第三回 「山中三策」




 二日、駆け通した。


 三日目の昼に、乗っていた馬が潰れて、クロエは山道に投げ出された。


 無理をさせ過ぎたのだ。


 朦朧もうろうとする意識の中で、そう思った。


 ここまで休息もほとんど取らずに、昼を夜に、夜を昼に、と突っ走った。


 それも、断続的な戦闘を繰り返しながらである。


 いくら当世の頑強な馬とはいえ、持つわけもない。


 追手は、いつの間にか姿を見せなくなっていた。


 それが、国境を越えたからだ、とクロエが気付いたのは、さらに半日経ってからだった。


 月下に、山々の影が見える。


 王国から見て、南西の国境地帯の奥に広がる、フランメニア山脈だ。


 山中の小川で水をすすり、山頂に陣取ったクロエは、巨木の下でほとんど気絶するように眠りについた。


 






 何かに、頬をでられている感触がした。


 ややあって、それが誰かの手なのだと気付く。


 あれだけ疲れていたというのに、クロエの意識は然したる抵抗も見せずに浮上を始めた。


 水音。


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、クロエは覚醒と同時に跳ね起きた。




「——アルシャ様‼ お久しぶりです‼」


「ええ。しばらくですね、クロエ」




 横たわっていた寝台の傍から、涼やかな声が返ってきた。


 その主は、あまりに可憐な微笑みをたたえた少女である。


 窓から差し込む明かりに照らされ、淡く光る花緑青の髪は、クロエがこれまでと、そしてこれからの人生を費やしても決して他にはお目に掛かれないであろう神々しさであった。




「起きなさい。食事を用意させました」




 上体を起こしたままのクロエに、アルシャが言った。


 言われてみれば、三日も水しか口にしていない。


 思い出したように空腹を訴えてくる身体に苦労しながら、クロエは寝台から抜け出して部屋を出るアルシャの背を追った。




「また、模様替えしましたか?」


「というよりは、新しく館を建てました。土地だけは、いくらでもありますから」


「あァ、道理で。見覚えがなくて当然ですね」


「あなたの館です。いずれ慣れます」


「そういうものですかね――今、何て? わたしの?」


「要りませんか?」


「え、い、いえ! ありがたく頂戴ちょうだいします……!」


「よろしい。庭に出ましょう」




 満足げに頷いたアルシャに続いて、外に出る。


 内装が普通だったので気付かなかったが、館の外観は全体的に雰囲気が違っていた。


 いつも訪れていたアルシャの宮殿はいかにもファンタジーといった石造りの荘厳なものだが、この館はむしろ前世でいうところの東洋風オリエンタルな色味と建材が特徴的である。


