第11話「魔王の出撃準備」

「そういえばティグロ王国から手紙が来てましたよね?」




 ハンヌから、受け取った手紙の内容を聞かれた。いかにも高級そうな封筒に封蝋までされた手紙が届いていたのをジーヴァは忘れていた。




「悪い悪い。俺じゃ忘れるから手紙はハンヌが管理してくれよ」




「全く、仕方ないですね」




 早速開封して三人で読む。といっても字が読めないのでジーヴァは魔法で日本語へ訳す必要があるのだ。結局ハンヌが代読することになった。




「あら、ティグロ王国側は不満があるみたいですね」




 そんなことを言われてもこちら側としては困る。少ない予算をやりくりして魔物を調達し、作戦を企画し、シナリオを考え、演出を練って勇者の冒険を如何に波乱万丈なものにするか頑張っているのだ。




 しかも出費に異様に渋いハンヌと、茶々は一人前に入れる割に責任は取らないガーネというハンデを抱えての「魔王の陰謀」はかなり健闘しているはずなのである。




 実際ハンヌによるティグロ王国民世論調査では「新しき勇者ニア」の支持率は歴代勇者の中でもかなり高い。健気な少女が祖父の遺志を継いで魔王に挑む、という王道浪花節的展開は国王支持率にも大きく寄与しているはずなのである。




「ティグロ王国としてはもうちょっと派手な展開が欲しいみたいですね。魔物もゴブリンばっかりで、絵面的に地味でマンネリ気味と批判が来てしまいました」




 スポンサーからのテコ入れ指示、と聞くとジーヴァは嫌な予感しかしない。しかし彼らがいなければ魔王はじめ魔王島に住まう魔族の人々はおまんまの食い上げとなってしまう。嫌でも要求は呑まねばならないだろう。




「ほら、経費削減で派手な魔物を出し渋るからだろう。ここいらで一発、ドカーンと派手な奴を出そうじゃないか」




 魔王ジーヴァの半ばヤケクソ気味の提案に、始終お気楽なガーネがノリノリで話に乗って来た。




「お、魔王も良いこと言うじゃん。あたしも大賛成だね。そろそろ中ボスに相応しいでっかいのだそうよ」




 ニ対一で方針は決まった。怪しい船団への投資が中止になったことで金貨は余っている。それで新しい金型でも作って、強くて見栄えのするガーゴイルやサイクロプス、グリフォンでも投入しようじゃないか。ジーヴァとガーネが急に景気の良い話をし出した。




「わかりました。でもなるべく金型のコストを考えて複雑な形状のものはやめて下さいよ。あと勇者と真似した子供がケガしないように鋭く尖ったデザインのものも駄目です」




 何やら玩具メーカーの企画会議のようであるが、要はあの巨大たい焼き器さえ作れれば良いのだ。そうと決まれば話は早い。ジーヴァは席を立った。




「ちょっと地下室見て来る」




 ジーヴァと実戦担当部門のトップであるガーネはルダのいる魔法工房へ向かった。




「ルダいるか?」




 あの少女はいつも魔法工房にいるというが、すぐにはみつからない場所に潜んでいるらしい。いくらジーヴァが呼んでも出てきそうには無かった。




「それじゃ駄目だよ魔王。婆ちゃーん、かわいい孫が遊びに来たよ~! これくらい言わなきゃ……って痛っ」




 いつの間にか後ろにルダが立っていた。婆ちゃん呼ばわりが気に障ったのか、手にした樫の杖でガーネの頭を叩いたのだ。




「だから言ってるだろ。私はガーネよりずっと若い」




「ったく不意打ちかよ。あたしもルダも魔王よりはずっと年上だろ?」


 そんなやり取りで気になったジーヴァは、女性相手に気が引けるが一応歳を聞いてみた。




「歳?ああ、あたしは一九〇歳で、ルダは一三〇歳。魔族は人間より長生きなんだ」




 鶴か亀かは知らないが、人間より約十倍は長生きするという魔族。ジーヴァは何やら一人だけ若造過ぎて気が引けて来た。ちなみにハンヌは二〇〇歳とのこと。




「ルダ、喜べ。ハンヌから許可が出た。新しい魔物が作れるぞ!」




 気を取り直して本題に入る。ゴブリンの大量生産大量消費体制にすっかり創作意欲を無くしていたルダは目を輝かせた。




「本当か? それなら色々と考えてたアイデアがある。やりたいことが一杯あるんだ。一点物の魔物も久しぶりに作りたい」




 口調はあくまでいつも通り落ち着いているが、手が既にソワソワしている。




「とりあえず、あたしがあの勇者と直接やり合いたいから、護衛用にすぐに作れるオーガかトロールを何体か作ってくれるか?」




「わかった」




 ゴブリン製作に飽きたルダは、工房の隅に積まれた別の金型の山から該当のものを探している。摩耗を防ぐため、普段は使用を控えている強力な魔物の久々の出番であり、ルダはよっぽどうれしいのか鼻歌まで歌い出している。




「ちょっと待て。魔王である俺の許可無しで勝手に出撃する気か?」




「まあまあ待ってよ。魔王側の内輪揉めで勝手に幹部が単独で襲い掛かって来る、なんて燃える展開じゃん。ねぇ……お・ね・が・い」




 ガーネはそう言うとジーヴァの右手を握り、そっと自分の胸へ当てた。魔王の性格を良く理解した将軍は色仕掛けをするつもりらしい。




「おい……卑怯だぞ。わかった、俺も行く。旗振り役がいないと心配だ」




「了解。話が早くて助かるわ。……ってなんで手を動かしてんだよ。調子に乗んな」




 したたかに頭をどつかれたが、魔王はその感触を脳へ刻み込んだ。




 たい焼きの要領で次々と泥を金属板に流し込んでは、魔力を込めて形作って行く。ルダが作ると肌が緑や青のトロールが、魔力の絶対量が多いジーヴァが作ると肌の赤いトロールが生まれる。その違いが同じ魔物でも強さの違いとなって現れるようだ。




 体の小さなゴブリンなら比較的小さな金型で同時に二体作れるが、巨大なトロールともなると大きな金型でも一体が限度である。地味だが意外に連続で作業を行うには中々手間であり、六体程作ったところでジーヴァもルダもバテてしまい、そこで生産は打ち止めとなった。




「ま、これだけいりゃ十分でしょ。あたしとこいつらがいれば、向かうところ敵無しの勇者はたちまち大ピンチって寸法さ」




 満足そうに魔王将軍ガーネは勝ち誇った表情をしている。将軍を名乗るくらいだから、戦闘したくて内心うずうずしていたらしい。だが彼女の普段の言動を考えれば、後ろで綱を引かねばならないと思うジーヴァであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る