第十一回 「募兵」




 二、三百人は集まっていた。 


 ほとんどが、マルルモの従者に誘導されてきた者たちである。


 町の中心部にある広場の奥で、クロエは小高い石段の上からそれを見ていた。


 マルルモの指示通り、腰に桃花剣をいて、持っている中では一番立派に見える衣装で身を包んでいる。


 近くで控えているハルヴァとガトラシャは、落ち着かない様子だった。


 特に、ガトラシャは今にも飛び出していってしまいそうなほど気が立っている。


 無理もない。


 こうしている間にも、集落への攻撃は続いているのだ。


 二人からすれば、どうにも我慢ならない思いだろう。




「じじいめ、何を企んでやがる」




 朝飯にかぶりつきながら、ミドラが広場を見渡した。


 もうすぐ朝の市場が開かれることもあって、混雑は相当なものだ。


 洪水を逃れて高台に登ったような格好の自分たちだけが、どこか居心地悪く浮いているように思えてくる。




「私は、何となく予想がつきます」




 イリオラは、手矛の手入れをしていた。




「何だ?」


「一刻を争う状況です。あの老人も、それが分からないほど愚かではないでしょう」


「もったいぶるな。さっさと言え」


「気が短い。寝不足ですか?」


「ご存じの通り」




 一夜を明かしたが、眠気はまだ来ていない。


 ミドラも、それは同じだろう。


 魔力による身体強化は、筋力だけでなく、身体機能そのものを活性化させる。


 ある程度の武芸者ならば、その気になれば不眠不休でも動き続けることができるのだ。


 もちろん、当人の鍛錬次第で限度はあるが。




「とにかく、余裕がない。あなたにも、我々にも、時間にも。その上で、わざわざ人を集めさせたんです。でしょう、これは」


「水増しだ?」




 それまで黙っていたガトラシャが声を上げた。




「あなた方の集落を襲っている賊は、如何ほどの数です?」


「森の中ですので、正確には分かりませんが――数百は」




 答えたのは、ハルヴァだった。


 まずガトラシャが動き、細かいことはハルヴァが補足する。


 クロエは、二人の関係が何となく掴めてきた、という気がしていた。


 イリオラが、ひとつ頷いて広場の方を指す。




「小勢で、あんな数の敵と戦うのはあまりに厳しい。海に注ぐ小川のように、波のひとつでも立てた後は、呑み込まれるだけです。海を割りたければ、勢いを強くするしかない」


「なるほど。水増し、ですか」


「それしかない、と思います。どれだけ集まるかは、分かりませんが」


「おい、何の話だ」


「トラ。少しは考えろ」




 意図を掴みかねたガトラシャが不満を露わにするのを、ハルヴァがたしなめる。


 朝飯を呑み込んだミドラが、指をひと舐めして続けた。




「はっ、そういうことかい。確かに、事を構えようにも頭数が足りないってんなら、やることはひとつっきゃないわな」


「——義勇の兵を、つのる」




 言ってから、クロエはそれが途方もないことのように感じていた。




「クロエの評判は、昨日見た通りだが。はてさて、それだけで力を貸してくれようって馬鹿がどれだけ居るかな」


「いくらなんでも、って感じっすねー。町に駐屯してる兵隊に訴えた方がまだましっす」


「少しは気を遣え、ルルディア。そこの二人は、その兵隊の牢を抜け出してここに居るんだ」


「いやァ、牢番に『出たければ、渡すものを渡せ』と、露骨に言われたもので。つい」




 決まりが悪そうに、ハルヴァが手を頭の後ろに遣った。


 平時における軍兵の仕事とは、町の治安維持や警備で、ほかに、牢獄の管理もそのひとつである。


 大きな都市になると、駐屯軍とは別に、武官である捕吏の役人がその部門の兵を従えているらしいが、こういった地方の町ではそのあたりはあいまいで、駐屯兵の指揮官がすべてを取り仕切ることもままあるらしい。


 もぬけの殻になった牢に気付いて、今頃は騒ぎになっていることだろう。




「……役人や軍人も、賊と変わりません。自分たちが得をすることばかり考えて、それで世が乱れています。彼らがもう少しだけ職務に忠実で、もう少しでも廉恥の心があれば、賊が蔓延はびこってなどいないはずです」




