第27話「わずかの隙」

 ピンクスライムに飲み込まれ壊滅したかに見えた暗殺集団。だが彼らはまだ任務を諦めた訳では無かった。トレードマークの黒衣を失った暗殺者達は新しい制服を揃えると、虎視眈々とニアが隙を見せるタイミングを見計らっていた。ドゥラコ王国側も金貨をチラつかせれば魔王軍団は黙ると踏んでいるようで、そのまま計画の続行にGOサインを出した。




 これに対し魔王の指示で常時監視体制が敷かれることとなり、ニア達は妨害を受けることなく順調に魔王島を目指しつつあった。その監視体制だが、結局魔王のアパートからこれまた回収されたノートパソコンをモニターにして行われた。しかし如何せん監視するのが生来ボンクラの魔王とお気楽将軍、意外と抜けている参謀の三人である。その実体はザルも同然であった。






 その日、魔王は風呂に入っていた。数代前の魔王の家から移設した、古式ゆかしい昭和の風呂ではあるが、のんびり浸かるには十分な広さを持っている。日頃の疲れを癒す絶好の環境であるためジーヴァはつい長風呂をした。それを狙ってハンヌが一緒に入ろうと迫って来たのだ。




「魔王陛下、私がお背中をお流ししますか?」




 曇りガラス越しにハンヌが問いかける。しかしそのシルエットはどうみても、拒否権は無いとばかりに既に脱いでいる。




「いや……いいよ。今日は一人で入りたい」




 一緒に入りたいという気持ちは常日頃あるが、偶々その時はそういう気分であった。




「そんな遠慮なさらず。では入りますね」




 案の定ハンヌは既にスタンバっていた。幼馴染に先行を許した悔しさがあり、その意趣返しもあった。




「ちょっと待て、ハンヌ。じゃあ俺、もう出るから」




「そんな陛下。せめて一〇分……いえ五分もあれば十分ですよね」




 何が五分で十分なのかはともかく、慌てて出ようとする魔王だったが、そこへ闖入者が現れた。




「あーハンヌ何やってんだよ。あたしに隠れてなにこそこそやってるのかと思いきや。抜け駆けはずるいぞ~」




 手品のような素早さでガーネが脱衣するのが曇りガラス越しにわかった。




「ちょっとガーネ、あなたは今回遠慮しなさい」




「え~、いくらハンヌの頼みでもこれだけは聞けないな~。何だったら二人で一緒に入る?」




「冗談言わないでよ。この狭い風呂じゃ私と魔王陛下だけで一杯なんだから……って、あ!」




 しばらくの言い合いの後に、何かハンヌが気付いたようだ。




「ハンヌ、何かあったのか?」




 浴槽の中から魔王が言った。




「ガーネ、あなた今モニター監視役でしょ。どうしてこんなところにいるの!?」




「そりゃハンヌが張り切って風呂場の方に行くから何事かと思って来ただけだよ。あー、そういや監視中だったな……やばい」




 仕事をすっぽかしていたガーネだった。慌てて居間へ戻る魔王将軍。心配になって風呂を切り上げたジーヴァが後を追った。






 不安が的中したのかどうか。深い森の一角で、暗殺集団の残党がニア一行を取り囲んでいた。先日の襲撃では完全に不意を突かれたため、抵抗もできず窮地に陥ったニア。しかしそれ以後は常に警戒していたため、今回は辛うじて剣を抜いて臨戦態勢を取ることが出来た。それでも退路を断ってぐるりと包囲した黒衣の集団に対して、圧倒的不利な状況にあることは変わらない。




「くそ、なんてことだ。逃げ場は無いようだな」




 既に何度かの波状攻撃を退けている。暗殺者達はそれぞれナイフや剣、槍など思い思いの武器を持って、ニア達の隙を窺う。




「今日は残念ながら魔王様はいらっしゃらない。ですが我々が代わりにあなたを殺して差し上げます」




 リーダーの黒服男がニヤリと笑った。前回は不覚を取ったが、魔王に邪魔されず任務を遂行できる喜びに打ち震えていた。ピンクスライムによって特注の黒服を破壊されたのがよほど頭に来ているのか、もはや躊躇する気は無いようだった。




「フィニク、カトス。奴らの狙いは私だけだ。突破口を開くから二人は逃げろ」




「あら~、お姉ちゃんがニアちゃんを置いて行ける訳ないじゃない。一緒に天国でも地獄でも行ってあげるわ~」




「そうです。私の魔法でニア様をパワーアップさせます。それで何とか時間を稼ぎましょう」




 カトスもフィニクもニアを置いて逃げる気など無いようだった。二人は薄々暗殺集団がドゥラコ王国の手によるものだと勘付いていたようだ。




「従者お二人の麗しい忠心。誠に素晴らしい。ですが、それもまもなく終わります。……やれ」




 男の声に従って次々と黒衣の者達が襲い掛かって来る。




「行くぞ!」




 ニアの声に呼応するようにフィニクが魔法を使う。彼女の体が青白い光に包まれた。それは身体能力を向上させる魔法であった。今まではフィニクの制止を聞かずに一人突撃する勇者のために使う機会がほとんどなかったが、ようやく今日になって日の目を見たフィニクの奥義であった。




 ニアは体を低くして前へ駆けた。黒衣の者達はそのニアへ向かって集中する。何本もの剣や槍がニアの体を串刺しにしようと一気に襲った。




「甘い!」




 だがニアは全ての攻撃を回避した。魔法の威力は絶大で体は鳥の羽のように軽く、俊敏に動いた。そしてニアの逆襲が始まる。普段はずしりと重みを感じる鋼の剣もこの時ばかりは麦藁よりも軽く感じた。素早く、そして力の増した斬撃はつい先程彼女を襲ったばかりの白刃を粉々に砕いた。




 不意に伸びた分銅鎖がニアの剣をからめとった。暗殺者の一人が鎖鎌を使ったのだ。しかし彼女は慌てることなく、逆に油断した鎖鎌使いへ一気に間合いを詰め、鎖ごと切り捨てた。




 その流れるような動きには無駄が無く、わずかな隙を突いて回避と攻撃を繰り返されるため、フィニクとカトスは援護の手を出すことが出来なかった。




「ほう、なかなかやるようですね。では私が御相手しましょう」




 真打登場とばかりに、リーダーの黒服男が前へ進み出た。その手にはすらりと伸びたサーベルが握られている。




 互いに剣を構え、間合いを計る勇者ニアと黒服男。その緊張感に従者二人も暗殺者も固唾を飲んで見守る。

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