浮かべるシェルトの初々しい反応に、こちらが赤面しそうだ。私は成功した喜びで緩んでしまう顔を隠すように、背を向けて手を洗いに洗面台に向かう。
赤くなりそうな顔は我慢したはずなのに、鏡には完全に恋する自分の顔が映っていた。
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