 ハルヴァが吐き捨てるように言った。


 膝に遣った拳が、震えている。




「……そうさな。だが、そのために、あたしらみたいな者が居る」


「あなた方——冒険者、ですか?」


「それも、たまらん名前だとは思うがね。馬鹿みたいで。……どうせ、世間からは連中だ。国がどうしようもないなら、てめえらでどうにかしようってだけの話さ」


「ミドラさん」


「だろう、クロエ?」


「——はい、まさしく」




 頷いたクロエに、ミドラも笑みを浮かべた。


 もちろん、すべての冒険者がそういったことを思っているわけではないだろう。


 力におぼれて、賊よりも始末が悪い存在になる者も少なくないはずだ。


 だが、クロエにとっては、それはどうでもいいことだった。


 自分の目指すべき冒険者としての道だけは、はっきりとしている。




「しかし、兵を募るのが、商人のやり方なのか?」




 仲間のひとりが、ふと声を上げた。




「確かに。私たちには、思い付かなかった一手ではありますが……」


「むしろ、金をばらまいて傭兵を連れて行こうって方が、それらしいな」


「そんな連中なんて、何の役にも立たないでしょう。戦うどころか、もらうだけもらって、途中で逃げ出してしまうかもしれない」




 冷たく斬り捨てるハルヴァに、ミドラが肩をすくめる。




「それが、傭兵の辛いところだな。それ専門で生業なりわいにしてる連中なら、信用ってもんもあるだろうが」


「結局、マルルモさんは何をするつもりなんでしょうか?」




 クロエは、隣に腰掛けているミドラに向かって首を傾げた。


 マルルモが自分を使って何かを始めようとしているのは確かだった。


 だが、その何かがいまひとつ見えてこない。




「さて。案外、てめえのところの商品を実演販売させよう、とかかもな」


「まさか。……募兵のついでにですか?」


「冗談だよ。あのじじいの腹の内は、あたしらには読めん。いっそ、本人に聞いてみな」




 ミドラが、あごをしゃくった。


 そちらを見遣れば、石段の下からマルルモが上がってくるところだった。




「頃合いだ。ほれ、出番だぞクロエ」


「わたしは、何をすれば?」


「特別なことはせんでもよい。ただ、お前さんの思いの丈をぶちまけて来い」




 促されるままに、クロエは石段を降りて、奥にある舞台に近付いていった。


 後ろには、ハルヴァとガトラシャ、そしてミドラたちが続いている。




「おい、あれ」


「おお、クロエ・ルルーだ。後ろのは、昨日酒場で暴れたっていうルベリア人か?」


「兵隊に捕まったって聞いたが、何で連れ立って居るんだ?」




 舞台に上がったクロエたちに気付いて、集まっていた者があちこちで声を上げた。


 数百の視線を浴びて、クロエは僅かに身を固くした。


 マルルモも、いい加減なことを言ってくれたものだ。


 少しばかり名が売れているだけの自分のような小娘に、いきなり募兵などできるものか。


 やがて壇上の中央に立ったクロエが聴衆を見渡すと、人数相応にざわめいていた広場は、次第に声もなくなっていった。


 面々のただならぬ様子を察したのか、あるいはうわさのクロエが何を言い出すのかを期待して待っているのか、とにかく辺りには異様な静けさが満ちている。



 何を言えばいい。



 頭の中でぐるぐると迷い、ややあってクロエはそれらをすべて捨てた。


 自分には、カエサルのような人望も才気もない。


 それが、どうして言葉だけで人を動かせるものか。


 語る術を持たないならば、持たないなりにせめてこの憤りだけでも伝えなければなるまい。


 クロエは、心配げに見遣る一同をよそに、思い切り息を吸った。






「……わたしはっ、魔術師にして冒険者、クロエ・ルルー――――――‼」






 魔力の乗った大音声が、それまでの空気を薙ぎ払うかのように広場に響き渡った。


 声だけではない。


 クロエの身体から発した膨大な魔力が、怒濤のような勢いで以て聴衆を圧倒していた。


 しびれるような衝撃に、前の方ではる者すらいる。




「この二人は、ハルヴァ・ギヤン! ガトラシャ・クルグ!」




 振り向かずに言ったクロエに、二人が慌てて前に出た。




「この二人の集落が、今も賊軍の攻撃を受けている! この者たちが呼んでくる助けを頼りにと、必死に耐え忍んでいるのだ! だが、軍兵は話を聞こうともせず、彼女たちを牢内で侮辱する始末!」




