第10話「生き方への憧れ」

 剣をそのまま構えるには重いのか、切っ先が下がり下段の構えの姿勢をとるニア。その様はサン〇イズのロボットアニメの決めポーズを思わせるが、その分迫力と外連味にあふれている。



「行くぞ、この勇者ニアが相手だ。魔物め、覚悟しろ!」



 ニアは走り出した。魔物三体へ単身突っ込む気らしい。慌てたゴブリンが右往左往しているが、勇者の正義の鉄槌が下ろうとしている。全体重をかけてハンマー投げのように横一線に剣を一気に薙ぐと、前衛の緑ゴブリン二体が逃げる暇も無くそのまま斬られた。断末魔の叫びを上げるまでも無く、ゴブリンは泥の塊に戻り崩れ落ちる。



 だがこのような大技は反面大きな隙ができる。それを見計らったように、生き残った青ゴブリンが短剣を構えてニアの懐へ飛び込もうとする。



「甘い!」



 ニアは重厚な剣を非力ながら、その重さを逆に利用して上手に扱っている。一の太刀の勢いを踏ん張って殺すと、今度は返す刀で青ゴブリンを強引に逆袈裟懸に斬り飛ばした。ちょっとは強いはずの青ゴブリンもあっけなく元の魔王島の泥へと帰したのだった。



(強ええ……)



 魔王ジーヴァは成す術も無く、唾を飲み込んだ。まだティグロ王国首都からはほとんど離れていない。普通だったら最弱の魔物である緑ゴブリンに苦戦していなければならないはずなのだ。



 だがあの最強クラスの剣を最初から装備している上に、それを使いこなしてしまっている勇者ニア。こうなって来ると一攫千金の楽勝資産形成でウハウハ、というジーヴァの人生設計が根本から崩れてしまう。金貨一枚ももらえず、日本へ強制送還ということにもなりかねない。



「こんなものでしょうね。ティグロ王国からの提供資料の通りです。彼女、祖父から剣術の手ほどきを受け、孤児院でもひたすらあの剣を使いこなすよう練習していたようです」



 またもハンヌの冷静な解説が入った。



「国王はなんでこんなマジものの勇者を派遣したんだよ……」



 国王もニアには内々にこの冒険はあくまでポーズ、筋書きのあるプロレスであるとは言い含めてあるのだ。だがその真意を理解できない彼女は祖父のように魔王を本当に討つことしかもはや眼中になかった。それが尊敬する、そして愛する祖父へ近づく唯一の道だったからだ。



 ようやくショックから立ち直ったフィニクは早速皇帝へ報告書を書いた。彼女が無事魔王を倒す寸前まで行くよう見守り、導くのが彼の仕事である。だが同時に、こうした小さい活躍の報せは民の娯楽でもあり、ティグロ王国上層部や『敵国』であるドゥラコ王国への不満を反らす効果がある。



 二〇〇年ただひたすらに人間側の二か国は勇者を交互に派遣して魔王軍団に善戦惜敗させ続けることで、三者が利益と平和を得てきた。この何とも奇怪な人間と魔族の八百長システムは、もはや勇者ニア一人の意思でどうこう動かせるようなものではなくなっていた。それは敵の親玉である魔王ジーヴァにとっても同じことである。



 季節は夏のはずだが、朝は依然肌寒い。新鮮な冷たい空気が鼻腔にツンとした感覚をジーヴァに与えた。既に魔王となって日も大分立った。深夜までだらだらゲームやスマホをやることもなくなった彼は早寝早起きの健康的な生活を取り戻していた。



「やあ魔王様。おはようございます」



 城下村の住人たちがすれ違うたびに挨拶をしてくる。総勢二〇〇人程の魔王の貴重な民草である。挨拶を返しながらブラブラと村の外れまで歩き、城へ戻るのがジーヴァの朝の日課となっていた。もっとも、それ以外にすることが無かったのではあるのだが。



