第13話「勇者赤面する」

 ジーヴァはまるで意識していなかったが、それぐらい珍しいオーガを生み出してしまったらしい。




 普段はおっとりした口調が特徴のカトスだったが、明らかに声のトーンが上がり、早口になっている。はやる気持ちを抑えつつ長ったらしい詠唱をとっとと終えると、後腐れないように初弾から出し惜しみ無し全力投球の爆裂魔法を一秒間に一六回連射する。




「ちょっと待て、待て待て待て。お前らの味方がいるんだぞ。って、あたしがまだ名乗りもあげてないってのに~!」




 オーガの陰から華々しく登場するつもりだったガーネの必死の叫びはしかし、スイッチが入ってしまった賢者には届くことは無かった。いや、届いたとしてもすっかりトリガーハッピーになってしまったカトスには、もはや魔法を途中で止める気などこれっぽっちもある訳無いのだが。




 盛大な打ち上げ花火の如き爆破の連打が辺りを包んだ。そして立ち込める煙が晴れた頃には黒焦げになった魔王将軍ガーネ、泥に戻ったオーガ達、そしてフレンドリーファイアに巻き込まれたニアが呆然と立ち尽くしていた。




「ごめーん、ニアちゃーん。私ったらついやっちゃった」




 年齢的にちょっと厳しくなりつつあるのも忘れて、てへっと笑って誤魔化そうとするカトスに対して言葉を失うフィニク。そんな有様を目撃し、魔王ジーヴァは唯一の常識人である彼へ密かに、そして深く同情した。




「……だがオーガは倒された! 後はお前だけだ……えーと、誰だっけ?」




 さすがのニアも調子がずれたようだ。昔懐かしい、アフロ状のチリチリ頭になったガーネが地団太を踏みながらも、ようやく抗議の意を表明しつつ名乗りを挙げる。




「ふん! 新しき勇者ともあろう者が不意打ちとは卑怯千万なり。このあたしを魔王将軍ガーネと知っての狼藉か!」




 威厳を何とか取り戻そうと、普段使い慣れない口調でまくし立てるガーネ。だが舌を噛みそうで聞いていて危なっかしい。




「不意打ちは誤解だ。私はあくまでも正々堂々と一対一の勝負を望む。今回は不測の事態が発生しただけなのだ!」




 睨み合うニアとガーネ。だがガーネは余裕綽々の表情だった。ニアの手の内はずっと監視しており知れている。まだ到底自分にかなうはずもないレベルなのだ。だがちょっとこの石頭の少女を虐めてみたい気分になった。




「この程度であたしにかなうと思ってんの! こっちにはまだ変身があるんだからね!」




 先程の威厳がどこへやら、いつもの口調である。予定より早いが『変身』をすることにした。まあもったいぶって言ったは良いが、そんな能力を彼女は持っていない。




 ただいつもの衣装を変えるだけなのだが、初見の勇者相手にはこけおどしにはなるだろう。如何にもそれらしい変身ポーズをとると、ガーネの姿が光に包まれ見えなくなる。




 ついにガーネは変身した。ただのビキニアーマーに。大陸南部なので気候は温暖、ついでに天気もこの時は風も弱く、すこぶる良い。普段ならば寒くて絶対嫌だった魔王一押しのビキニアーマーでも今日は問題無い。




(決まった!)




 内心ガッツポーズを出しても良い程ガーネの変身シークエンスは完璧だった。なんだったらもう一度スローモーションで変身のプロセスを解説するパートを織り込んでも良いくらい、今の彼女は満足していた。




「あら~、すごーい」




 カトスは今着ている体の線を隠すローブが賢者としての制服なので、それを着替える訳には行かない。だがそれさえ脱げばスタイルにおいては魔王将軍に負けない自信がある。その精神的余裕がこの賛辞につながった。




(良いな……。うん、良い)




 ノーダメージでありながら何故か鼻血を垂れ流すフィニクはそのように思い、魔王演ずる旅人と同好の士として固い握手を交わした。




「な、なんということだ!」




 ところが教会運営の厳格な孤児院で育った勇者ニアには到底理解できない、未知の領域にあって、全く常識外の衣装だったのだ。ニアは顔を真っ赤にして固まった。




「そ、そんな恰好をして、恥ずかしくないのか! 若い女がみだりに肌をさらすなど……恥を知れ! 破廉恥な!」




(ま、そーなるよな)




 内心ジーヴァは思った。ただの衣装チェンジでドヤ顔をするガーネも大概ではある。しかし一方で、一六にもなってニアは無菌潔癖というか温室育ちというか、とにかく世間知らずにも程があるのではと呆れてしまうのだった。




 実際のところこの世界でも盛り場の酒場に行けば、ホステスや踊り子が似たような衣装を身に付けている。決して珍しいものではない。だがニアにはそのような空間が存在することさえ想像つかない。




 ちなみにジーヴァ自身は行ってはみたいと常日頃思っているものの、魔王島のような過疎地にそんな素敵なお店があるはずもない。まして貴重な魔力を消費して大都市へワープし、さらにもっと貴重な金貨を消費することはさすがに財布のひもが固いハンヌが許すはずもない。




「こんぐらいの露出でギャーギャー言うな! あたしはなぁ、魔王に堂々と下着姿を見られたんだぞ。……出でよ剣!」




 内輪の事情をあからさまに叫びつつ、ガーネの右手に光の粒が集まり一本の剣の姿を形作った。そして光が徐々に収まるとそれは漆黒の刃をもつ剛剣となった。こういった技があるとは聞いていたジーヴァ。だが実物を見るとさすが魔王将軍と呼ばれるだけの威圧感がある。




「いくぞ! 勇者!」




「来い!」

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