第29話「大団円」

 ニアと黒服の男との一騎打ちはニアの勝利に終わった。しかし彼女は相手へとどめを刺さなかった。祖父の仇を討ちたいという思いは十二分にあった。それでも、それ以上にしなければならないことがあったからだ。




「二〇〇年にわたる勇者と魔王の戦い。この戦いはティグロ王国とドゥラコ王国、二つの国によって仕組まれたものなのです。魔王は決して憎むべき存在ではない。手を携えることのできる存在です」




 突然、勇者はティグロ王国の首都に舞い戻り、人々へ訴えかけた。捕らえた暗殺集団のリーダーに今までの両国の企みを洗いざらいぶちまけさせたのだ。




 人々は混乱した。今まで信じて来たことがまやかしに過ぎなかったと知らされたのだから。




 それを信じる者は、真実を明らかにした勇者ニアを称賛した。その過程で八百長システムを暴こうとした幾人の勇者やその他の人々が犠牲になったことが明るみになった。その声は次第に両国の王達を糾弾する声へと変って行った。




 一方でニアの言葉を信じない者達もいる。勇者ニアは魔王に操られて偽りを口にしていると思ったのだ。実際ニアが魔王から剣を教えられ、親しく交流していたという事実が報じられると、ニアを裏切り者と非難する声が次々に起こった。




 長きに続いたティグロ王国とドゥラコ王国のかりそめの平和は突如終わり、双方の支持者が大陸中で入り乱れて紛糾する事態となった。新しき勇者はまさしくパンドラの箱を開けてしまったのだ。




「新しき勇者はもはや勇者の大任を果たすに相応しくない」




 二人の国王は、偽りの妄言を口にし国中に混乱を引き起こしたとしてニアを勇者から解任した。ニアはただの少女へ戻った。しかしそれでも構わないと彼女は思っていた。自分の信じる、するべきことを行っただけだと思ったのだから。




 ティグロ王国とドゥラコ王国内の混乱がようやく収まり出すと情勢が一変した。魔王の脅威という幻影が晴れてしまったことで両国が相手の国を互いに非難し出したのだ。




「このティグロ王国の選んだ勇者を、秘密裏に暗殺しようとしたのはけしからん」




「何を言うか。そもそも古き勇者イクスの口封じを最初にしようと言い出したのは我がドゥラコ王国ではない。そちらではないか」




 もはや何の益も無い泥仕合なのだが、忘れていた本能を呼び覚ましたように両国は大声で罵り合った。ついには二〇〇年ぶりに干戈を交えようという緊張事態にまで発展した。そんな騒然とした世情の中で、現実的脅威ではなくなった魔王とその軍団は急速に存在感を失い、忘れられていった。


無名の一少女となったニアも大陸に居場所が無くなった。






 ニアは一人、魔王島を目指した。自分の忘れものであり宿題の、魔王討伐が残っていたからだ。国家公認の勇者ではなく、あくまで手弁当の自主的ボランティアではある。それでもとにかく、あの魔王ジーヴァに会って話がしたかった。




 大陸の北の外れ、さびれた漁村で小舟を一艘手配した。濃い靄のかかる海を一人、櫓をこいで進む。潮風が冷たくニアの頬を撫でる。かすんだ空にぼんやりと見える海鳥を目印に元勇者は侘しく海を北へ目指し進んだ。




「ここが魔王島か……」




 砂浜に降り立ったニアは感慨深く思った。ほんの少し前までは、何が何でも辿り着いてやると誓っていた島にこうして立っている。しかし八百長システム崩壊に伴って魔物の襲撃は一切無く、かと言って出迎える者もいない。




 ひょうたん型の島の両脇は小高い岩山、中央部は平原になっている。その平原部の向こうに、目指すべき魔王城の影が見えた。わずかな草と名もなき白い花が点在するだけの景色はしかし、自分と祖父を良いように翻弄して来た人間達が住む街よりも美しく見えた。




 石造りの城から一人の影が歩いて来るのが見えた。段々と近付いて来るその人は大きくなるにつれてニアの感情を呼び覚ました。見知った顔、魔王ジーヴァであった。




「どうも、ありがとうございます。お早いお付きで。魔王島唯一の宿泊施設、『旅館魔王城』へようこそ。御予約のお客様ですか……ってなんだ、ニアじゃないか」




「魔王こそ、どうしたのです」




 ジーヴァは既にトレードマークの黒衣黒マントではなかった。ネクタイを締め、魔王城と染め抜かれた半纏をまとっており、旅館の番頭にしか見えなかった。




「どうしたもなにも。ニアのお陰でティグロ王国とドゥラコ王国からの裏金が無くなってな。それで魔王軍団は方針転換で観光立国を目指すことにしたんだ」




 だが、ニアを責めるような口調では無かった。むしろジーヴァ本人としてはあんな不愉快な八百長で魔族が生きねばならないことに我慢ならなかった分、却って清々した気分だったくらいだ。さりとてガーネやハンヌにルダ、そして二〇〇人の魔族の皆さんを見捨てて日本へ帰る気にもならない。それでこの新事業を立ち上げることにしたのだった。




「私の勝手な独断で魔王にも迷惑をかけてすまなかった」




 ニアは申し訳なさそうに頭を下げるのだった。




「良いってことよ。それに今までさんざん他人の、勇者や魔王の不幸でのん気に飯食ってた連中が慌てふためいてるんだ。いい気味じゃないか、そうだろ?」




 そう言うとジーヴァは笑ってニアの頭を撫でた。だがニアは首を横に振った。




「私は子供じゃない。これでも一六、いや間もなく一七になる」




「ああ、すまなかった。で、今夜はうちに泊まって行くんだろ? というかうちしか泊るとこないぞ。ここは夜冷えるからな、野宿はお勧めしない」




 魔王は元勇者を城へ案内した。辺鄙な島には不釣り合いな巨大な構造物は否応なく目立ち、ランドマークの役目を果たしている。

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