第47話 特別ルールは目の前
コウスケのバッティングは綺麗なセンター返し。キャプテンの一打に活気付く味方のベンチ。次は自分の打席だというのに、周りの熱に
更に一塁ベース上、逞しい腕を高々と挙げる偉丈夫の姿が眩しく、心の奥底から熱い思いが沸き立つ。それが喜びなのか、嬉しさなのかは分からない。ただただ、はしゃぎたくて仕方がない衝動。抑え込むも溢れ出す、握る拳には行き場のない力が伝わる様だった。
「よっしゃ」と呟くように、だが聞こえるように、聞かすように声を漏らした。(俺は見たぞ、お前の勇姿を見届けたぞ)とでも、俺は言いたかったのかも知れない。
ここですかさずケンゴが動く。
「代走、ハヤト先輩!」
キャプテンに代わってのランナーである。主将の急な幕引きに場は騒然とする。
「いいのか?」
自分の漏れた疑問に対して、返答をしたのはコウスケ本人だった。満足そうに「いいんだ」とハッキリとした言葉を放った。
「どうだ。内角だぞ。それをセンター前だ」
「練習の成果が出たな」
屈託の無い笑顔で、偉丈夫は一塁ベースを見た。先程、交代の知らせを聞いたハヤトがベース上でぴょんぴょんと跳ねながら、屈伸やら伸脚やらを入念に行っている。そして、コウスケは、その先のセンターの守備位置。外野の芝生を眺めていた。
「俺が打てたんだ。シンジだって打てるさ」
「いや、それでも、この後の守備が……」
「もう、打てなかった時の事を考えてんのかよ。ったく情けねぇな。俺はレフトの他にサードも、セカンドもショートだって出来んだぜ」
ヨシユキが居ても立っても居られず、と言った様子で一歩前に立つ。
「そういう事だ。キャプテンとはいえ俺の代わりなんざ、誰でも勤まんのよ。でも、お前の代わりは、そうは居ない。頼んだぞ、シンジ!」
「ネクスト、バッター」
野太い主審の声が進行を促す。
「言いたいことはあるかもしれない。でも代走案は、みんなで決めたのよ。自分だけが困りますで、断る権利は無いわよ」
「そう……なのか」
ベンチ内、皆の顔がコクリと頷く。信頼される事の喜び以上に、プレッシャーが重い。「打たなければならない」という四番打者、スラッガーにのしかかる重圧が、自分の表情を歪めている事は間違い無かった。アオイの少し心配そうな、ぎこちない笑顔が物語っていた。
「そんな顔しなさんな。大丈夫よ。三振したら思いっきり笑ってあげるから……思いっきり振って来い!」
最後まで好投し、チームを引っ張って来たアオイに、トンッと背中を押されて打席に立つ。トンッとホームベースをバットで軽く叩くと、なんだか胸の鼓動が一つ大きく高鳴った。送り出してくれたアオイの顔が、妙に鮮明に頭の中に残っていた。
ツーアウト、ランナー1塁。急な値千金のチャンスの到来。「俺の代わりなんざ」と言った男から出た、気を衒ったような安打。
勿論、ケンゴからは盗塁のサイン。早い段階から仕掛けていく。が、相手左投手は牽制を二回と、時間を掛けて慎重に対処する。ハヤトのリードが半歩ほど縮まされるように見えた。
相手投手は足を上げ、一度ランナーを見て威嚇。そして、素早くクイックモーションで投げる。
「走った!」
内野から聞こえる相手選手の声。ハヤトは少し出遅れていた。盗塁が失敗してしまえば、この作品は元も子もない。コウスケの希望の一打も梅雨と消える。
放たれたボールはストライクゾーンのやや高め。盗塁を防ぐための逃げ球が内に入って来たのか、勝負球が抜けて甘い所に入って来たのかは、分からない。
ただ分かっているのは、このままでは不味いと言う事だけ。盗塁が失敗し、ハヤトが捕殺されてしまえば、このまま特別ルールの延長戦。ヨシユキはコウスケの代わりにサードを守るしかない今、不安定なユイナが、嫌でもマウンドに立たなければならない。
この策が失敗する。それは完全に勝機を失うことになる。やっとココまで来れたのに。もっと、このチームで野球が出来ると思ったのに。
(アオイともっと野球がしたかった)
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