「何かしら産業は起こせないのか?」



「無理です。今までも何度か試したのですが、厳しい気候と痩せた土地のため全て水泡に帰しました」



 提案から一秒も経たず、ジーヴァの浅はかな考えは参謀ハンヌによって否定された。何代か前の魔王が北海道の農家出身で色々と検討と実験は行われた。だが上手く根付く作物は無かった。結局わずかな耕作可能地で寒さに強い稗や蕎麦、馬鈴薯を細々と育てる他は、八百長戦争で得られる金貨で食糧を購入するしか魔族がこの地で生きる方法が無いのだという。



 農業のプロですら匙を投げたのだ。素人のジーヴァが手を出せることは無い。顔見知りになった魔族の人々のために力になれない自分が何だか情けなくて肩をがっくり落とす魔王である。



 だがいつまでもそればかり考えてもいられない。そもそも来るべき『ガチ』の勇者への対策を練らないと金貨一枚手に入れる前に自分がゲームオーバーになってしまう。



 とにかくも身の破滅を避けつつ、まず目の前の一勝を勝ち取らねばならない。それでないとなんのために新作アニメのリアルタイム視聴を諦めてこの世界にいるのかわからなくなってしまう。



 何かしら手はあるはずだ、と自分に言い聞かせる魔王ジーヴァ。参謀のハンヌへ何か勇者ニアの行動パターンがわからないか引き続き研究をさせていた。



「それで勇者について何かわかったか?」



 そろそろ座り馴れて来た玉座へ着いたジーヴァはハンヌの報告を待った。



「はい、やはり新しき勇者ニアはただの迷宮には興味を示さないですね。『正義』が絡むとほとんど入れ食いなんですが」



 ハンヌの分析はこうだった。例えば魔物が収穫前の畑を襲う、あるいは村人をかどわかして身代金を要求する、といった事件をニア一行が訪れる町や村で起こす。そうするとニアはほとんど採算無視、道中大回りをしてでも魔物を倒して事件を解決しようとする。



 一方で、黄金財宝が眠るだけの迷宮には興味を示さない。まして勇者の知名度を生かしてグッズを売ったり投資を募るなど、私腹を肥やすためのサイドビジネスを行うなどというつもりも全く無いようだった。



 やはりニアはただ純粋に正義のために勇者として活動している、とハンヌは結論を下した。



「この子は自分にも他人にも嘘が付けないんだろうな」



 そうは言うものの、自分だって生きる上でなるべく噓はつきたくないとジーヴァは思っている。これまでも就職面接でその気も無いのに「御社の理念に共感しました」だの「御社の仕事にやりがいを感じています」だの、噓八百を散々並べて、それでいてなおかつ一〇〇社以上からお祈りされたのだ。



 ついには遥かこの異世界の果て、魔王島くんだりに来てまで、大掛かりな八百長システムに乗っかって偽りの魔王を演じている。もちろんそれがこの大陸の平和と魔王島の人々の生活のための貢献だとはジーヴァも重々わかってはいるのだが。



「俺もこの勇者ニアみたいに、嘘をつかず正直に生きてみたいなぁ」



 そう愚痴も吐きたくなるのだ。例えそれが生きづらくなる原因になったとしても、貫き通せる勇気が欲しかった。ジーヴァは八方塞がりな状況からすっかり落ち込んでしまった。



「どうしたの魔王。いつになく暗くなっちゃって。そーんな落ち込まなくったって良いじゃない。あたし達がいるんだからさ。ね?」



 少々言動に問題があるガーネだが、こういう時は妙に優しい。背中から抱き着いて、ジーヴァの頭をヨシヨシと撫でてくれる。その暖かい慰めとふくよかな感触に魔王はしばらく浸った。



(嘘をつかないか……)



 それはハンヌもそう思うことはある。自分にも他人にも正直に生きている幼馴染のガーネを見ていると特にそう思う。だからこそガーネはこうやって心を開いて人にも優しくできるし、逆に優しくもされるのだろう。自分には出来ない生き方をする幼馴染と勇者に彼女もまた憧れ、少し嫉妬するのだった。

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