第2話「まやかしの戦争」

「本来ならばこの三勢力は三すくみ状態で拮抗するはずでした。ところが現実的問題としてそうはならなかったのです。こちらの図をご覧ください」


 そう言ってハンヌはパンフレットの一部を指さした。何か地図のようなものが描いてある。中心に四国かオーストラリア大陸を思わせる形の巨大な大陸があり、赤と青の二色で塗り分けられている。その上、北側に申し訳程度のひょうたん型の小さな島が浮かんでおり、そこだけは黄色に塗られていた。


 自称魔王参謀は説明を続ける。


「圧倒的に戦力差があったのです。西にある青がティグロ、東の赤がドゥラコ、そして黄色が我が魔王軍団。本来ならば人間の軍勢によってすぐにも捻り潰されてしまうはずでした」


 口惜しさの混じるハンヌの説明に力がこもって来る。確かに四国に対して小豆島が戦争を挑むようなものである。勝ち目は普通無いだろう。


「ところがぎっちょん、あたし達魔族は一対一なら人間より遥かに強いって訳よ」


 ざっくばらんな口調でガーネが説明し出す。彼女の弁では両王国、双方を同時に敵に回しても平気で支えられるらしい。ところが一つ問題があったらしい。




「このちっこい魔王島、冬寒く夏も涼しくて土地も痩せてる。人はおろか魔族ですらもあまり住むには適した場所じゃないんだ。だから慢性的に食糧が不足気味なのよ。本当はもっと南の暖かい場所に住みたいけど、そこには人間がもう住んでる。だけど土地を得るために戦争を続ければ今度は畑を耕す労働力がいなくなって、それこそ……なんだっけ」


「詰んでる?」


「そう、それ。でもそれは人間も同じだったのよ。両王国とも大陸を統一したいのは山々だけど、互いに力が拮抗してるからマジでぶつかれば共倒れもあり得る。でも自分達が最初に言い出したことだし、それぞれの民が大陸統一を望んでいるから戦争を続けなきゃいけない。……それなら魔王はどうする?」


 いつの間にか魔王にされていた勝だった。


「戦争したら自滅、かといって仲良くもできない。どっちも駄目なら、もうどうにもならないじゃないか」


「そう。そこで人間達は恐ろしいことを考え出したって訳。全くあの連中……」


 急に怖い顔になるガーネ。人間には良い印象が無いらしい。それを受けて今度はハンヌが話を引き受けた。


「ティグロとドゥラコの首脳は話し合って一つの策を講じました。それは……」


「それは?」


 自然と勝も引き込まれる。


「仲良く戦争をする、ということだったのです」




 勝は目が点となった。人類開闢以来、それは闘争の歴史であった。経済から宗教、思想様々な理由はありこそすれ、戦火を交える以上それは自分の正義なり相手への憎しみを抱いて戦うものである。もっとも反対側にある二つの概念が一緒になることなどあり得るのだろうか。


「ティグロとドゥラコは双方の民を納得させるため、まやかしの戦争をすることになりました。ただ人間同士が実際に刃を交えるのにはやはり心理的に抵抗があったようですね。そこで白羽の矢が立ったのが我々魔族なのです」


 つまりティグロ王国とドゥラコ王国は共通の敵、魔族に目を付けた。強大な魔族に対抗するため『涙を呑んで』和睦することとして、民の関心を魔王軍団へ向けさせることにしたのだ。


「それで俺が魔王としてその二つの王国の連合軍を戦ってやっつければ良いってことなのか?」


「それがそうも行かないのです。先程も言ったように、戦力的には十分連合軍を支えることが出来ます。しかし実の無い国土防衛戦を続ければ国力に乏しい我々魔族はすぐに干上がってしまいます。それにティグロもドゥラコも、領土としてうま味の無い魔王島にお金のかかる大軍を送り込みたくはないのです」




 確かにどんな国も、誰も得をしない戦争などしたがらないだろう。今度はガーネに交代する。


「そこであたしらが『大軍での戦いなど騎士道精神に反する。魔王は真の強き者、勇者との一騎打ちを所望する』ことにして欲しいと頼まれたって訳なのよ」


 あっけらかんとしたガーネだが言っていることは無茶苦茶である。勝は一つの質問をぶつけることにした。


「そりゃティグロとドゥラコにとっちゃ万々歳な作戦だろうけど、魔王軍団側には何のメリットがあるのさ?」


「ああ、それね。共通の敵、ヒール役を演じる代わりに金貨をもらうの。そうすればそのお金で穀物やら生活必需品を買えるでしょ」


 悪魔、もとい魔族と取引する両王国のしたたかさも大したものだが、そんな汚れ役を演じる彼女らも並大抵の神経ではない。


「いや、待ってくれ。日本人の俺でなくとも、島に住む魔族の誰かが魔王をやればいいじゃないか」


 いつの間にか乗せられていたことに気付いた勝は慌てて、そもそも論に話を戻した。


「それがね~、最近の若い連中ったらだらしが無くてね、魔王の成り手がいないのよ。で、あたしらがこうやってはるばる異世界の日本まで来てリーダーに相応しい有望な人材をスカウトしてる、ってことなのよ。どう?高給を保証するよ?なんだったらあたしとハンヌも色々サービスしちゃうし~」


 急にガーネがニヤリと下品に笑った。勝は自分の心を見透かされていたように思えて、慌てて居住まいを正した。


「加藤さんは大変聡明で素敵な方です。我々としても歓迎致します」


 ハンヌはそう言ってくれるが、目は泳ぎ声が上ずっている。


(こいつら、俺の持つって言う魔力だけが目当てかよ……)




 勝は少し傷付き不信感が芽生えてしまう。しかしそんなことはお構いなしにガーネが彼の肩に手を回しながら言った。


「ま、こういうのは論より証拠、百聞は一見に如かずって言うしね。現場で説明しようじゃない」


 ガーネが指をパチンと鳴らすと、喫茶店にいたはずが一瞬で石造りの壮麗な城へ来ていた。驚いて周りを見回している勝だが、ハンヌがまた指を鳴らし先程の喫茶店へ戻って、一言付け加えた。


「お会計が済んでいませんでした」


 意外に律義な魔族であった。

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