第22話 手遅れでした
騎士たちの話の話をまとめるとこうだ。
予告も引き継ぎもなくシェルトが辞めてしまったことで、端から見てもブランドン様と料理人たちの雰囲気は更に悪化。遂に料理人たちはストライキを敢行してしまい、それに怒ったカルロス様は全員にクビを言い渡して 料理人を一掃してしまったらしい。
ブランドン様も特に止めることはしなかった。
今ではブランドン様が呼び寄せた数人の料理人がアシスタントを務めていることで、食堂は成り立っている。
意識が高い系のブランドン様選抜の料理人が集まったせいか、出されるメニューはより貴族らしい質に変化していった。騎士たちはさぞかし嬉しいだろうと私は想像していたが、思わぬ弊害が出ていた。
それは量が少ない問題。
なぜ量が減ってしまったのか調査したところ、やはり価値観が違うようで新しい仕入れ担当は食材を見直して、よりいい品質の高いものに変えたらしい。
しかし予算が増えることはないため、当然の結果だろう。一般人の量よりは多いが、底なしの胃を持つ騎士には物足りなかった。
もちろん一部の騎士は量を増やしてもらえるよう要望はしたのだが……
「食堂は料理人の聖域だ。騎士は踏み込まないで欲しい」
「これでも一般的な量よりも多く出している。一部の者のために質を下げろというのか」
質にこだわりを持つ料理人にとっては正当な理由で、反論はできない。途中でプレーンのパンが追加されたりなど量を増やす工夫は若干窺えたが、高級路線は変わらない。
それからカトラリーも増え、複雑な料理が出るようになり、食堂はまるで高級レストランのように変化した。
料理の雰囲気に飲まれて、気を抜いて食事はしにくいし、一時的にお腹も満腹になってもパンばかりで腹持ちも良くない。
それは訓練にも影を落としはじめ、騎士たちの不満は徐々に溜まっていくばかり。それでも再びブランドン様を始め料理人のたちに相談したのだが一蹴されたようだ。
「どのような食事がいいか選択したのは騎士の貴方たちではないか。私共は求められたクオリティを追求しているのに、今更違いましたと手のひらを返すとは騎士らしくありませんね。私は変えるつもりはない。我々の食事が嫌であればどうぞ外の、レベルの明らかな定食屋に足を運んでください」
レーベンスの騎士団には貴族の親戚はいるが、力は強くない。貴族令息のブランドン様相手では勝ち目がないと、騎士たちは交渉を諦めた。
そうして時間に余裕のある者は質を落としてでも外に出るようになったようだ。
質が落ちても、量は多くて作法も煩くない食事の方がずっと体も心も満たされた。
騎士たちは騎士寮のある南区に近い西区の定食屋に通うようになる。そこは元々冒険者たちがよく利用していた店。
訓練の合間をぬって騎士たちは通ったため制服姿。居心地が悪く感じた冒険者の足は自然と南区付近から遠ざかり……にゃんこ亭のある北区付近まで延びてきた。
ここまで話し終えたマイクさんの深いため息が暗く響く。既に食器を洗い終えた部屋は静かで、沈黙が空気を重くした。
私は台所に重心を預けながら話を聞いて眉間を揉んだ。
なるほど……ここ数ヶ月お客様が増えた原因は騎士が街に出てきたのが原因だ。シェルト不在の余波が、まさか街にこんなにも影響してただなんて誰が想像できただろうか。
いや、ブランドン様着任の余波と思うべきか。
「ちなみに……辞めさせられた料理人たちはどうなったかご存じなのでしょうか?」
「彼らは新しい定食屋に就職したり、数人で店を開いていて新しい料理人人生をスタートさせていたよ」
リックさんの言葉にシェルトはホッと息を吐く。ストライキが原因で料理人に非があれば退職金が支払われた可能性は低い。それこそ無一文で放り出されただろうから、元仲間の生活を心配していたのだろう。
「ちなみに他の料理人を誘ったりしなかったんですか?」
「全員に断られたんだ。ブランドン様に逆らった自分たちにもう居場所はないと」
「……ですよね」
「それにブランドン様が許しても戻る気は無いとも。シェルトさんがトップでない限り働けないとキッパリ言われたよ」
シェルトが伏せていた顔をあげて目を見開いた。
そして横に視線をずらしながら手で口元を隠すものの、どこか嬉しそうな様子で呟いた。
「頑固親父たちめ……」
それだけ仲間の絆は強かったのだろう。規模は小さいけれど、にゃんこ亭の仲間に何かあればみんな黙っていられない。それはマスターのぎっくり腰のピンチであったり、先日のセクハラ事件だったり。
過去にシェルトがいい仲間に囲まれていた事は嬉しかったと同時に、今は失われてしまったことが悲しい。
