第23話 お買い物しましょう


 真っ直ぐに高く伸びる赤いレンガ造りの時計台を眺める。針はまもなく昼を告げようと時を刻みながら進んでいた。時計台よりも高く私を見下ろす太陽は、真夏は終わらないとばかりに強く輝いていた。


「お待たせしました!」


 レーベンスの中央広場のベンチに腰掛けていると、待ち合わせ相手が駆けるように現れた。

 シェルトは肩を上下させていることから、急がせてしまったかもしれない。



「そんなに焦らなくても逃げないわよ。それより話はできたの?」

「早くアメリーに会いたくて。料理人のおやじーずは相談したらすぐに騎士を受け入れることに頷いてくれました。ただ……雑談が多くて」



 困りましたよ~と言いながら嬉しそうな口振りは、久々の再会をきちんと楽しめたようだ。


 今日はにゃんこ亭の休日。シェルトは朝早くに以前の仲間のお店を訪ねており、そのあとご褒美の買い物に行こうと約束をしていたのだ。

 ふたりで出掛けるのに家に1度戻らすのは大変だからと、広場で待ち合わせしたのだけれど……。

 この場所で待ち合わせている間、何だかそわそわしてしまったわ。


「お腹空きましたよね? ランチ食べに行きましょう」

「うん、もうペコペコ」


 シェルトがベンチに腰掛けている私に差しのべた手に、自分の手を重ねると力強く引き上げられる。

 そして繋いだまま歩き出してしまった。触った瞬間に感じるほんのり冷たい彼の手は、今日の暑さには気持ち良くて離すタイミングを失った。


 シェルトが案内してくれたお店は路地裏の隠れ家的なカフェだった。前に作ってくれた満月プレートの元ネタのお店らしい。

 定食屋と違って観葉植物が多く並べられ、テーブルも相席にならないように細かく分けられている。よく見つけたなぁと感心しながら、案内された席に座ろうとするとシェルトが椅子を引いてくれる。


「どうぞお掛けになってください」

「あ、ありがとう」


 スマートなレディファーストに動揺してしまった。他のお客様から「まぁ初々しい」などと聞こえてきて、恥ずかしさのあまり周囲が見れない。

 慣れてなくてごめんなさいねー!



「アメリーは何を食べますか?」

「えっと、お店の一番のおすすめで」

「ではそれを頼みますね」


 私の前に出てきたのはマフィンタイプの小さな満月が2つ。シェルトが参考にしたやつで、小さくて可愛いと思いながら見ていると、彼の前には熱々の鉄板ごと運ばれてきた焼きピザが鎮座した。

 香ばしい小麦の香りと、爽やかなトマトソースに濃厚なチーズの湯気が食欲を刺激する。普通のピザが来ると思っていたシェルトも驚き、料理の研究に余念がない彼は目を輝かせた。