 クロエは、勢いのままに踏み出した。




「わたしたちは、二人と共に賊を討ちに行く! 諸君、アンカルニアの勇士よ、心に情義ある者よ! 怠惰な軍兵になり代わり、正義を成そう!」




 クロエが叫び終わるや、その場は喧騒に包まれた。


 聴衆が口々に戸惑いの声を上げ、クロエたちを見上げている。


 誰も、名乗り出るものはいない。


 やはり、駄目か。


 悔しさに拳を握った時、人の波がわずかに揺れた。


 眼を伏せていたクロエの正面で、海が割れるかのように道ができていく。




「ぎ、ギネロだ」


「ギネロの親分が⁉ 見ろ、子分共も連れてるぞ」




 出来上がった道を、壮年の男に率いられた十人余りが近付いてくる。


 舞台から少し離れたところで、先頭の男が足を止めた。




「俺ァ、この町のならず者をまとめてるギネロってもんだ。良い声でわめきやがるあんたに、ひとつ聞きてえことがある」




 筋骨隆々とした体躯に似つかわしく、低く、圧するような声だった。




「どうして、あんたがそんなことをする? この町に来たばかりで、何の関わりもねえ。それどころか、聞けば襲ってきた相手だっていうじゃねえか。まともとは思えんぞ」




 顎に手を遣りながら、ギネロが眼を細める。


 適当な返事でもしようものなら、ぶった斬ってやる、と言わんばかりの気を発していた。


 かばおうとするハルヴァたちを止めて、クロエはギネロを見返した。




「襲われたんじゃない。わたしのうわさを聞いて、力を試そうとしただけだ」


「小英雄、のうわさか。はんっ。その英雄様は、正義を成さずにゃいられねえってわけか? ご大層にこんな場まで整えて、ごっこ遊びを押し付けようってか」




 気色ばんだギネロに、クロエの背後でも殺気が飛ぶ。




「わたしは、英雄なんかじゃない」


「あァー?」


「クロエ・ルルーの後にうわさがある。わたしの前には、わたしの心以外に何もない」


「小賢しいことを抜かしやがる。……だったら、どうしてだってんだ?」


「思うところがあって、この二人に自分を見ている。それで、力を貸そうと思っただけだ」




 驚いたように、ハルヴァたちがクロエを見遣った。




「思うところ、だと。その心とやらを動かしたのは、一体どういう思いだ?」


「……おのれの非力を恥じてなお、逃げ出すことなく、身命を賭して理不尽に抗おうとしている。その覚悟を持った者が、ほかならぬわたしに会いに来た」




 片手を胸に当てて、もう一方で桃花剣をあんずる。






「——それだけで、わたしが剣を執るには十分すぎる」






 クロエは、うなるように言った。


 ハルヴァとガトラシャのため、というだけのつもりはない。


 これはハルヴァたちを助けるための戦いであるが、また自分自身の戦いでもあるのだ。


 何かが報われ、それで消え去るものでもない。


 ただ、夢にまで見た冒険も、これを乗り越えなければ本当には始まらない、という気がしていた。




「……へっ。名声に思い上がっただけの小娘が、ついでに偽善でもおっ始めたかと思ったが、どうも違うな。よく分からん」




 ぼりぼり、とギネロが頭をく。


 それから、舞台に歩み寄るや手をついて、ひと息に登ってきた。




「分からんが、あんたの眼は気に入ったな。うわさで聞いてたよりも、気が合いそうだしな——ちょうど退屈してたところだ。俺らも行ってやらァ」




 差し出された手を、クロエは握り返した。


 声が上がる。




「クロエ! 私も行くぞ!」




 ネルガだった。


 人波を掻き分けて、舞台に駆け寄ってくる。




「——この見事な義勇の持ち主に、儂も力を貸そう! 儂の商品を、好きなだけ持って行ってくれい‼」




 いきなり、離れていたマルルモが声高に叫んだ。


 何を、と驚いているクロエたちに、更に反対側からも声が上がる。




「俺も、力を貸すぞ!」




 人波の中、あれは、マルルモの従者だ。




「……う、うちもだ! 武具なら一通り揃ってる!」


「こっちは、馬だ! この腹じゃ戦えないが、その代わりにいくらでも連れて行ってくれ!」


