第22話「勇者の危機」

「こんな巨大な魔物とは!」




 見上げたニアの頬を冷や汗が伝う。魔王ジーヴァを除けば、ここまでの強敵に出会ったことのない彼女。それでも魔王本人に辿り着くまでは、他の魔物に負ける訳には行かない。




「さータロスとその他のみんな。やーっておしまい」




 タロスが「ま゛」と返事したかどうかは定かではない。だが地響きを立てつつ行軍する姿に戦慄するまでも無く、勇者パーティーの三人は戦闘態勢へ入った。




「ニア様、先にまずゴブリンからやりましょう!」




「わかった!」




 タロスの足元でウロチョロするゴブリン達を先に片付けるべく、ニアとフィニクは走り出した。やや動きの鈍いタロスを残し、五体のゴブリンは勇者へ襲い掛かった。




 ゴブリンには今回も割高となるがオプションとなる剣、そして鎧と盾まで装備させている。魔物の装備を良く見せることで、一般の旅人にも警戒心を与える。それが武器防具商や警備・用心棒業にとって宣伝効果を持つ、というハンヌなりの判断に基づく指示だった。それくらい勇者と魔王の戦闘は様々な分野への経済効果を生み出していた。




 魔王の特訓効果で苦も無くゴブリンを相手にできるようになったニアである。しかも前のように剣の性能頼みでどんどん一人前へ飛び出すような無謀な真似はしない。フィニクと連携し、無理なく一体ずつゴブリンを退治して行った。




「や、やるじゃない」




 順当に剣の腕を上げているニアに内心焦りを感じるガーネ。そろそろ出し惜しみ無しでタロスを攻撃に参加させるべく命令を出した。




「行け! タロス」




 最後の手練れゴブリンに気を取られているニア。そこへタロスの巨大な剣が振り下ろされた。今までの鈍い動きに似合わない速さである。




「危ない!ニア様」




 フィニクが強引にニアの首根っこを掴んで後ろへ引く。そこへ剣が落ちて来た。地響きと同時に地面の土が舞い上がる。




「フィニク、大丈夫か!?」




「はい、なんとか。しかしあの攻撃を食らってはひとたまりもありません」




 ざっくりとえぐり取られた地面の痕跡を見ると、思わず震えあがりそうな恐怖心を覚える二人。だが後ろに控えるカトスはそうではなかった。




「あー、これは凄いわ~。十年に一度クラスの魔物で、早々出会えない奴ね。レアなだけじゃなくて強い、しかもデザイン性も抜群。あーなんだか倒すのがもったいなくなっちゃった~」




 別な意味で震え、そして戦意を喪失していた。




「カトス、頼むから魔法で援護攻撃してくれ!」




 ニアの必死の叫びだが、カトスは出し惜しみする。もう少しだけあの青銅の巨人タロスを堪能していたい気分だったのだ。




「ねーニアちゃん。良い子だからお姉さんのこと聞いてくれる? もうちょっとだけあの魔物見てちゃ駄~目?」




 駄々をこねる子供のようだった。




「カトスさん、そんな無茶――」




 フィニクの言葉が途中で止まった。おかしいと思ったニアとカトスは声を発することすらできなかった。まるで金縛りにあったかのように体が動かない。そしてその喉元には鋭利で鎌のような短剣が付きつけられている。




「動くな」




 地の底から響くような声。既に三人の背後には全身黒衣に覆面の者達が回り込み、件の刃を構えている。




(……え? 全然気づかなかった)




 ガーネは呆然と急展開した状況を見るしかなかった。いや、正確には彼女にも既に黒衣の者がぴったりと張り付いている。同じく鎌状の刃が色の白い首を刈り取ろうと怪しく光っていた。






「おい、モニター壊れたぞ」




 タロス出撃という絶好のタイミングの前後からモニターの調子が悪い。ブラウン管には砂嵐しか映っていない。




「叩いてみてくださいよ」




 魔法以前の原始的方法を参謀たるハンヌが提案する。




「やってる」




「おかしいですね。左側の方を斜め四五度でチョップすると行けるんですけどね」




 どうやらコツがあるらしい。だがついにモニターは復活することなく限界に達した。ポンという音と共に黒い煙を吐き、臨終を迎えたのだ。




「魔法で直せないのか?」




「直せません。そこまで都合良く魔法はできていませんので」




 つれないハンヌの返事だった。どうもさっきから彼女の機嫌が悪い。風呂上がりにのんびりとガーネと仲良くサボっていたのがいけなかったのだろうか。魔王は頭を掻きつつ反省した。




「現場まで行かなくて良いのかな?」




「随分と勇者、いえ魔王将軍に御執心で」




 嫌味たらしい言い方になってしまったと、内心ハンヌは自己嫌悪に陥った。だがもう口から出た言葉は戻せない。




「う……。そうだな、ガーネに任せよう。ここは」




 千里眼の魔法が一応あるにはある。非常に眼が疲れるのでジーヴァとしてはあまり使いたくないのだが、この際仕方がない。




「えーっと勇者の現在位置は……あれ、見えないぞ」




 こちらも砂嵐の映像が見えるばかりで、ちっとも戦場の様子がわからない。




「見えない? そんな馬鹿な……私も駄目ですね」




 ハンヌも同様に駄目なようだ。




「二人揃って駄目ってことあるのか?」




「まずあり得ません」




 首を横に振るハンヌ。




「まるで誰かがジャミングをかけているみたいだな……」




 思わず髪を掻きむしるジーヴァだった。




「ジャミング……?」




 余程のことなのだろう、不安な表情のハンヌの声が上ずった。




 嫌な予感がした。ジーヴァやハンヌの魔力を制限できる存在など人間ではごく少数のはずである。そんな人間が勇者やガーネの側にいるということはただごとではない。




「もういい、俺は行くぞ。何かが起こってからじゃ遅いからな。あとハンヌ、お前も一緒に来い」




「私もですか?」




「そうだ。そうやってただ待ってるだけで、都合よく良い結果だけ自分のところにやって来るなんてことは無い。まずは動き出さないと、そうだろ?」




 ハンヌに対してだけではない。ジーヴァ自身に言い聞かせるように、彼女を促した。




 それを聞いてハンヌも自分の弱点を明確に突かれたと思ったのだ。ガーネを羨むだけではいけない。行動しなければと思い、魔王の言に従うことにした。




「わかりました。魔王参謀ハンヌは陛下の側に常におります。一緒に参りましょう」




 ジーヴァはハンヌの肩を抱いた。ワープの魔力を節約するため、彼女と一緒に飛ぼうとしたのだ。




「あの、どうせならそうではなく……いっそのこと御姫様抱っことかどうですか?」




「いきなり積極的になりすぎじゃないか?」




 だがまぁ悪くない提案だと思い、ハンヌを抱えた。ただニアとは違い、結構腰に来る重さである。




「いぐぞっ……」




「どうぞ、お願いします」




 二人は戦場へ赴いた。

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