 うっ……満月プレートも美味しそうだけど、ピザも美味しそう。


「半分ずつにしましょうか」

「良いの?」


 顔に出てしまっていたらしい。彼が取り皿にピザを乗せてくれたので、私も満月をひとつ渡した。

 シェルトが連れてきてくれたお店だけあって、凄く美味しい。少しずつ御腹が満たされ始めると余裕が出てきて、ようやく周囲を見渡す。


 すると視界に入るのは女性グループと多くのカップル達。お一人様は皆無で、男性グループも存在していない。


 つまりシェルトは前回はアウェイに単騎で乗り込んだ可能性に思いあたり、果敢なチャレンジ精神に称賛をあげようとしたが……引っ掛かりを覚えた。


 本当に彼はひとりで来たのだろうか。


 彼は私よりレーベンスに長く住んでいる。誘える女性の知り合いのひとりやふたりはいるだろうと思うと、まだまだ入るはずの胃袋が満腹を訴えた。


「……?」


「どうしたんですか?」


「なんだろう。もう満たされちゃった」


「そうですか。今日は暑いですからね。少しばかり頼んだものが重かったかもしれません。残りは俺が食べますよ」


「うん、ありがとう。美味しいからもっと食べたかったのに」


「ではまた一緒に来ましょうか」



 胸の内に感じる不思議な感覚に首をかしげながら、カフェを出る。次にシェルトが連れてきてくれたのは寝具店だった。



「アメリー、好きなベッドカバーの柄ってなんですか? 前に話したご褒美の件なんですが」


「あぁ! 選んで欲しい買い物ってカバーのこと?」


「はい。種類がたくさんあってどれが良いのか悩んでしまって」


 目の前には小さな花が散りばめられたピンク色のシーツをはじめ、水玉模様にストライプなど色とりどりの可愛いベッドカバーが並んでいる。 

 目移りしてしまうほど種類は豊富だが、どれも女性向けのものばかり。シンプルなものを好むシェルトが自分で使うために買うとは思えない。


 これは誰かへのプレゼントなのだろうか。


 また胃のあたりが重くなる。夏バテでもしたのかもしれないと判断して、カバー選びに意識を戻す。


「私の好みで選んで良いのね?」

「えぇ、アメリーの好きなように」


 私もどちらかと言えばゴテゴテした物より、シンプルなベースにワンポイントだけアクセントがある物が好き。今使っている物も白地に薄いピンクのラインが数本入ったものだ。

 だから一面花柄模様や派手な色のシーツは除外して、淡い色から選んでいく。自分が使うとしたら……そう想像しながらピックアップして、二種類まで絞った。


 右には水色の生地に一輪の白いガーネットが大きめに刺繍されたもの。左にはアイボリーの生地に明るめ緑色のクローバーが連なるように刺繍されたものを手に取った。



「最後はシェルトが選んで」

「では緑のクローバーにします。会計してきますね」



 悩んでいると言っていたのに、まさかの即決。私の手からカバーを受けとると、鼻唄でも歌いそうな軽い足取りでお会計に言ってしまった。


 贈る人へのイメージにピッタリだったのかしら。贈る人の喜ぶ姿が目に浮かんだのかしら。


こんなこと考えてしまうなんて、まるで……私は頭に浮かんだ可能性を消すように、頭を振った。


 今日はシェルトのご褒美の日よ! シェルトを喜ばすのが使命なのよ! と気合いを入れ直してシェルトの後を追った。


 その後は普通に楽しんでしまった。

 中央広場に戻って大道芸を見てチップを投げ込んだり、日陰のベンチに座って新メニューの案を話し合って充実した時間がおくれた。


 そして気持ちが楽しくなると私の胃袋は先程のランチでは足りないと訴えてしまい、今は屋台のクレープを味わっている。シェルトはレインボーミックスというネーミングのジュースを飲みながら、渋い顔をしている。



「言葉にできない味だ……」

「ふふふ、クレープは美味しいわよ」



 お互いに買ったものを食べ歩く。

 熱々のクレープ生地にバターとシュガーだけというシンプルなトッピングだけど、小麦の味もしっかり味わえて美味しい。

 隣のシェルトの羨ましそうな視線を流して、家の食材を買うために市場を目指す。


「今夜は何にしましょうかね」

「さっぱりが良いわって言いたいけど、シェルトも疲れてるでしょ? テイクアウトでも良いのよ?」


「アメリーは俺の料理とテイクアウトどっちが好き?」

「……シェルトの」


「作りましょう!」


 飲んでいる物は確か不味かったはずなのに、上機嫌でストローで吸っている。

 楽だってできるのに、よほど夕飯作りが楽しみで仕方ないらしい。


「ねぇ今日は楽しめた? ご褒美になった?」

「はい。休日を満喫したって感じです」


 顔を綻ばせながら頭にはピンと立てられた耳と、背中には激しく振られる尻尾の幻覚が見えた。

 今日は何だか私の方が楽しんでしまった気がして不安に思っていたけど、シェルトも楽しめていたようで良かった。


「アメリーと買い物はいつもしていますが、遊んだのは初めてですね」

「そうね。一緒に外食するのも初めてだったわよね?」

「基本的に家かにゃんこ亭ですからね~」

「今日は新鮮なことばかりだわ」


 いつも一緒にいるのに初めてのことばかりだ。外で待ち合わせも、ふたりでの外食も、市場以外での買い物も、大道芸を見たのも食べ歩きしたのも全部初めて。


「また出掛けましょうね」

「うん」


 今からもう次シェルトと遊べることを楽しみにしている自分がいる。今度はご褒美とは関係なく出掛けよう。


「良いですね~こういうやりとり」


 シェルトも同じように思っていてくれている。まるでデートの約束をするような……


「まるで付き合いたてのカップ――」

「言わせないわよ!」

「むぐっ」


 反射的に少しだけ残っていたクレープでシェルトの口を塞ぐ。

 自分の思考が見透かされているかと思った。

 でも、その先は言わないで欲しい。だっていつものように言葉にされてしまったら、認めなければいけなくなる。


 しかし防げたことに安堵したのも束の間、シェルトの口元を見て我に帰る。


「ごめん! バターがっ!」


 クレープの最後の先っぽには溶けたバターが溜まっていて、押し付けた勢いでシェルトの口元をベッタリ汚してしまっていた。


 あぁ、私は相変わらずなんて乱暴なの?


 自分の変わらない雑さに苛立ちを覚えつつ慌ててクレープを彼の顔から離して、ポケットからハンカチを取りだした。その瞬間クレープが消えた。


「え?」


 あと数口残っていたクレープをシェルトは珍しく大きな口を開けてパクっと頬張ってしまった。


「ん、やっぱりクレープの方が美味しい」

「――っ」


 新緑の瞳を細めて満足気に飲み込み、ペロッと赤い舌でバターのついた唇を舐める。そして私の手元からクレープを包んでいた紙ナプキンを抜き取って私の手を綺麗にしたあと、彼はさっと自分の口元を整えた。

焦ってしまっている私とは真逆の余裕さが、シェルトは年上の男性なのだと再認識させられた瞬間だった。

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