第25話「魔王の戸惑い」

 一方で魔王ジーヴァも悩みは晴れない。同情は無用、というのはわかる。これから何人もやってくるであろう勇者に対して一々その個人的事情まで忖度していてはとても身が持たない。




 魔王はひたすらに悪役を演じ、勇者を倒す。そしてティグロ王国とドゥラコ王国から裏金を引き出さなくてはならない。あくまでも魔族の生活を支えるためのシステムを遂行し続けることが大事なのだ。だがジーヴァにはそれが今一信用なら無くなっていた。




「なあハンヌ。もしこの八百長システムが終わったら本当に駄目なのか?魔族の暮らしは立ち行かなくなるのか?」




 参謀は一瞬頭が真っ白になった。総大将たる魔王がこの疑問を持つことはタブーである。確たる収入の無い魔王軍団がティグロ王国とドゥラコ王国から送られる金貨を失ってはどう考えても立ち行かなくなる。それは経理担当のハンヌは嫌と言う程熟知している。それに異を唱える魔王はあってはならない存在だ。




「そんなひどいこと言わないでください。そんなこと言う口は塞いでしまいます……」




 突然ハンヌは目を潤ませた。そして自分の唇で魔王の口を封じた。積極性を開眼した参謀の作戦にしばしジーヴァは浸った。だがそれで疑問が氷解する訳ではない。




「……それはそれとしてだ。で、どうなんだ?」




「他に収入源さえあれば……。魔族の人口は少ないですから養うことは不可能ではないかと」




 ただでさえ気候の過酷な魔王島である。色んなものが無い無い尽くしで、たった二〇〇人の人口を養うのも難しいのだ。




「そりゃ農業が難しいのは前に聞いたよ。でもさ、産業はそれだけじゃないだろ?工業とかサービス業とか色々あるんだから」




 島の地面に張り付いて寒風に吹き付けられる苔のような暮らしを魔族の人々だけが耐え続ける現状をジーヴァは疑問視していた。人間は人間で見せかけ平和を謳歌するのに忙しく、それでいてこちらへの裏金を渋るようになっているのは不公平でしかない。




「大体悪役を演じるのだってティグロ王国とドゥラコ王国への接待みたいなもんじゃないか。十分サービス業だよ、これは」




 不満がジーヴァに溜まっている、そう感じたハンヌである。彼の欲求不満を解消しなくてはならない、あるいは自分の分も含めて。




「お気持ちはわかります。でも……仕方ないじゃありませんか」




 今度はジーヴァの懐へ飛び込んだハンヌ。今までの魔王は唯唯諾々と任務を遂行してくれた。だが今回の魔王はひねくれている。参謀は何とか彼を鎮め篭絡しなくてはと思っている。




「とにかく一度このシステム、ぶっ壊してみようか」




「陛下、そんな無茶なことを――」






 その時であった。遥か遠くから城をぶっ壊しかねない程の衝撃波が襲い、爆音が轟いた。抱き合ったまま部屋の隅へ吹き飛ばされる魔王とハンヌ。




「な、なんだ? 何が起こった?」




 状況を把握しきれないジーヴァは目を丸くして叫んだ。




「あ、あれです。あっちの方!」




 ハンヌは窓の外を指さした。確かに遠くの平原から黒い煙が立ち上っているのが見える。




「勇者の攻撃か?」




「違います。あそこ、魔物製造用の泥を採掘してる現場ですよ」




 二人は慌てて現場へ向かった。確かあの場所では次の巨大魔物製造のためガーネ達が作業をしていたのだ。






「いやーたまげた。まさかこうなるとは」




 全身真っ黒、頭が再びアフロヘアーとなったガーネが脱力してへたり込んでいた。




「何があったんだよ、ガーネ?」




 人的被害が無かったため安心しつつも、恐らくは彼女のやらかしだろうと思い魔王は詰問した。




「面目ない……。あたしの横着が原因だ~」




 新しい巨大魔物製造のため大量の泥が必要になったことから、ルダの依頼を受けガーネが掘り出す作業を担当した。ところが今度は魔王がハンヌと話中だったため一人で作業を行うことに。それでは遅々として作業が進まず、苛立ったガーネは魔法を使ってごっそり一気に魔力を大量に含んだ泥を採取しようとしたのだ。




「そしたらあたしの魔力が地面下の魔力に引火してドカン!」




 典型的な手抜きに基づく労災事故案件だった。魔王はガーネに始末書を書かせるとして、地面の下を流れる魔力の帯を見るとまた考え出した。




「どうしましたか、陛下?」




「これ、別のものに転用できないか?」




 魔力の流れ自体は地磁気のようなものでほぼ無尽蔵、延々と流れて続けているので枯渇する可能性は無い。その魔力を含んだ泥は魔物の製造には不可欠である。だが現在のところ、それ以外のものには使用されていない。




(何かしらの商機につながるか?)




 とはいえ中々アイデアがすぐに湧くものでは無かった……。






 とにかく現状を打開したいジーヴァはルダにも話を振ってみた。




「コボルトを作れだと?」




「ああ、逆にどうして今まで作ってなかったのか疑問だった」




 魔王としては補助となる魔物も欲しい。だがルダは正面戦力になる魔物を作りたがる傾向があるようだった。




「予算が少ないんだ。だったら勇者の邪魔をする魔物を優先して作るのは当然だろう」




 当たり前のことを聞くな、と言わんばかりにルダは答えた。




「だからって今みたいに俺やガーネがえっちらおっちら泥を掘る訳にもいかないだろ? 本来鉱山にいるコボルトなら泥掘りなんか専門家だろうに」




 それにそれ以外の土木工事を進めなくてはいけない理由もあった。魔王城の守りである。この魔王島の中央部、平原の吹きっ晒しの中心部に魔王城は建っている。島に上陸されたら遮る物も無く、一路直進して城を目指されてしまう。最終迷宮ラストダンジョンに相応しい険しさと難解さを持たせなくてはならなかった。




「まーそういう考えもあるが、所詮この戦いは脚本があるんだ。そこまで凝る必要は無い」




 二〇〇年の馴れ合いですっかり魔族側もやる気を無くしているようだ。

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