八百長魔王とガチ勇者 ~楽勝魔王生活のはずが勇者からマジで命を狙われました~

介川介三

第1話「怪しいスカウト」

「あなた、良い才能をお持ちですね。うちで働いてみませんか?」


 そんなこと一度で良いから言われてみたい、と加藤勝かとうまさるは思っている。もちろんそんなことは一度たりとてなかった。今日までは。




「あそこも駄目か。筆記じゃ行けると思ったんだけどやっぱり面接がなぁ」


 勝は大学四年でいわゆる就活生だった。既に周りの友人達は卒業旅行がどうの、事前研修が始まってどうの、と景気の良い話で盛り上がっていた。一人取り残された彼は焦っていたが決まらないものはしょうがない。


 新橋はサラリーマンが多い街で、駅前のSL広場を行きかう人々もスーツ姿が多い。その人達は皆就活に成功した人ばかりだと思うと、増々彼は自分がダメ人間のように思えて来たのだ。何の技術も才能も無い。お先真っ暗の人生ならば、いっそ全く別の世界へでも行ってみたいと思っている。


「あの、もし」


 話しかけて来た女性がいた。自分と同じくらいの歳だろうか。上下とも黒のリクルートスーツに身を包んでいた。明るい印象でかなりの美人……というよりかわいい感じの子であった。特に目が行ったのが非常に立派な胸部を持っていることだった。それだけで思わず好印象を得た勝だったが、冒頭の一言を言われたことで彼は一気に警戒感を持ってしまった。


(いきなりそんなことを言うなんて。昔の自〇隊じゃあるまいし……)


 上手いことを言って高い健康器具やら絵を売りつけようとしているんじゃないか。あるいはうっかりついて行ったら怖いお兄さん達が大挙して現れるだとか、そんな怖い妄想が頭に浮かんで来たのだ。


「いや、俺にそんな才能なんて無いすよ。それじゃ……」


 適当にあしらって逃げようとした勝だったが、腕を掴まれた。強引だなと思って、振り解こうとしたが余程力が強いのかビクともしない。背丈は女性としては高く、一七〇センチある彼と遜色無い。それにしてもコンクリートの像のように固まって少しも動かないのだ。


「お願いですから話だけは聞いて下さい。というか聞いてもらいます。じゃ、そこの喫茶店へ行きましょう~」


 随分強引だなとは思いつつ、勝はコーヒーを奢ってくれるという彼女の言を信じて行ってみることにした。もし変な宗教の勧誘だったとしても、逃げ足だけは自信がある。それならばこの巨乳美女としばしのお茶というのも悪くない、という助平根性だった。




「連れて来たよ」


 女性の言葉に、仲間らしいもう一人の女性が反応した。よくあるチェーン系喫茶店の入口で彼女は待っていたようだ。こちらも歳は同じくらい。無個性な紺のスーツで、フレームの細いメガネにクールでスマートな印象を持つ正統派美人である。


 いきなりあまり人生でお付き合いを持ったことのないような女性二人を前に、勝はすっかり混乱していた。自分の意志と体のコントロールが効かないような感覚に襲われ、言われるがままに喫茶店へ入店した。


(逃げる準備だけはしとかなきゃな)


 そう思いつつ、彼は窓際の席に座らされ横に最初の女性、向かいにメガネの女性という形になり早々に逃げ場を失った。まずいなぁ、と思いつつも不思議と不安感は無い。


「俺に才能がある、っておっしゃいましたけど。どういうことなんですか?」


 出されたお冷を口にしつつ最大の疑問にとりかかった勝。するとメガネの方は突然とんでもないことを言い出した。


「魔法です。あなたは魔王となるに相応しい、強大な魔力をお持ちです」


(あっ……。やばい人だ。逃げよう、今すぐ)


 勝は席を立とうとしたが、横の女性がその筋力でもって彼の両膝を強引に抑えつけていた。美人の女の子に膝を触られるという嬉しいシチュエーションではない。力でねじ伏せられていると言った方が相応しい。


「最後までお話は聞いて下さい、加藤勝さん。私は魔王参謀ハンヌと申します。それでそちらは魔王将軍ガーネ」


 メガネをくいっと上げながらハンヌは言った。横のガーネもそれに合わせてにっこりと笑って見せる。見た目は日本人だが、名前がもうアニメかゲームにでも出てきそうなあたりで相当危ない雰囲気を醸し出している。それでいて初対面の自分の名前を既に把握しており、とても逃げられそうな状況ではないと彼は悟った。


 ウェイトレスがコーヒーを持って来た。喉の乾いていた勝はアイスコーヒー、ハンヌも普通のホットコーヒーだった。だが横に座るガーネは舌の噛みそうなナントカフラッペコーヒーのLサイズ、それだけでもかなりの分量があるが、さらに軽食のサンドイッチまで頼んでいた。


「あ、来た来た。じゃあ、いただきまーす」


 ガーネは最初の礼儀正しさは消え、さっそくサンドイッチに手を伸ばそうとしたが、ハンヌの手がそれをはたき落とす。


「ちょっと何勝手に頼んでるのよ。領収書で落ちるからってやりすぎじゃないの?」


「えー、たまには良いじゃん」


 この魔王参謀はかなりお金に厳しいようだ。一方の魔王将軍は親切にも(?)、勝にまでサンドイッチを勧めて来る。とはいえ手を付ける気にはなれない彼であった。




「では簡単に状況をご説明いたします」


 ハンヌはカバンから資料を取り出した。青空をバックににこやかな四人家族が肩を組んで写っている。これだけ見れば保険か何か金融商品のパンフレットにしか見えない。ただその家族がどうみても日本人、いや人間には見えない。肌はやや白いのだが、耳が長く横へ張り出したいわゆるエルフ耳といった感じなのだ。服もどこか粗末で古めかしい。


「我々の世界ではティグロ王国とドゥラコ王国という人間の二大強国が覇権を争っています。そこに割って入ったのが私達魔族による魔王軍団なのです」


 つまりこの二人の美女は魔族らしい。見た目はただの就活女子大生にしか見えないのだが、本人がそう言う以上はそうなのだろう。勝はただ茫然として話を聞き続ける。

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