第9話「勇者の信念」
「敵情視察に赴く。お前らもついて来い」
ある日魔王ジーヴァが言い出した。だが股肱の忠心、魔王将軍と魔王参謀はつれなかった。
「えー、外は寒いしめんどい。それにあとちょっとでラスボスの魔王を倒せるのに」
ガーネは寝っ転がってプレ〇テをやっている。もちろん魔王のアパートから拝借したものなのだが、何やら縁起でもないことまで言い出している。ジーヴァはとりあえず逆エビ固めを決めることにした。
「ぎゃー、やめんかー! そうやっていちいちあたしにスキンシップを求めるな!」
悶絶するガーネに一切構わず、ハンヌは静かに読書を続けている。
「陛下、読み終わるまでしばらくお待ちください。私は今、複雑な国際政治の実践論について学んでおります」
と言いつつも、実際に読んでいるのはコンビニ本のゴ〇ゴ13だった。だが彼女の渋すぎる作品チョイスに惑わされず、ジーヴァはハンヌから無言で本を無理矢理取り上げた。
「良いか、勇者の出方がわからない以上情報収集するのは戦略の基本だろうが」
なんで元来怠け者の自分がこんな説教せにゃならんのかと思いつつ、二人の首根っこを掴んでワープの魔法を使った。勇者パーティーの場所は既に特定している。一瞬で現場まで飛ぶと、三人はニアとその一行の様子を遠巻きに観察することになった。
ニアはどちらかというと小柄な方である。その彼女が祖父の形見である大剣を背負っているのだが、なにやら剣の方に背負われている感が否めない。しかも従者二人の方がよっぽど良い装備を身に付けているため、一段と勇者がみすぼらしく見えてしまうのだった。
「あんなんで大丈夫なのか。ちゃんと魔王城まで辿り着けるのか?」
辿り着いた時が自分の終わりなのだが、魔王は老婆心からかつい心配してしまう。
「まーた魔王ったらそんな心配して。だったらいっそのこと今すぐ勇者つれて魔王城まで一気にワープしちゃえば?」
ジーヴァの心配をよそに、ガーネは何も考えてませんとばかりに気楽な表情で言い放った。
だがそれではまずい。冒険の醍醐味が無くなって、民は勇者への興味関心が無くなってしまうし、引いてはこの茶番劇の崩壊を意味する。それは同時に魔王軍団の収入源が失われることを意味する。あくまでも大冒険の末に魔王へ単身戦いを挑む、という高度な物語性が要求されるのだ。
「あとの二人はやはり心配なさそうですね。魔法剣士は頼りなさそうですし、賢者もやる気が今一欠けてます」
ハンヌは双眼鏡で勇者達の様子を窺いつつ、逐次ジーヴァへ報告を行う。
打倒魔王に燃えるニアと違い、従者二人はこの八百長システムの意義をよく理解している。ティグロ王国とドゥラコ王国の全面戦争を回避するという忘れてはいけない大義がある。フィニクとカトスの二人にとっての目下の問題は勇者ニアが正義心に駆られて、人材不足に悩まされている貴重な魔王を本当に倒してしまわないかという、その一点に集中している。
「ニア様、あそこに見える洞窟へは行かないのですか?」
普通の勇者は行く先々の迷宮を探索する。魔物の有無を別に、財宝があるのならばドンドン入って回収しようという、フィニクの意見具申だがニアはそれを二つ返事で却下した。
「いや、行かない。あそこへ入っても魔王はいないではないか」
手付かずの財宝が宝箱に眠っていてもニアは魔王絡みでなければ興味を示さない。視野の狭い彼女にとっては憎き魔王を討つ、それしか眼中にない。
寄付を受けて路銀を確保できた以上、今までの勇者達がこうした迷宮探索によって一財産築いたことなどは、無欲な新しき勇者にとって些末な問題に過ぎなかった。
「なーんか堅っ苦しくてつまんない勇者だな。ちょいとばかり、あたしらで揉んでやろうか?」
わくわくした表情でガーネが何か思いついたようだ。
「どうするんだ?」
「ここいら辺はティグロ王国の中心部だし配置している魔物の数が少ないからね。適当に弱い魔物をぶつけてどの程度の力があるか試してみようってのさ」
軍人らしいものの考えである。ガーネは何やら呪文を唱える。するとゴブリンが三体、目の前に召喚された。緑帽子二体に青帽子が一体、跪いて待機している。
彼女の弁によると青の方が若干強いらしい。しかしなぜゴブリンばかりなのかというと、先日ルダが言ったように多品種少量生産、つまり様々な種類の魔物を細々作るとコストが上がることに原因がある。そのため最近はもっぱら色違いのゴブリンしか作ってないとのことだった。
「よーし、お前ら行ってこい」
ガーネの命令で敬礼もそこそこにゴブリン隊が突撃する。元は粘土に過ぎないとは言え、彼らに敗北必至の命令を平気で出せるあたりは、彼女が魔王将軍たる所以だろう。
「ニアちゃん魔物よ~。……えー、またゴブリンかぁ。お姉さんつまらない~」
勇者パーティー三人の内、賢者カトスは魔物の姿を見るなり、早々に戦意を喪失した。
彼女は攻撃と回復の魔法を司るプロフェッショナルである。だが同時に魔物研究家でもある。珍しい魔物を自前の魔物図鑑に収集することが趣味なのだが、ハンヌの緊縮政策で色違いのゴブリンばかりとなった現状にすっかりやる気を無くしていたのだ。皮肉にも製造側のルダと共に同じくその被害を被っていた。
「ニア様ここは私が。さあ来い、魔物どもめ!」
フィニクがニアを護ろうと前へ立ち塞がった。だがゴブリンの目標はあくまで新しき勇者ニアである。三体のゴブリンは無名の魔法剣士には一切目もくれず、素通りして行った。
自らの存在意義を問われ、無傷のままではあるのだが精神的ショックのあまりその場へ崩れ落ちる。
「おのれ卑怯な。フィニクの敵!」
別段魔法剣士は死んではいないのだが、ニアは従者がやられる一方というのは勇者の沽券にかかわると判断した。背中の大剣を抜き一刀両断にしてやろうと思ったのだが、彼女には剣は大きすぎたのだ。そのままでは柄に手が届ないため、一旦鞘ごと背中から降ろすと改めて剣を抜いた。
「やっぱりあれは古き勇者イクスの剣ですね。噂に違わぬ、素晴らしい業物です」
ハンヌが親切に解説してくれる。あんな剣で後々自分に襲い掛かって来るかと思うと冷や汗が流れるジーヴァ。無意識に先日斬られた鼻の頭を撫でていた。
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