第30話「八百長勇者とガチ魔王」

「はーい、いらっしゃーい。ってなんだ、ニアじゃん」




「ガーネ、これでもうちの貴重なお客様だぞ。言葉遣いに気を付けなさい」




 しまったとガーネは舌を出した。人当たりは良いが、がらっぱちなところがある魔王将軍は接客のためキャラ改変を修行中だったが、まだ道半ばと言ったところだった。




「そうだ、ニア。ラウンジにあの二人がいるぞ」




 あの、とは誰なのかニアにはすぐにわかった。




「ニア様……いえ、ニアさんお久しぶりです」




「あら~ニアちゃん。よく来たわね~」




 フィニクとカトスだった。勇者ニアの暴走を止められなかった二人もまたティグロ王国から睨まれて居場所が無くなり、困っていたところを魔王に拾われた。




「ここはお酒を出すところなのか?」




 懐かしいカトスの顔を見ながら、つい顔を赤らめるニア。




「そうよ~。でもニアちゃんにはまだちょっと早いかしらね~」




 カトスはノリノリでバニーガールの恰好をしていた。異世界由来の衣装だが自分の持てる魅力を存分に発揮できて、かつ下品過ぎないのが気に入ったらしい。フィニクはバーテンダーの修行中だった。蝶ネクタイを締め、剣をカクテルシェイカーに持ち替え奮闘中である。




「えーっとここは関係者以外立ち入り禁止なんだが、まぁニアは関係者みたいなものだからな」




 そう言って事務所へも案内した。総務兼経理担当のハンヌがノートパソコンとにらめっこしている。もっとも現在の肩書は専務となっており、魔王に次ぐ経営の要であった。




 当初彼女は収入を失った魔王軍団の経営再建策として、魔物を戦争の戦力としてティグロ王国とドゥラコ王国へ武器輸出することを目論んでいた。魔王の英断でそれはやめにして平和的にいくことにしたのだ。




「せっかく私が陛下……いえ社長に魔力爆弾の製造を具申したんですが」




 かつてガーネを黒焦げにした、魔力をたっぷり含んだ泥を爆弾として輸出できる目算がハンヌにはあったが、これも魔王が平和利用することにしたのだ。




「ほら、ニアの剣の残りがあっただろ。悪いがあれを使わせてもらってる」




「剣を何に使うのだ?」




「じゃ地下室へ行くか」




 この観光国家の最重要機密となる空間へ行くことにした。




「おお、魔王。調整は順調だ」




 ルダが何やら巨大な釜のような器械をいじっている。その器械には無数の配管が張り巡らされ、さながら心臓のような印象を与えていた。




「剣を島の地下に深くに埋めたんだ。そうすれば地下を流れる魔力の流れと干渉してエネルギーを発生させ、地下水を温めて温泉にする。それをここで調整して城の暖房や風呂に供給してる」




 いつになく多弁なルダだった。やはり自分の技術を生かせることになると性格が変わるらしい。




「こうやって魔王軍団はやり方を変えることにした。まぁ今は世間が緊張してるから客は少ないけど、どうせ平和と繁栄のおいしさを知ってる連中だ。じきにそんなもの忘れてどこか旅行に行きたくなるだろ。そしたらうちへ遊びに来る……と」




 それが魔王ジーヴァの青写真だった。そうすれば次第に規模を拡大して魔族の人達の雇用も生まれるだろう。




「そうなれば大量のツアー客を俺のワープ魔法で一斉ごあんなーい、と行くつもりだ」




 小さな湯治場しか知らないニアにすれば複合テーマパーク化を目論む魔王の考えは想像も及ばない壮大な魔法にすら見えた。




「みんな頑張っているのだな。それに比べ私は剣を振るうことしかできない」




 魔王によって新たに生み出された、ニアの剣へそっと手を当てた。




「そんな自分を卑下することはないぞ。みんな自分が何なのかわからないなりに頑張ってやってるんだ。なんにでも挑戦してみるってのは悪くないぞ」




 ニアの小さな肩に手を乗せ、ジーヴァは優しく言い聞かせるのだった。




「それなら私の案を挑戦させてください」




 ハンヌ専務が手を挙げた。彼女はいずれこの魔王軍団を魔王国に発展させ、タックスヘイブンの金融立国化を目論んでいるらしい。しかし船団投資で大穴を空けている彼女のこと、それが採用される日は来るのであろうか。




「私にできること……剣。駄目だ、私には何もできない」




 周りの人々が次の一歩を踏み出している中で、一人置いてきぼりのニアは落ち込んでしまった。しかしジーヴァは彼女のためにこんな提案をするのだった。




「宿泊客を一日中楽しませるためには温泉だけじゃ駄目だ。エンターテインメントショーだって必要なんだ。どうだ、俺と組んでやらないか? 魔王城で繰り広げられる『勇者対魔王、宿命の対決』なんてお前の剣技を生かせるぞ。もっとも安全を考慮した娯楽特化の、八百長プロレスだがな」




 何もできず、居場所のないニアにも魔王は席を用意してくれた。やはりこの人は決して悪人などではない。かつて祖父が見守ってくれたように、自分を大切に思ってくれている。そう考えるだけでニアは涙が込み上げるのだった。




「あー、ニアを泣かしてやーんの。カトスに言いつけよっかな~」




 接客担当のガーネが囃し立てるがジーヴァは苦笑するだけで、ニアの肩を抱くのであった。ニアは魔王の暖かさを体と心で受け止めていた。






「あなた、良い才能をお持ちですね。うちで働いてみませんか?」




 まさか自分が言う側になるとは思わなかった魔王ジーヴァ一三世こと、加藤勝であった。

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八百長魔王とガチ勇者 ~楽勝魔王生活のはずが勇者からマジで命を狙われました~ 介川介三 @sukegawa3141592

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