第47話 新人教育[Jupiter,Diana]
とある山奥に聳える貫禄ある旅館には、人間には知られざる裏の顔が存在する。
かつては人だった人ならざる者達――死神達の会合の場。上層部のウラヌスと繋がりを持つ女将が、臨時休業という体で人間を遠ざけ、提供してくれる場所だ。
午前の会合が終わり、昼食を待つ間。普段は開放されていない地下室にて、先輩の死神から戦闘の指南を受けていた宇野樹は、人間だった頃には想像も出来なかった激しい痛みに呻きながら、床上にうずくまっていた。
「う……」
上腕に受けた傷。脛に受けた傷。いずれも最大限の加減が施された浅い傷だ。にも関わらず、樹には立ち上がることが出来ない。いや、立ち上がるのが怖かった。立ち上がり、再び立ち向かえば、更に痛みは増えるのだ。
「だいぶ太刀筋が良くなってきたわ。飲み込みが早いのね」
落ち着きのある静かな声と共に、ゆったりとした足音が近付く。顔を上げると、小柄で華奢な女の死神が佇んでいた。
「けど、まだ全然……」
「焦る必要はないわ。貴方に戦闘を任せるのは、もう少し先の話。焦らず、ゆっくり力を付けていけば良いのよ」
差し伸べられた手を取り、身を起こす。怪我と痛みへの恐怖は、尚も続いている。
「貴方の太刀筋には、まだ迷いがあるわ」
座り込んだままの樹を見下ろしながら、ディアナはおもむろにそう切り出した。
見透かされていた。自覚していたため、動揺も大きかった。
「貴方の生前の話、少しだけ聞いたわ。貴方はとても優しい子なのでしょうね。人が好きで、人が傷付くのをよしとしない。傷付いた人を放っておけない。そういう子」
「そ、それは……」
自分を優しいと思ったことはないが、本質のほとんどを言い当てられて、驚くと同時に不安に見舞われた。ディアナの次の言葉が、聞く前から分かってしまったからだ。
「けれど、命の遣り取りにおいて、その優しさは弱みにしかならないわ。弱みを見せれば、待っているのは死――消滅よ」
ドクンと心臓が跳ねる。頭では分かってはいたのに、こうしてはっきりと言葉にされたことで、自分の中に残っていた淡い期待は打ち砕かれた。
「そうならないように、わたし達は出来る限りのサポートをするけれど、最後に自分を守るのは、自分自身なのよ」
「……うん」
ようやっとのことで頷いた樹だったが、そんな彼の細声は、聞き覚えのある大砲のような大声に掻き消された。
「ねー、聞いてよー!」
空気を破壊しながらづかづかと入室して来た燿が、やや呆れた様子を見せているディアナに、早速愚痴をぶつけた。
「アポロに締め出されちゃったんだよ! 俺はただ、メルクリウスと親睦を深めてただけなのに!」
「貴方のことだから、またあの子を泣かせるようなことをしたのでしょう?」
「……してないよ! 揃いも揃って失礼な!」
燿は否定したものの、否定までやや間があったため、樹はあとで問いただす決意をした。
「あれ? ユピテルいたの?」
「いたよ……」
燿がようやくこちらに気付く。いや、わざとかも知れない。
先程までとの落差に眩暈がした。こうなると、鬱々としていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
大鎌を拾い、立ち上がる。いま何時だろうかと樹が携帯電話で確認しようとした時、燿がしれっと言った。
「ご飯だってさ」
「……それを早く言いなさい」
ディアナと一緒に脱力した。自分が何で悩んでいたのか、樹はとうとう分からなくなった。
【To be continued】
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