第21話「巨人出撃す」

「ほんじゃま、早速行きますか~」




 ガーネは試運転するのももどかしく、早く勇者へ攻撃したいようだった。先日の捲土重来とばかりにかなり意気込んでいる。




「陛下も出撃されますか?」




 ハンヌの問いだったが、魔王は渋った。ニア本人にもう決戦以外ではもう顔を合わせないと言ってしまった。それにまた会って変な同情心を持ってしまったらガーネやハンヌに再び変な心配をさせてしまう。それはどうしても避けたかった。




「いや、行かない。俺は城からモニターで観戦する」




 そう言うとさっさと城へ戻ってしまった。




「つれないねぇ。まぁあたしだけでも今の勇者なら十分さ。賑やかしでゴブリンも何体か持ってくぞ。ようし、それじゃー出発!」




 ワープ魔法でガーネと巨人の姿が一瞬で消えた。趣向を変えるために、別の幹部ボスが巨人を引き連れても良かったのだが、人手不足の魔王軍団である。実質的に実戦部門は彼女のワンオペ状態であり、そこが魔王将軍のつらいところだった。






 偶然か否かはわからない。だがこの日、ドゥラコ国王が派遣した黒服の男、つまり暗殺集団もまた同時に勇者ニアの命を狙い出撃していた。自然を装いニアを亡き者にしてティグロ王国の士気を下げつつ、ドゥラコ王国の新しい勇者が登場する機会を作る。




 勇者は表面上、ティグロ王国とドゥラコ王国の両者からの信任を受けた人間側唯一の代表である。だが自分の国側出身でない勇者の存在を裏では疎ましく思う者も少なからずいる。




 暗殺集団は元来ティグロ王国とドゥラコ王国双方の影として反体制的な者を抹殺して来た。その中には当然、八百長システムの事実を知ってしまったものも含まれる。そしてその牙がついに聖域であった勇者本人へ直接向けられようとしていた。




 勇者と言う存在は華やかな栄光で彩られている。だがその裏には常にそう言った国家レベルの冷たく後ろ暗いものが横たわっている。それは逃げても逃げても追いかけて来る影法師のようなものだった。




 その新たな密命を帯びた暗殺集団の影が、人知れず勇者パーティーの背後に音も無く迫りつつあった。もちろんニア達はおろか、魔王ですらその存在を知らなかった。






「フィニク、カトス、やったぞ!」




 飛び跳ねてニアが喜んだ。なかなかの強敵魔物であるオークを一騎打ちで仕留めたのだ。祖父の剣ならばともかく、普通の剣で勝てたことは彼女にとって大きな自信となった。




(ニア様は変わった)




 口にはしないが、フィニクはそう思っている。初めてティグロ王国の王宮で会った際は、常に硬く緊張して自分の感情をあまり出さない少女に、取っつきにくさと扱いづらさのような負のイメージしか抱かなかった彼である。しかし今は積極的に外へ自分を出しており、何より表情が豊かになった。




(魔王に感謝すべきなのだろうか)




 陰ながらここまでの全てを見知っていたフィニク。毎夜毎夜ニアの特訓に付き合った魔王ジーヴァはニアの心の扉を開いて見せた。八百長システムの件があるとは言え、中々できることではなかった。




「ニアちゃんったらすっかり明るくなって。好きな人でもできたのかしら~」




 カトスはフィニクの心を知ってか知らずかそんなことまで言う。




「御冗談をカトスさん。きっと相手はあの魔王ですよ」




「あら~そうなの? お姉さん知らなかったわ~」




 カトスは煙に巻くように話をはぐらかす。勇者と魔王、その関係は建前とはいえあくまでも敵同士なのだ。そのようなことは今まで無かったし、これからもあってはならない。それが二〇〇年の平和を生んだ八百長システムを維持するために必要なことなのだ。






「呼ばれて飛び出てババババーン!」




 そこへガーネが空間を突き破って現れた。




「やい、新しき勇者ニア! 今度こそあたしがお命頂戴するよ!」




 疲れているであろう戦闘直後に襲うというのも気が引けたが、登場するタイミングを間違えた以上は仕方ない。ガーネは今度こそ一方的な敗北ではなく、余裕を持って惜敗をするべく息巻いていた。




「前はこの前の魔王将軍ガーネ! 今日はまだ普通の服装だな」




「普通とはなんだ。これでも魔王自らのデザインの服なんだぞ」




「魔王だと!? ……そうだ、今日は魔王ジーヴァはここには来ないのか?」




 ニアとしては剣術の腕が上がったこと、そして今日はついにオークまで退治したことを報告したかったのだ。




「残念ながら来ませんよ。そーんなにあの魔王に会いたいの~? どうして~?」




「……くっ、上手く現れてくれれば魔王城まで行かずとも命を取れたものを」




 あくまでもニアとしては個人的感情を周りに悟られてはいけない。いや既にバレバレなのだが、本人は隠し通せているものだと思い込んでいた。




 一方、ガーネは自分がニアに大きくリードしていると思っており、大人の余裕とばかりにからかってみた。やっていることは子供のそれなのだが……。




「今回はねえ、あたしと魔王が仲良く共同作業で作ったスペシャルな魔物を持って来たよ」




 ここぞとばかりに自慢してみる魔王将軍。やったこととは所詮泥の中に半分埋まってシャベルやスコップを振るっただけなのだが。




「スペシャルな魔物?」




 ガーネの言葉にカトスは反応した。前回ガーネが現れた時にもレアな赤オーガを引き連れて来た。スペシャルとわざわざ言及するということはどれだけ激レアな魔物が現れるのか、もはやその一点にしかこの業の深い賢者の意識は向いていない。




「出でよ、青銅の巨人タロス! ……ついでにゴブリン達」




 再び空間が歪み、その渦からタロスとゴブリンが五体程現れた。散々見慣れたゴブリンはともかく、高層建築の無いこの世界で全長一〇メートルの巨人は見るからに威圧感がある。挨拶代わりにと、右手に握られた剣を振るい威嚇してみせる。

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