「お、俺も行くぞ! 俺だって、冒険者の端くれだ!」




 せきを切ったように、方々で人が叫び出す。


 商人は規模の大小を問わず、扱っている商品を気前よく積み、戦いに加わるという者も、ネルガに続いて舞台に集まってきた。


 熱気が、広場に渦巻いている。


 火種はクロエの吐いた気焔だったが、それを使ってき付けたのはマルルモだった。




「おー! みんな代金要らずでくれるって言ってるっす!」


「ついでだ! 貰えるだけ貰っとけ!」


「——旦那。これが、商人のやり方かい」




 舞台に戻ってきたマルルモに、ミドラが口の端をつり上げて尋ねた。




「ふん。利に縛られている内は三流も同然よ。おのれの思うままに人物を動かし、望むように利を生み出してこそ商人の本懐ぞ」



「はー、今回も、脱帽だよ」




 したり顔のマルルモを、ミドラたちが拝む。



 やがて、五十人ほどが集まった。


 それぞれに、剣や盾、鎧を身に着けて、食糧を担ぐ。


 数こそやや少ないが、装備の整った一部隊の出来上がりである。


 馬も、全員に行き渡るほど集まっていた。


 完全装備の、騎兵隊。


 十人余りで戦おうとしていたことを考えれば、格段に向上している。


 数百の賊とはいえ、これで戦い様によっては、容易く敗れるということはないはずだ。



 歓声の響く広場に、つと怒声が混ざり込んだ。





「何の騒ぎか、これは!」




 揃いの甲冑を着込んだ軍兵の一団が、群衆を押し割ってクロエたちのもとへ足音も荒く寄ってくる。


 ひとりだけ装飾の派手な先頭の男は、駐屯軍の隊長らしい。


 クロエは五十騎を従えて、馬上でそれを待ち受けた。




「脱獄犯どもめが! 貴様らが騒ぎの元凶か!」




 ハルヴァとガトラシャが、得物を握った手に力を込めるのが見えた。




「下馬して、ばくに付けい!」


「断る」


「むう! 構わぬ、捕えよ!」




 隊長が手にした指揮刀を振り上げる。


 殺到する軍兵に身構えたハルヴァたちが反応するよりも早く、クロエは桃花剣を抜き払った。


 寸前で切っ先を向けられた兵たちが、慌てて足踏みする。




「この二人を捕えるのは、考え直して頂きたい」


「クロエ・ルルー⁉ 何をする⁉」


「賊を捕えるのが、あなた方の仕事のはず。ならば、この二人ではない」


「なっ⁉ お前は、昨日そやつらに襲われたのではないか! 何故に庇い立てする⁉」


「あれは、手合わせです。それよりも、彼女たちの集落がこの瞬間にも本物の賊に襲われているのです。討伐すべきは、そちらでしょう」




 束の間、隊長は視線をらした。


 賊の討伐要請は、昨日の内にハルヴァたちから出ているのだ。


 それが牢内からのものであろうと、町の警護を第一に考える軍人ならば、周辺の不安を取り除くために偵察くらいは出すだろう。


 眼前の男は、怯懦きょうだか、それとも面倒だからか、ハルヴァたちの要請を苦しまぎれの虚報と決め付け、黙殺する方法を選んだらしい。


 あるいは、賊とつながっているのかもしれない。


 信じられないが、ないことではない、とミドラも言っていた。




「馬鹿な! そのようなたわ言を、誰が信じる!」




 やはり、開き直ってクロエに指揮刀を突き付けてきた。




「軍は、賊を見逃すとおっしゃるのですね」


「賊ならば、ここに居るではないか! アンカルニアを守護する役目として、無用な騒乱を招いた貴様らをただではおけぬ!」




 もうこれ以上、問答をする気はなかった。


 この男が、賊と密約でも交わしていようが、そうでなかろうが関係ない。


 賊と戦うなどご免だ、面倒だ、と無視するつもりならば、それは救いようがない。


 ハルヴァたちの懸命な嘆願に接してなお虚報としか思えない、無能で性根の卑しい者ならばもはやどうしようもない。


 クロエは、手綱を操って駒を進めた。




「結構です。外の賊を討つのに、内の賊を頼ることはない。わたしたちは、今すぐこの町を発ちます」


「なっ、賊……内と、外だと……⁉」


「道を、開けて頂きたい。まだ止める気なら、剣と馬蹄で押し通るまで」


「……‼ ――者どもっ! あの小娘を――」