 クロエのために建てた、と言っていたので、おそらくは前世の出身地の文化に合わせようとしてくれたのだろうが、微妙に勘違いされていた。


 海をあとひとつ渡ってくれたなら、と思ったが、どちらにせよ現代建築の様式でない以上、国風であろうがなかろうが同じことだ。




「ここには、せっかくなのであなたの郷里に咲いている花を植えてみました」




 館の外には、見渡す限りの庭園が整備されていた。


 クロエたちを圧倒するように、一面の桜に、桃、梅の花、一角には藤の花の姿もある。


 ここからは見えないが、奥に行けばまた別の花が咲いているのだろう。


 眼もくらむばかりの、彩りの壁、いや屋根のごとくだ。


 石畳の舗道が、それらの木々や地上の花垣の間隙をって走っている。


 花吹雪が風に乗って舞う光景はあまりに幻想的で、クロエは思わず感嘆のため息を吐いていた。




「厳密にはまったく同じものではないですが――どうです? 中々のものでしょう?」




 庭園に入って少し行ったところで、開けた空間があった。


 足を止めて振り返ったアルシャは、設置された長卓の向かいを示して、クロエに着席を促している。


 その表情は、やはり少し得意げだった。




「きれいです。……わたし、フラワーパークとか、連れて行ってもらったことなかったから、憧れてたんです。ずっと……」




 アルシャが腰掛けたのを見てから、卓に着く。


 椅子も、ご丁寧に朱塗りの木製だった。




「食べましょう。あいにくと、理解が得られないで料理はこちらのものですが」


「はい! わたし、アルシャ様のごはん大好きです!」


「いえ、私が作っているわけでは――」




 アルシャが何か言っていたが、待ちきれず長卓に並んだ料理にはしを伸ばす。


 箸を持ったのも、実に十四年ぶりだ。




「おいしいです。アルシャ様」




 しばらく、無心で食べた。


 そんなクロエを見ながら、アルシャは笑って杯を傾けている。


 誰も注いでいないのに、その中身がいつまでも満ちたままなのには首を傾げたが、この宮殿内で摩訶不思議な出来事が起きるのも、今に始まったことではない。


 それよりも、今は肉だった。


 卓の上が半分ほど空いた頃に、アルシャが杯を置いた。




「しかし、驚かされました」


「……はい、わたしも、あんなことになるなんて――」




「あなたが勇者を暗殺して逃げおおせるほど腕を上げていたとは」




 神は死んだ。




「アルシャ様——⁉」


「いえ、惜しかった、というべきですね。邪魔が入らなければ、あともう少しでも取れたでしょうが、あの悪漢はどうやらまだ生きているようです」


「誤解ですからね⁉ わたし、そんなこと考えてたんじゃないですから!」


「大丈夫です、胸を張りなさい。失敗したとて、あなたの勇気は決して恥ずべきものでは――」


「そこじゃないですからね⁉ 悔しくて負け惜しみ言ってるわけじゃないですからね⁉」


「ええ、ちょっと酔っぱらって本調子じゃなかっただけ。そうでしょう?」


「その全部包み込むような優しい眼やめてください! あーもう何かそんな気すらしてきた……‼」




 頭を抱え出したクロエに、アルシャが微笑んだ。




「失礼、からかいが過ぎました」




 花も恥じらう笑顔を前に、クロエは口をつぐむほかない。


 仕切り直すように杯をあおってから、アルシャが視線を合わせた。




「しかしながら。実際のところ、王国勇者の暗殺というのは中々どうして妙手だったと思います」




 瞳に宿った光には、真剣な色がある。


 先ほどまでの冗談の延長でないことは分かるが、言葉の真意までは読み取れない。


 元々、クロエは議論好きなたちではなかった。




「どこがです? わたしはそのせいで指名手配までされて、それこそ、国を追われるくらい最悪な状況なんですけど……。旅の第一歩で、思いっ切り頭からすっ転んだ気分です」


「本当に、そうでしょうか?」




 だが、眼前の年齢不詳な少女は、大層な議論好きだった。


 杯の水面に降ってきた花びらをたのしげに眺めて、その向こうにクロエを見遣っている。




「これを、呑んでみなさい」


「ええっ⁉ それって、めちゃくちゃきついのじゃ――」


「クロエ」




 本当にもう、アルシャの言動は自分のような一介の女子中学生には理解しかねる。


 眼力に気圧けおされて、クロエはしぶしぶ差し出された杯を干した。


 次の瞬間、身体の芯まで奔流のようなものが駆け抜けて、盛大にむせた。




「ふむ。やはり人間には耐えられませんか」


「むうううう! これが、何だって言うんです⁉」




 細いあごに指を遣って呑気な感想を述べているアルシャに、クロエはうらめしげな視線を送りながら杯を突き返した。


 既に、中身は満たされている。




「あなたが拒絶したこれを、私は実に美味と感じています」


「……つまり?」


「この薬酒を、勇者暗殺の一件と見なさい。同じものを呑んだとて、私とあなたでは正反対の感想を抱いています。中身は、まるで変わっていないというのに」




 勿体もったいぶった言い方で、アルシャが杯を卓の中央に置いた。




「クロエ・ルルーは、まさしく王国の人間ですね。そして私は、決してその権威に服さぬ者。立場が違えば、与えられたものへの感じ方もまた異なるものです」


「——ははァ、わたしを、王国の代表と。では、アルシャ様は?」




 ようやく、アルシャの言いたいことが分かってきた。


 僅かに身を乗り出したクロエを見遣り、アルシャが我が意を得たり、とばかりに笑みを浮かべて、杯を指で弾いた。


 すると、勢いよく上下を逆に回った杯から、薬酒がふわりとこぼれ、卓から少しばかり浮いた宙に大きな水面を作る。


 薬酒の水面、つとクロエの側を起点に波紋が広がっていき、やがてそれがアルシャのところへたどり着くに至って、クロエは身体に鳥肌が立つのを感じた。




「広く、世を見なさい、クロエ。あなたのような無名の少女が、剣もかず、単身王都に入り込み、堂々と勇者を再起不能にしてみせたのですから――長年王国に虐げられてきた魔族の民は、声を上げて喜び、手を打ち叩いていることでしょう」