思わず暗い顔をしてしまっていると、シェルトが少し困り顔で私に隣に座るよう手招きしてくれる。部外者なので少し躊躇したが、素直に座ることにした。
するとずっと背中を見ていた騎士たちの表情が見えるようになるが、やはり暗い。
「考え直せないだろうか。騎士たちはシェルトさんを必要としている。上品な料理は時々でじゅうぶんだ。毎日食べたいのは馴染みの落ち着く味なんだ。食事の時くらいリラックスしたいのだ」
「俺とブランドン様が対立していたことは皆さん察しているはずです。残念ながら俺にできることはありません。それに……」
シェルトはやさしい眼差しを私に少し向けて、騎士たちに視線を戻す。
「俺は新しい生活を満喫しています。帰る家があって、好きな料理を仕事として、良い人たちとの繋がりもできて、手放すことはできません。昔から大切なものは自ら捨てられないんです」
暗に『騎士寮は自分で出たわけではない』という意味が込められた言葉に、騎士の二人はハッとしたような顔になる。
正しく受け止めた彼らは、はじめの認識の過ちに気付いたようだ。
いくらシェルトに頼んで引き受けてもらった所で、現場復帰は不可能な話だということを。
「そんな気落ちしないでください。料理人のお店は知っているんでしょう? まぁ雇われなら難しいでしょうが、新店なら同じ味と量が食べられるはずですし、騎士の給料なら問題ないはずでは」
「それが雇われ店舗はともかく新店は騎士お断りなんだ……我々はどうもブランドン様を選んだ裏切り者扱いで。近いのに食べられず、食べたいメニューがあるのに指を咥えることしかできない」
二人はより肩を落として絶望したように項垂れ、私とシェルトは顔をひきつらせた。
ごはんの重要性は私はすごく分かる。美味しいと気分は高まるし、満腹になれば心も満たされる。
でも栄養が偏れば疲れは取れずに、力が半減する。
私はシェルトと同居してから、すこぶる体調が良くて食事の重要性を以前より重く感じている。戦いという環境に身を置く騎士たちにとって、大袈裟だけどどれかが欠ければ命に関わるはずだ。
マイクさんたちは口にしなかったが、外食に切り替えて量は補えても栄養バランスに不安があるのだろう。
だから面倒でも満足できるご飯を求めて元料理人のお店を見つけたのに、拒否された悲しさは凄そうだ。
最初は他の料理人のように私も騎士を裏切り者と感じていたが、話を聞くと可哀想で仕方ない。
単純ですって?
分かっているわよ。でも目の前の人たちには悪気はなくて、本当に困っているんだもの……
チラっと伺うように隣を見上げると、考えていたことをお見通しなのか……いつもの「仕方ないなぁ」という困った笑顔を浮かべて、私の頭をポンとひと撫でした。
「リックさん、マイクさん、その新店の名前と場所を教えてもらえませんか? 俺から相談してみます。たとえ他店で断られてもにゃんこ亭に来て下さい。何もサービスはできませんが、俺は料理をだしますよ」
「「シェルトさん!」」
シェルトの提案に騎士二人は深々と頭を下げて、その日は帰っていった。
「シェルトは優しいね。元の仲間と騎士の間を取り持つなんて……」
淹れ直したお茶を飲む目の前の穏やかな青年に言った。最後のあれは私の気持ちを汲んだように思えた。
「んー? そんな事ありませんよ。手遅れで望まない形ではあったけど、彼らには俺の誇りが伝わりましたから」
「確かに彼らは酷く後悔していたわね。目の前のご馳走に飛び付いて、失ったものの報いは十分に受けていたかもね。そういうこと?」
「くくく、アメリーは本当に心配なほど優しいですね」
「え?」
魔王降臨の時とは違う、色気を感じる笑みをシェルトは浮かべた。
笑顔なのに少し怖くなり、背筋に寒気を感じる。
「俺は騎士たちの後悔よりも、ブランドン様の憤る姿が目に浮かびます。目障りな奴を追い出したはずなのに騎士の胃袋を掴めない。料理人にとって何よりも悔しいでしょうね。しかも追い出した奴によって……」
「もしかして料理人たちを説得する理由って……騎士たちを食堂から遠ざけるためってこと? ブランドン様離れを加速させるために」
シェルトは肯定も否定もせず笑みを深めた。
これでブランドン様が後悔してメニューを改善すれば万事解決……荒治療の一環とも考えたけど、プライドの高そうなお方が簡単に改心するのか疑問だ。
つまりシェルトの本音は「同じ料理を否定された気持ちを味わえ」だろうか。
いや、この笑みの意味はもっと根深そうだ。私が初めて彼の闇を見た瞬間だった。
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