 喚き立てる隊長を遮って、クロエは馬を駆けさせた。


 すれ違いざま、桃花剣を薙ぎ払う。


 絶句する一同の足元に、斬り飛ばされた指揮刀の刀身が、乾いた音を立てて落ちた。


 腰を抜かした隊長は、ものも言えずに馬上のクロエを見上げている。




「次は、首と胴が別れます」


「き、きき、貴様……⁉」


「討つべき賊を恐れて見ないふりをし、そのために都合が悪くなれば、助けを求める弱者は平気で踏みにじる。あなた方のような恥知らずの首をねるのに、このクロエ・ルルーの剣はいささかのためらいもない」




 桃花剣が陽光を反射して輝くのを見ただけで、隊長とその軍兵は戦意を失ったようだ。


 もう、前を遮るものは何もなかった。




「往きましょう」




 駆け出した。


 後ろからは、ミドラたちが追ってきている。


 町を出た。




「はっはァ。脅しが過ぎるぞ、クロエ。あれじゃ、どっちが弱者だって話だ」


「いやいや、あれぐらいでちょうどいい! 威張り腐ってる軍兵には、いい気味だ!」




 駒を寄せてきたミドラとネルガが、クロエを挟んで笑い合っている。




「ギヤンさん。先導をお願いします」


「分かりました」




 言って、脇をハルヴァが駆けていく。


 徒歩かちで。




「えっ⁉ ちょ、馬は⁉」


「お前は本当に世間知らずだな、クロエ。ルベリア人——というか、基本的に魔族は馬に乗る習慣がないんだよ」


「ネルガさんは乗ってるじゃないですか」


「私は、町で人間に混ざって暮らしてる方が長いからね。それに、この馬は慣れ親しんだ自分のだし。普通の魔族が乗ろうもんなら、馬が怖がって騎乗どころじゃなくなるのさ」




 クロエの募兵を聞きつけるや、ネルガはすぐさま家に取って返して馬をいてきたから、応えるのが遅くなったらしい。


 まさかと思って振り返ると、ガトラシャが平然と騎馬の間を走っていた。




「魔族は、騎兵を持ってないってことですか?」


「いや、魔物や魔獣を騎乗用に飼育してる連中は居るよ。地竜を飼い馴らした、竜騎兵とか」


「竜騎兵……!」




 これまた、クロエの中学生的精神をくすぐる単語である。


 いつかは乗ってみたいものだ、とクロエは決意を固めた。


 西へ、西へ、集団から付かず離れず嚮導きょうどうを務めるハルヴァの背を追う。


 しばらく進んだところで、後ろから追い掛けてくる砂塵に気付いた。




「軍兵だ」


「あれだけ脅してやったのに、追い掛けてくるか。意外だな」


「このままだと追い付かれる。どうする?」


「止まりましょう。背を討たれるよりましです」




 一団が馬首を巡らせて旋回する。


 そこで足を止めたクロエたちに、十騎ばかりが駆け寄ってきた。


 馬上で、それぞれに得物を構える。




「待たれよ、クロエ・ルルー殿! 我らは、追手にあらず!」




 先頭を駆けていた男が、大声で言った。


 馬脚をゆるめて、クロエたちと十歩ほどの距離になる。




「うそっす! そうやってだまし討ちにするつもりっすね⁉」


「嘘ではござらん。賊の討伐に同行したい。軍勢の端にでも加えて頂きたいのだ」


「随分少ないが、あんたらだけか?」


「そうだ。隊を抜け出して来た。あれほどの痛罵を受けては、黙って居残ることなどできぬ。クロエ・ルルー殿。戦う気のない恥知らずな上官よりも、あなたに従って戦いたいのだ。そうでもしなければ、男子として面目が立たぬ」




 男が、頭を下げた。


 一同の視線は、名指しされているクロエに集まる。


 隣のミドラも、じっと見つめてきていた。


 クロエがどう裁くのか、手並みを見てやろうとでも言いたげである。




「……あなた方の勇気と決断に感謝します。端などと言わず、共に戦いましょう」


「ははァ! 粉骨砕身して、賊を討ってみせまする!」


「ま、ルルディアよりは役に立ってくれそうだな」


「どういう意味っすかー‼」




 これで、六十騎余りになった。


 陽はまだ高い。


 クロエは、馬首を返して再び駆け始めた。




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