「わたしの、うわさが……⁉」


「西の魔族だけではありません。あの卑劣漢に泣き寝入りを強いられてきた王国の民も、心中ではあなたを称賛しているはず」




 ふと、リディアの顔が過ぎった。




あまねく、声を聞きなさい、クロエ。『諸魔術師の王マグア・マグアルム』とは、最強であることの証。しかし、それは万人に認められてのことです。たとえ魔族の民であろうと、あなたを推すことはできる。逆も、然り」


「逆、ですか?」


「王国の貴族や善良な民がどれだけあなたを憎もうと、あなたを脅威と思わせれば勝ち、あなたが強いと、恐れさせ、敵に認めさせればそれでいい、という理屈です」




 それは、クロエには思いもしなかったことだった。


 数多の冒険譚を我が教科書、人生のはんとしてきたクロエにとって、勇者という存在は、自分の冒険の旅と不可分のように思われたのだ。


 まず勇者が在り、そして勇者が既に居るならば、自分の夢をせるのはその傍でだ、と。


 だから、勇者とその周りが腐っていると知った時、どうしようもない絶望すら覚えた。


 しかし、しかしだ。




「わたしは、勇者じゃない。一介の魔術師です」




 一番大切なことを、忘れていた。


 馬鹿めが、気付かない間に、ずいぶんとお利口になってしまっていたようだ。


 そうだ。


 型にまって、どうなる。


 何を、諦めることがある。


 自分は、勇者の仲間に憧れていたのではない。


 出発の日にも、言ったことではないか。




「それは、何処どこへ往こうと変わらない。だから、だからこそ――クロエ・ルルーは、ひとりの魔術師として、在りのまま世に出ればいい……‼」




 自分こそが主人公であり、そして今世においては、単なる夢や憧れではなく、もはや我が人生なのである。






「——我がしもべよ‼ 己の信念を貫きたければ! 西へ! 西へはしれ、クロエ! あなたの天命は、きっと其処そこに在る‼」






 アルシャの透き通った声が、クロエの胸を打った。


 いつの間にか、椅子を倒して立ち上がっていた。


 西へ。


 行ったことも、見たこともない土地だ。


 だが、自分の声が届いた大地だった。

 







 食後には、茶が出された。


 気が付いたら、まるで初めからそうであったかのように、硝子ガラスに似た容器が卓上に置かれていたのだ。


 今更、驚くまい。


 茶を一口含んで――これまた厳密には、よく知った茶ではないらしい。確かに、色は似ているが、まるで味わったことのない独特の香りである――クロエはアルシャに向き直った。




「――とはいえ、指名手配だけは何とかできませんか? 王国には、わたしの家族が居ます」


「道理ですね」




 啖呵たんかを切った手前、いささかの気恥ずかしさがあったが、アルシャは間を置かずに答えてくれた。




「ふむ。何か手を考えましょう」


「アルシャ様! ありがとうございます!」


「我が僕のためです。これくらい、どうということもありません」




 クロエにとって、アルシャは主君である。


 二人が出会ったのは、今から十四年前、それも実に奇妙な縁によるものだった。




 当時、まだ日本で女子中学生をしていたクロエは、独特な習慣を持っていた。


 端的にいえば、はまったく世に知られていない宗教の開祖だったのだ。


 いかにも誤解と偏見を招きそうな文言ではあるが、実際そうなのだからしようがない。


 いたいけな少女の名誉のためにあえていうならば、それは思春期を迎え、中二病と称される死に至る病にかかりながらも、懸命に人生の過酷さと向き合っていたひとりの中学生が、日々の生活の糧を精神世界に求めた、というだけのことなのだ。


 難しいことはない。


 冒険譚好きが高じて、自分だけのオリジナルな神の名前を考えてみよう、だとか、あれこれどうこうという設定があったら格好いいな、だとか、出発点はそのようなものだ。


 誰でも一度は考えるような、遊びの延長である。


 ただ、手遊びと断ずるのは容易いが、彼女は真剣だった。


 敬虔な信徒がひとり。


 存在するはずもない神に向かって、妄言を繰り返している。


 普通なら、それで終わる話のはずだった。


 しかし、不幸にして若く――いや、決して彼女の不幸はそれだけではなかったのだが――死を迎えた少女を待っていたのは、自分が祈りを捧げていた神と同名の、異世界の神であった。




