第24話「勇者の疑問」

「これで良いだろう?」




 ニアには新しい冒険者の服を魔法で与えた。以前のブカブカなものではなく、ぴったりと丈に合うもので、なおかつ彼女が好きな緑色を基調としたデザインである。




「あらーニアちゃん良く似合うわ~。ねー魔王さん、お姉さんにもお洋服下さらない?」




 そのままでも一向に構わない、むしろそのままでいて欲しかった魔王だがカトスには趣味全開でバニースーツを与えることにした。




「良いものだ……。いや、なんだな。あとは自分で何とか手配しろ」




 とにかく危機は去った。後は帰るだけである。




「魔王……あなたは何故私にそこまでしてくれるのですか?」




「言っただろう? お前は私の敵だ。だからこの勝負に余計な邪魔は入れたくない。それだけだ」




 そう魔王は言い残すと将軍、参謀と共に消えた。






「全く、助かったとは言え魔王の趣味全開の作戦じゃん。さすがそーいう系の画像収集してるだけのことはあるわ」




 城に戻るや否や、耳の穴をほじりつつガーネがぼやく。




「なんで俺のパソコンの画像フォルダまで知ってるんだよ!?」




「そりゃ愛しの魔王様ですから何でも知っておきたいだけです。他にもご丁寧に色々なシチュエーション別に整頓されてるし、色々と参考になったわ」




 やっぱり魔王将軍は魔王将軍であった。当分はビキニアーマーより寒そうな姿にしてやるかと思うジーヴァである。




「しかし現場から姿を消した暗殺者達、気になりますね」




 ハンヌがようやくシリアスな雰囲気に戻してくれる。想定外の事態に際して、暗殺集団は姿を消していた。だが彼らはいつまた訪れるやもしれない。




 それでも変な横槍を許す程、魔王は横着者ではない。八百長とは言えあくまでも勇者を倒すのは自分達の力で、という思いはあるのだ。勇者の安全を守るため、しばらくは警戒を怠る訳には行かないだろう。




(とりあえず二人が裸のままでいるが、当分言わないでおこう。眼福眼福……あ!)




 魔法剣士フィニクに服を用意しなかったことを思い出したが今更戻るのもなんなので放っておくことにした。彼が変な趣味に目覚めなければ良いが、それもまた一興なりと無責任に思う魔王ジーヴァであった。






 勇者ニアは偉大なる祖父に早く近づきたいと思うあまり、背伸びをしていた。だからこそ自分には扱いづらい大剣を使い続けることにこだわったし、服もわざと大きめの物を着用していた。だがようやく自分に適した剣と服を手に入れたことで、等身大の自分と向き合う余裕と勇気が持てたのだった。




「とは言え、あれはさすがにまずいのでは?」




 フィニクがカトスに言った。彼なりに心配事があるようだ。




「良いんじゃない~? ああいうシチュエーション、お姉さんは好きよ~」




 これは良い傾向だとばかりにカトスは意に介さない。人とは若干違う嗜好を持つこの賢者にとってはこんな『おいしい』状況はまたとない機会であった。




 ニアはジーヴァから新しい服をもらった。元々は魔王のせいで前の服が失われたのだから貸し借りは無いはずである。しかしニアはそれによって大いに心を動かされた。




(これは魔王が作った服。そこはかとない魔王の魔力が漂う……はず)




 無論そんなことは無いのだが、そう考え出すと彼女は常にジーヴァを意識してしまう。四六時中魔王に包まれているような感覚に陥り、ついには誰もいないところで服の臭いを嗅ぎだした。




(あぁ、あの人のことを感じる。口調は乱暴だが、私のことを優しく見守ってくれた魔王。ついには危険を顧みず私を危機から救ってくれた……)




 今まではあの大剣に宿る祖父の幻影に包まれていた。しかし今の彼女は魔王(の作った服)に抱かれている。それは一人の少女が犯した悪徳でもあり、大人への一歩だったのかもしれない。






 ここで異変が生じた。ニアとしてはあくまでも勇者として八百長システムに乗る気はなかった。大分その意志はぐらついているのだが、それでも彼女としては表面上、断固として譲る気は無い。




 それでも心の内から湧き上がって来る魔王への敬慕の念。それは次第に八百長システムの根幹を成す『敵である魔王』という前提そのものへの疑念へとつながった。




「なぁ二人とも、何故我々は魔王と戦わねばならないのだ?」




 その質問にフィニクとカトスは凍り付いた。




「そ、それは……魔王が敵だからですよ」




 焦って取り乱すフィニク。最初は魔王憎しに燃えていたはずの少女が、今度は極端に急旋回し出したのだから無理も無かった。




「そうよ~。ニアちゃん、あんまり難しく考えちゃ駄目。それでお姉さん達人間も、魔王軍団の方も上手く回ってるんだから、そこにツッコミ入れちゃだめよ~」




 カトスとしても分別ある大人としての原則論を振りかざすしかなかった。




「そうなのか……」




 だが納得はしていないニア。確かに魔物の襲撃により多くの人が被害を受けている。その親玉である魔王が悪人であるのは間違いない。だが一方でそんな悪人が自分の稽古に親切に付き合い、危機を救ってくれるのだろうか。




 そんな迷いを心に秘めたまま、勇者ニアは北を目指して旅を続けるのだった。

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