第12話「迷走する勇者の旅」

「じゃ、行ってくる」




 今回はあくまで督戦だが、堂々前線へ向かう魔王。魔王将軍ガーネと色とりどりのトロール六体の引率が主務である。実戦はあくまでもガーネが担う。元々魔力はけた外れに大きい魔王ではあるが、戦闘能力に関しては御察しレベルなのだ。




「わかりました。今回、私はお留守番ですね」




 ちょっと寂しそうにハンヌが言った。いつもは事務的なお局OLの彼女もなにやらしおらしい雰囲気を漂わせている。そんな彼女、と言うよりシチュエーションに思わず心惹かれてしまうジーヴァだった。




「お怪我なさらないように、気を付けてくださいね」




「うん。必ずや勝利……ではなく、ギリギリの敗北を手土産に帰って来るから」




 ここでうっかり勝ってしまってはティグロ王国側から大目玉を食らう。民の注目と関心を向けさせるための茶番ということを肝に銘じなければならない。




「なあ、ハンヌ」




 思わずジーヴァはハンヌの肩を掴んでしまった。




「もし俺が無事帰ってきたら……」




「はい……」




 まっすぐにハンヌを見つめるジーヴァ。うつむき、上目遣いのハンヌ。だがそんな二人だけの世界を魔王将軍ガーネが打ち砕いた。




「えー、それってもう結婚しようってことじゃん。んなことしたらバリバリ死亡フラグで魔王死んじゃうよ~。やめやめ」




 せっかく勇気を奮ってのアピールで作った良い雰囲気が台無しとなり、参謀は密かに将軍のボーナス査定にマイナスを入れるのだが、ガーネ本人がそれに気付くことは無かった。




 ニアと二人の従者はティグロ王国首都から魔王島を目指すため一路北を目指していたはずだった。だが冒険の引き延ばしを図る国王と魔王の共謀で、現在地は首都から南寄りの地方である。




 いかに大衆の注目をできるだけ長く集め続けるかにこの冒険の浮沈はかかっている。しかし純粋なニアはそうとは気付かず、魔物退治と人助けのお使いクエストのためずるずると勇者パーティーは迷走する台風のように南下を続けていたのだ。




「おかしい……本来なら今頃島に着いていなくてはならないはずなのに」




 地図で現在位置を確認したニアは疑問を口にした。既に焦りと疲労の色が濃い。




「ニア様、何事も順調に進むものばかりではありません。しかしあなたのご活躍により魔物は退治され、民は感謝しております。決して無駄ではございません」




 苦労人フィニクが必死のフォローを入れる。彼は決して凡庸な魔法剣士ではない。だが、戦略戦術性の欠片も無い猪突猛進型勇者による冒険最大の犠牲者となり、既に彼は七回死にかけている。都度都度カトスの回復魔術で復活するものの、並大抵の人間なら逃げ出しているところだ。それもひとえに勇者ニアのため、というよりはこの二〇〇年続く壮大なまやかしの冒険を今回も無事成就させるためである。




「そうよ~ニアちゃん。焦っちゃ駄目。それによっぽどニアちゃんが強くならないと、魔王には敵わないわ」




 カトスもそう諭す。だが彼女としては旅が早々に終わってしまっては困る別の理由があった。むしろこちらが本題なのだが、魔物図鑑のコンプリートが進まないのである。




 正直冒険は二の次で、何よりも大切な自分の趣味を満たすためにもティグロ王国領内はおろかドゥラコ王国領にも入った上で、さらに二、三周くらいしてもらわねばならないのだ。身銭を切らずに領収書切り放題で公費を使えるこの旅は彼女にとってまだ始まったばかりである。




「お、いたいた。じゃ魔王、作戦通り行くよ」




 開けた緑の平原に勇者パーティーを確認したガーネは喜び勇んだ。魔王が人間の旅人に扮して勇者ニアに助けを求める。オーガとガーネを倒したと思ったら、ガーネが突如復活し、さらに旅人が実は私が魔王でした! というドッキリ作戦をやりたいという。なんてことの無い単純な作戦ではあるが、少々頭が残念な魔王将軍のことである。何かやらかしはしないか心配になるジーヴァだった。




「助けてくれ~。勇者様、魔物だ~!」




 こういう怪獣映画やパニック物で真っ先に死にそうなモブの役ならお手の物とばかり、変身した魔王はニアに近付いた。一瞬バレるか冷や冷やしたが、幸い気付いていないようだ。




「どうしましたか、旅の方」




 ニアは人を疑うことを知らない。すっかりジーヴァの演技に騙された。旅人が指さす先には巨大な魔物の影。六体のオーガがこちらへ悠然と向かっている。




「なんと魔物か。わかった、私が成敗しよう」




 すぐにニアと二人の従者は戦闘態勢に入る。今までのゴブリンとは比較にならない巨大な体躯に筋肉逞しい腕と脚。手には巨大な棍棒が握られては、そろそろ冒険馴れして来た勇者ニアもさすがに緊張感とわずかな恐怖感さえ浮かんでくる。




「さあ来い、私が相手だ!」




 早速祖父の形見の剣を構えニアが叫んだ。




 一方、しめしめとガーネは作戦成功をほくそ笑んだ。予定ではまずはこちら側がピンチになる筋書きなのだ。オーガには悪いが、奮戦の末に倒されてもらわねばならない。だがそんな彼女の耳をつんざく、歓喜の黄色い雄たけびが波となって直撃した。




「ああー! 来たわ、来た来た。この地方でオーガなんて珍しい! しかも緑や青だけじゃなくて、赤い奴もいる! これってかなりのレアキャラよ。今日は幸先が良いわ、いいえ良過ぎよ~!」




 普段は全くやる気の無いカトスが絶叫した。魔物図鑑で長らく空いていた赤オーガが埋まったことで彼女は俄然やる気を出した。なんならこの際、勇者のニアを差し置いてでも自分自らが赤オーガを率先して倒したっていいくらいだ。

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