 それから、新たな身体と生をたまわって、クロエはかねてよりの夢を叶えるために生きてきた。


 魔術も、アルシャが手解きをしてくれたのだ。


 孤児院の家族に対する情とはまた違うものの、主君や恩人という礼以上の想いを、クロエはこの古神の少女に抱いている。




「三つ、あります」




 ややあって、アルシャがつむっていた双眼を開いた。




「ご、ご教授願います」




 居住まいを正したクロエに、アルシャが長卓を指で小突いた。


 そこに、梅の花が、ぽんっと現れる。




「ひとつは、今から王国へ取って返し、あなたの家族を連れて再び脱出すること。往路も復路も、魔術頼りの強行軍になります。これが、下策」


「王国は、やはり警戒を強めているでしょうか?」


「相当に。勇者が狙われたとなれば、名誉と威信にけてそれ以上の害を防ごうとするでしょう。勿論、公表はされないでしょうが」


「わたしも、幼い妹たちを連れて逃げ切れる自信はありません」


「ええ、あなたはともかく、他の者には危険極まりない。――ですが、あなたへの見せしめに孤児院の者たちを処刑する、などということがあれば、無理を通す必要も出てきます」




 それも、考えていたことだった。


 行方をくらませたクロエを誘い出すためならば、あの腐った貴族連中はそれくらいのことはするだろう。


 あるいは、単なる腹いせに終わったとしてもだ。


 一方で、おそらく手出しは難しいだろう、とも思っていた。


 クロエは無名の田舎者であり、王都に知り合いも居ない。


 リディアにも、詳しいことは聞かれなかった。


 広大な王国領内で、少女ひとりを手掛かりなく探すのは、不可能でなくとも相応に時間を要するはずだ。


 加えて、リットメウは王都から見れば辺境の土地で、故に一帯の領主である貴族も中央には反発心を抱いている。


 居場所を知られたとて、容易に事が進むはずがない。




「……そうですね。今、彼女たちを動かすのは、かえって弱みを悟られることになるかもしれません。私が見ておけば、最悪の事態もどうにかできるでしょうし」




 クロエの意見を聞いて、アルシャが頷いた。


 基本的に、アルシャはこの宮殿から外には出れないはずだが――いや、最強美少女たる我が主、我が神がく言うならば、何か考えがあるのだろう。


 アルシャに全幅の信頼を寄せるクロエは、疑うことなく次を促した。


 また、卓が叩かれて、先ほどの梅の隣に、今度は桃の花が生じた。




「もうひとつは、このまま西へ進み、おそらく部隊を再編して出征してくる勇者一行を待ち受けること。これが、中策」


「勇者たちも、西へ?」


「おそらく。それが、王国勇者の伝統だとか」


「伝統……? でも、わたしは、王国の者に見つかるわけにはいきません」


「クラルヴァイン家の長子はまず出てこられないでしょうから、次に勇者役を務める副勇者がまともな人物である可能性はあります。説得して、誤解と分かってもらえればそれで指名手配など取り下げられるでしょう」




 いわれてみれば、最大の元凶は既に取り除いている。


 副勇者、という制度があるのは初耳だったが、確かにそれならば説得の機会はあるかもしれない。


 さすがに、二人の勇者がそろって愚物、などということはないだろう。




 ――多分。




「話し合いが決裂しても、やりようはあります。勇者たちの目的さえ分かれば、先回りしてあなたがそれをかすめ取ればよろしい」


「えっ⁉」


「功績を手土産に凱旋すれば、国王も無視はできないでしょう。その場で、逆にクラルヴァインこそが国賊だと訴えるのです。あの卑劣漢の悪評は、それこそ貴族なら暗黙の了解でしょう。五大貴族などというならば、当然派閥争いもあるはず」


「う、上手くいきますか、それ?」


「王国の民が、王が、どれだけ道理と名誉を重んじているかによります」




 つい三日前に、貴族の筆頭とやらを破廉恥と罵ったばかりなのだが。


 クロエは、ふと頭を抱えたくなった。


 いや、まだだ。


 希望を捨ててはいけない。


 策はまだひとつ残っている。


 最後に、桜の花が咲いた。




「そして、同じく西へ進み、王国への恨み深き彼の地で、仲間を探し同志を募り、反王国の旗を掲げること。然る後に、それらを率いて一挙に王都を陥落せしめる。これが、上策」


