第28話「勇者の剣」
「なんだかあたし達、場違いな所へ来たような気がするわ」
事態の異変を知りやって来た三人だった。手出し無用の対峙にぼやき出すガーネである。戦いを見守るように、魔王とガーネ、ハンヌは近くの茂みから隠れて観戦していたのだが、よほど暇なのかガーネが鼻をほじり出した。
「お前が言うことじゃないだろ。それでも魔王将軍か」
魔王のツッコミをはいはい、と軽く受け流すガーネだったが力はほぼ互角と見て良いだろう。どう勝負が付くのか彼女でも判断がつきかねた。
「あ……でもまずいですよ。勇者の剣が限界みたいです」
ハンヌが指さしたニアの鋼の剣。中古とは言え質は悪くなかったはずだ。しかし魔王が課した岩やガーゴイルを相手にした特訓で酷使し続けた結果だろうか。既に微細な、しかし致命的な亀裂が生じている。なんとか次の一撃が限界と言ったところだった。
それを黒服の男は理解していたのだろう。あえて隙を作り、ニアの攻撃を誘い出した。まだ若いニアはそれに気付かず乗ってしまう。
次の瞬間、黒服の男のサーベルと撃ち合った時だった。激しい金属音と火花が散ると鋼の剣は根元から折れた。そのまま鋼の刃は回転しながら跳ばされ、鼻ほじりの釣果を確認中のガーネの目の前に刺さった。
「ぎええええええ」
思わず大声を上げる魔王とガーネ。ハンヌは必死に堪えたが、監視対象から気付かれるのは十分大きな叫びだった。
「おやおや、これはこれは。魔王様もそんなところで御観戦とは人が悪い。是非もっとお近くでご覧ください。これより武器を失った勇者が天に召されるところを、ね」
もはや勝利を確信したと見える黒服の男は余裕の表情だった。もっとも仮面のような顔であり、本当にそれが表情なのかはジーヴァには理解できなかった。
「ちょっと待て、そりゃ無粋ってもんだろ。確かにニアの剣は今壊れた。だけどあんたもプロの暗殺者なら丸腰の相手を殺るのはどうかと思うぞ」
難癖に近いジーヴァの注文だった。だがこのままではニアがやられてしまう。なんとか状況を好転させるべく、時間を稼ぐことにした。
「そーだ、そーだ。こんな女の子相手にマジになるなんていい歳して見っとも無いぞ、このエロ親爺~!」
調子に乗ったガーネが野次を飛ばす。彼女としてはとりあえず魔王がケチをつけたので、自分もそれに乗っかっただけで、別段これといって他意は無かった。さすがに相手が暗殺者とは言え、礼を失すると判断したハンヌがガーネに猿ぐつわを噛ませることにした。
黒服の男はさすがにムッとした表情を浮かべ、ニアに代わりの武器を出すように促した。
「ニア様、私の剣をお使いください」
フィニクが愛剣を差し出そうとしたが、勇者ニアはそれを断った。
「私にはこれがある……!」
ニアはマントの中から一本の剣を取り出した。
「あれは……!?」
一瞬黒服の男が驚いたような素振りを見せたが、すぐにそれは耳元まで裂けるようなニヤリという笑みに変った。
それは以前魔王ジーヴァによって砕かれた古き勇者イクスの剣……の残りだった。刀身の内、切っ先から三分の一は魔王城に保管されており、元来が肉厚の構造とはいっても剣として見るにはやや短くなっている。
「私はこの剣を祖父の形見と思い、捨てることが出来なかった。だからこの最後の戦いにあっても、この剣を使いたいのだ」
万策尽きたと言っても良いニアだが、せめて死ぬ時は祖父と共にという思いがあったのだろう。無残な折れ口を晒す剣の残骸であっても、片時も離すことは無かった。
「よろしい。ならば冥途の土産に教えて差し上げましょう。勇者ニアよ、あなたの祖父イクスの死因は病死などではない。このまやかしの戦いの秘密を世間へ暴露しようとしたことを恐れたティグロ王国とドゥラコ王国総意の元での暗殺だったのです。そしてその毒を盛ったのは……私なのですよ」
