第28話 カットボール

 ジリジリと三塁ランナーがリードを広げる。一塁ランナーは手を叩きながら、威圧的な行動を取っていた。

 ピッチャーは落ち着いて、セットポジションから直球を投じる。「走った!」という、リョウタの声に、先程の失策が頭を過ぎる。


「投げろ!シンジ」

 ユウキの声が耳に入る。


 ミットを翻す。三塁ランナーのリードは大きい。二塁へ送球。「走るぞ!」サードのコウスケが声を張る。アオイはグラブを伸ばし捕球を試みるも、ボールはアオイの頭上を過ぎる。


 ここぞとばかりに三塁ランナーはスタートを切る。「走った!」コウスケの声が過去形に切り替わる。三塁ランナーの盛大な足音がホームベースに近づく。


「今だ。ユウキ!」


 ショートは見計らった様に飛び出した。二塁より手前、アオイの後方。すかさず跳躍。グラブを伸ばし送球をカットすると、小さな動きでバックホーム。

 緻密に計算されたホームへの送球は、捕手の左足。ランナーを遮る様にミットが動く。


 掻い潜るランナーが、転がる様にして左手をホームベースに伸ばす。


 ――させるか!もう一点もやらない


 捕球したミットがランナーの左手を追尾する。巻き上がる砂煙。



 刹那、視界が晴れる。


「アウト!」


 主審の右手が高々と上がる。ミットに覆い被さったランナーの左手が、ホームベース手前で力無く項垂れた。南摩中ナインのガッツポーズが輝く。



 二死、ランナーが二塁。一打追加の場面。外野は前進守備。なんとしても、零点でこの回を乗り切りたい。


 ココで初めてキャッチャーのサインに首を振る。ストレートでもない、カーブでもない、シンカーでもない。


 ――アオイは何が望みなんだ。


 考えあぐねた結果、意外と早く答えに行き着いた。使う事のないと思っていたサインを出す。ピッチャーは満足したようにコクリと頷いた。ロジンをポンポンと弾ませ、滑り止めで白く染まった指先をペロリと舐めと、大きく振りかぶった。


 ランナーは意表をつかれ、走ることも忘れて呆気に取られている。


 流麗に動く体躯。大きなテイクバックと大胆な体重移動。そこから放たれるが着くほど速球。


 ――130キロ、あるかもしれない


 バッターの手元でククッと曲がる。スライダーとも高速スライダーとも違う。強いて言うなれば、カットボールに近い横変化。だがしかし、スピードはストレートをも凌ぐ速さだ。直球より早い変化球とか聞いた事もない。


 ズバンッ!


 快音と共にミット収まる。後逸の恐れを左手の痺れる快感が打ち消す。


––そうだ、今はトモヤのリードをしてるんじゃない。マウンドで投げてるのは……


 二球目もカットボール。走るランナーにアオイは一瞥もくれること無く、渾身の魔球を全身全霊をもって放つ。白球が打者の内角を抉り、唸りを上げながら、ククッと曲がる。


「ストライーク!」


 主審の声が高々に響く。めちゃくちゃ楽しい。あっという間に打者を追い込んだ。

 三球目、決め球は狙い澄ましたスローカーブ。カットボールとの球速差は、ザッと見積もっても三十キロ以上はある。山なりの遅球にバットは空を切る。


 余りのキレの良さに、ボールはキャッチャーの手前でショートバウンド。体を寄せ後逸を防ぎながらのブロッキングキャッチを披露する。

 ミットごと、バッターランナーにタッチして、スリーアウトチェンジ。ピンチを切り抜け、あとは最後、七回裏の攻撃に、望みを託すのみとなる。


––絶対に勝ちたい


 勝利への貪欲な思い。これまで以上に、このチームでの勝利を、心から願っていた。

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