「やり過ぎじゃないですか、それ⁉」




 思っていた冒険の旅と違う。




「おや、第二の故国とはいえ、やはり愛国心がありますか?」


「そういう問題⁉ わたしは、クラルヴァイン一味に恨みがあるだけです! 王や民衆には、何ら思うところはありません! ……今は」


「ふむ、あなたが王になるというのも一興かと思いましたが……」


「家族のために国を亡ぼす決断を女子中学生に求めないでください」




 このままでは革命家にされてしまう。


 納得いかなそうに呟くアルシャに、クロエはそら恐ろしいものを感じていた。








「――では、出たとこ勝負ということで」


「そうなんですけど、もうちょっと言い方ありませんでした?」




 石畳の舗道を、二人で並んで歩く。


 アルシャから、食後の散策に庭園を見回ろう、と誘われたのだ。




「案外、その方が愉しいかもしれませんよ? 退屈せずに済みます」


「アルシャ様が、ですよね?」


「私は、いつもあなたを見守っていますから。我が僕よ」


「それは嬉しいですね。いつも感謝してます、我が主よ」




 半眼で見遣るクロエに、アルシャが愉快げに肩を竦める。


 結局、クロエは仲間を集める、という当初の望み通りのところだけ上策から採用し、大まかな方針としては中策を選んだ。




「いいですか? 万一、副勇者が悪漢で交渉が決裂しても、無茶はしないように」


「具体的には?」


「首をねたり、胴を両断したり、魔術で中央大海ミレイ・ケントゥッリまで吹き飛ばしたり――」


「しませんよ⁉」


「いいえ、分かりません。あなたは、激情家の面がありますから。しかも無鉄砲。短絡的。考えなし。いつまで経っても頭の中が中学二年生」


「――それ以上言ったら泣きます」


めているのですが」




 致命的な価値観の違いを見た。




「丸腰というのも、恰好が付かないでしょうから。これを」




 先ほどの桃の花を、アルシャが差し出した。


 受け取ったクロエの手の上で、ぱっと光るや、桃花が白剣に姿を変える。


 抜き払い、陽の光に照らしてみた。


 重さ、長さも申し分なく、手になじむ。


 剣身に独特な文様が彫ってあるのも、クロエの中学生的嗜好に合っていた。




「ありがたく」




 両手で剣を掲げ持って膝を着いた――当世において剣礼、と呼ばれるしぐさである――クロエの頬に、アルシャが手を伸ばした。


 ひと撫でしてから、耳に触れる。




「――ぃぃい⁉ めっちゃぞくぞくしたんですけど……⁉」


「多言語翻訳の魔導具を、埋め込んでおきました。これで、会話に不自由はしないでしょう」


「え? 今なんかすごいこと言いませんでした? わたしの耳は⁉」




 無言で微笑むアルシャが怖くて、それ以上何も聞けなかった。


 散策を終えて館の近くまで戻ってくる。




「そろそろ、向こうでは夜が明けますね」




 桜の木を見上げながら、思い出したようにアルシャが言った。


 古神であるアルシャは、古代の大魔術で生み出した異空間に宮殿を建てて住んでいる。


 外の世界とは時間の流れが異なるらしく、こちらは真昼間だ。




「じゃあ、そろそろお暇します」




 館の居室に戻って荷袋を用意し、下賜された剣を佩いてから、クロエはアルシャに別れを告げた。


 庭の一角、東屋のような建物に設置された、外界への転移魔術陣の上に立つ。




「ようやく念願の冒険ができるのですから、存分に」


「はい、アルシャ様」


「困ったことがあれば、またいつでも来なさい。私は、『祈りを聞き届ける者』です」


「へへへ、優しいアルシャ様、大好きです」


「変わった祈りの言葉ですね」




 浮遊感。


 気が付いたら、また山頂に立っていた。


 鳥の声。


 陽気に慣れ切った身体に、冷たい風が吹き抜けていく。


 東の空が、明るみ始めていた。


 西、最果て。


 未だ夜空の下に広がる大地は、どこまで続いているのか。


 これから、夢が始まるのだ、とクロエは思った。

 



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