黒服の男は秘められた真相を、勇者へ諭すようにゆっくりとした口調で告げるのだった。
「……この――」
もはや叫びですらない慟哭だった。新しき勇者ニアの最後の戦いは、古き勇者イクスの仇討ちとなった。ニアは折れた剣を構えると猛然と黒服の男へ跳びかかった。もはや剣術ですらない、手負いの獣のような攻撃だった。
「あーちょっと待て。ニア、待てと言っとるだろうが。気持ちはわかるが一先ず落ち着け!」
我を忘れてもがくニアを後ろから羽交い絞めにするジーヴァ。あたり構わず手や脚をバタバタさせる勇者に殴られ蹴られる魔王だが、無言で彼は耐えるのだった。
「どうして私を止めるのだ。魔王よ、あなたは私の気持ちがわからないのか!?」
ニアは涙を流すが、ジーヴァは子供をあやすように言うのだった。
「そんな剣で奴と戦える訳ないだろ。だから俺が力を貸してやる。だからそこへ立て」
「……わかった」
ようやく静まったニアから折れたイクスの剣をひったくると、ジーヴァは刀身に手を当てて魔力を込め出した。刀身の魔法銀がぼんやりと、そして段々と強い光を発する。そして肉厚の大剣は飴細工のようにどろんと溶けるのだった。それを確認した魔王は一気にそれを伸ばす。
「ほい、いっちょ上がり。ニア、これで良いだろ? ……それから、殺し屋さんよ?」
「なるほど。魔王様、良い心がけです。私もこれで思う存分全力を出せます」
魔王の問いかけに、我が意を得たりと黒服の男も微笑んだようだ。
「魔王よ、これは……?」
「見りゃわかるだろ。新しき勇者ニアの剣だよ」
ジーヴァの手には一本の細身の剣が握られていた。折れた魔法銀の大剣、その残りの刀身を魔王が魔力を込めて改めて剣として鍛え直したのだ。一本の剣としては若干量が足りなかったが、それが却って小柄なニアが使うには丁度良い細身の剣となった。
「ありがとう魔王。服に続いて、剣まで私に合う物を作ってくれて……」
「大体ニアは背伸びしすぎてたんだ。自分に合ったものを選んで使えば良い、それだけだろ?」
うん、とうなずく勇者。それに付け加えるようにジーヴァは言った。
「それからさっきのあれは何だ。せっかく稽古した剣術を無視してる。落ち着いてやるんだ……じゃ、行ってこい」
自分はさっぱり剣術がわからないし、ニアに何かを教えた訳ではない。ジーヴァは我ながら恩着せがましいとは思ったが、それでもライバルの魔王としてアドバイスをしてやろうと思ったのだ。
とりあえずニアという少女の背中は押してやった。あとは本人の問題だろう。そう思うジーヴァだった。
「ようし、監視は終わりだ。ガーネ、ハンヌ帰るぞ」
「え? 陛下、まだ戦いはこれからですよ?」
ハンヌが呆気にとられた表情で返した。
「これはニア一人にとっての戦いなんだ。俺らは同情不要。勇者がここでくたばろうが何だろうが知ったこっちゃない。そうだろ?」
ニア一人に随分と塩を贈ってしまったが、本来魔王とは魔王島の魔王城でドンと構えて勇者を待ち受けていなければならない。それに真っすぐな心を持ったニアが信念を持って仇討ちをしようというのだ。これ以上くちばしを挟むなどは野暮だと思えたのだ。
「ふがふがふがー」
ガーネが何か言いたそうだが、助太刀などする気は全くジーヴァには無い。ニアと黒服の男の戦いに介入しようとすれば、また全身粉砕の重傷を負うことになる。魔王個人としてもそんなのは御免だった。
三人は魔王城へ帰還した。
しばらくの間、新しき勇者がこの魔王島へ渡って来ないか魔王達は待ち続けたが、一向に来ることはなかった。そして、ジーヴァはついに金貨一枚をもらい損ねた。
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