第3話「試用期間の魔王」

 条件自体は悪いものではない。自分の命を狙って来る勇者を一人倒すと金貨一枚もらえる。さらに二人目なら二枚、三人目は四枚、四人目で八枚と倍々ゲームになる。指数関数的に金貨が増えるので長くいればいる程おいしい仕事になる。


 その勇者も本当に命を狙っている訳ではなく、あくまでポーズであり、適当に戦い勝手に降参してくるという。そうすることで魔王軍団とティグロ&ドゥラコ連合軍は力の均衡を保ちつつ、ウィンウィンゲームで二〇〇年程やって来たという。


 彼女らの魔法の影響なのかは知らないが、自然と話に乗せられてしまったが、もうこれなら自分の意志でこちらを選んでも良いだろうと思い出した勝。


(これならガーネとハンヌの両手に花で資産形成。夢の『働いたら負け』生活に突入できる!)


 よこしまな希望的観測に浸っている彼である。その魔王将軍ガーネと魔王参謀ハンヌであるが変身を解いたのか魔族らしく耳が長くなっていた。前者は全身金属のプレートアーマー、後者はベ〇ばらかナポレオンのような新古典主義時代の軍服に身を包んでいる。時代考証はいい加減なようであった。


「いきなり魔王になるというのも何ですし、しばらく試用期間として体験されてはいかがでしょうか?」


 ハンヌの提言もあり、どうせ就職面接でつきたくもない嘘をつき続けるくらいならしばらくこっちにいようかと思い出す勝だった。




「お、やる気出て来たね。そう来なくちゃ。じゃあこの魔王城のことをあたしが案内するよ」


 そう言うガーネだったが、一々動くごとに金属がガチャガチャ触れてうるさい。勝の反応に気付いたのか、彼女が説明した。


「ああ、あたし達の衣装だけど先代の魔王の希望だったんだ」


「先代?ああニ〇〇年もやっていれば代替わりはするか」


「そう。勝で一三代目。魔王ジーヴァ一三世陛下ってところかな」


 そんなものになるのか、と何気なく思った勝改めジーヴァはふと考えた。


「じゃあ俺の趣味でガーネの衣装も変えられるのか?なんだかそれ仰々しくてな」


「ん?いいけど。魔法で自由に変えられるから試しにやってみれば?」


 軽いノリで説明するガーネの言に従ってやってみることにした。魔法の呪文は一種のパスワードで、一人一つ決めねばならない。それを唱えると同時に強く念じることがミソらしい。


「アブラカタブラ~」


 後から変更もできるそうなので、とりあえずそれらしい呪文にした。実際やってみるとあまり格好良くないので後で変えようと思いつつ、念じる。ガーネの鎧が光を発し、目がくらみそうになった。


「って……おい」


 ガーネにいきなりどつかれた。魔王将軍だけあって力はかなり強い。


「いきなり下着だけにさせるんじゃない!寒いんだっ」


 お約束ではあり、大変良い眺めだと思いつつも断念せざるを得なかった。本人の希望もありせめて将軍らしさということで白いビスチェ風の衣装にマントを羽織らせる。本当はビキニアーマーが第一希望だったが、北方に位置する魔王島は寒いのでガーネから断固却下された。


「ふーん、魔王はそういう系が御趣味ですか」


 ガーネに警戒された以上、当然ハンヌにも趣味全開衣装は着せられない。バニースーツを泣く泣く断念し、結局彼女には現代風にブレザーの軍服に決定。さらに参謀ということでアクセントに金の飾緒を付けるという無難な格好にした。ただしミニスカートだけは譲れなかった。先代に引き続き、当代の魔王も時代考証や統一感ということにはまるで無頓着だった。




「ところで腹減ったんだけど、晩飯は出るんだろうな?」


 魔法は使える魔王ジーヴァだが、当然生きていれば腹は減る。このファンタジーな世界の食事でも構わないから何か胃に入れたかった。


「あ、そうだ。忘れてた~。今日はハンヌの当番だろ?」


「そういえばそうだったような。すっかり忘れてました。あーなんだか作るの面倒臭いな」


 将軍と参謀の生活感が滲む会話である。嫌な予感がジーヴァにしていた。


「じゃあ悪いですけど今日は牛丼で良いですよね?私買って来ます。では魔王陛下、お願いします」


 ハンヌが両手を差し出した。


「何?」


「お金です。二〇〇〇円もあれば十分かと」


 釈然としない思いだったが、この際牛丼くらいならと奢ることにした。


「ではハンヌ、行ってまいります」


 敬礼をしつつ、そう言い残すと、ふっと参謀は姿を消した。


 一五分後、帰って来たハンヌはビニール袋を提げていた。中には持ち帰り用牛丼が三個。


(これ魔王の食卓だよな?)


 石造りの壮麗な城。その食堂は広く、晩餐会もできそうな長いテーブルに吉〇家の牛丼が並んでいる。侘しいというか、いつもと変わらない食生活が広がっている。それを食すリクルートスーツ姿の魔王と将軍、参謀。




「あ、アパートのガスの元栓閉めてたか気になるな。ちょっと帰って良いか?」


「え?駄目ですよ。というか魔王になった以上一度帰ったら、もうこちらへは戻れません。前にそれで逃げられたことがあるんですから」


 無情なハンヌ参謀の一言。続けてガーネ将軍が言い放つ。


「大丈夫、あたしが後で見に行ってあげるから」


 面倒見が良いのか、はめられたのかわからないが、しばらくはここでの生活が続きそうである。せめて勇者の一人でも来てくれれば最低金貨一枚はゲットできる訳なのだが。


「そういえば、ここネット環境あるの?」


「そんなものある訳ないじゃないですか。電気だって無いから、私の魔力で照明を点けてるんですよ」


(な……んだと)


 魔王は絶望した。好きな漫画が原作のアニメが絶賛放送中である。さらに推しの声優が初めて主演を務めるアニメが次クールに控えている。それらが観られない、という事実は彼を奈落の底へ引きずり落とすには十分なものであった。


「あたし達が構ってあげるから。だからそれぐらいで泣くな、魔王!」


 ガーネもハンヌも十分魅力的な存在である。だがそれはそれ、これはこれ、である。初日、数時間にしてへこたれそうになる魔王ジーヴァ一三世であった。

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