第27話 決断

 七回表、一点差で負けている。一死ながら、ランナーは一塁と三塁。打順は一番に戻り、さらに活気づく東中ベンチ。試合の流れは完全に相手が掌握している。追加点は取られたくないが、これといった打開策は見当たらない。


 タイムを取りマウンドに向かう。


(アオイ……すまない。勝ちに、こだわり過ぎた)


 今までの失態、失敗、失策すべてを噛み締める。せめて、最後くらいはアオイに楽しく投げて貰いたい。


「ありがとね。アンタのリードのおかげでここまで来れたわ。さっさと片付けて、さよなら逆転と行きましょ」


 乗り切ったとして、七回裏……最後の回は下位打線。代打策を取れない層の薄い弱小校が、どう足掻こうと、この状況をひっくり返すほどの、余力は何処にも残ってはいない。

 精も根も尽き果てた。今はもう、ただアオイを楽に投げさせるくらいしか、自分に残された仕事はない。


「この試合は敗因は、俺の浅はかな送球が招いた失策によるものだ。負けても責任は俺にある。最後くらいは楽しく投げてくれ」


「敗因……まだ、負けてない。それとも、負けても良いの?勝ちたくないの?」

「そう言ってるんじゃない。ただ、最後くらいは俺の為じゃなくて……」


 どうして俺の為に投げてる何て思ったんだ。一度も首を降らなかったからか……浅はかだ。それが、俺の為に繋がる意図はない。


「アンタは私が投げてて楽しくないと……本当に思ってるの?」

「楽しいのか……そんな辛い顔をしてて」


 アオイの気持ちが分からない。


「じゃあ、シンジも……楽しくないの?とても辛い顔をしている。ねぇ、あなたは本当に勝つ気ないの。前のチームに戻るから、私たちはどうでもいいの。ねぇ、あの手長ザルの球を捕りたいの」


 アオイの怒声に静まり返るグランド。


 入部届けを出した時から毎日、毎日、アオイの球を受けて来た。シンカーは口だけで曲がらないくせに、ストレートは捕手をバカにしてるかのように横にスライドする。制球力は抜群なのに調子に左右され、気が強いくせに、ランナーが出ると弱い。癖の強いじゃじゃ馬ピッチャー。


 だけど、気持ちの乗ったストレートは……最高だ。体の捻り、体重移動、手首のスナップ。女だからとか関係ない。そのフォームに見惚れる。そして、ミットの快音に合わせて、溢れるアオイの笑顔。


「俺は、まだ……このチームで戦いたい。絶対に前のチームには戻らない!アオイの球を……アオイの投げた球を、もっと捕りたい」



 マウンド上。


 ニターと破顔するエースピッチャー。

「みーんーなー。聞いたよね」


「ああ、聞こえた」

「嫌でも聞こえたぞ。恥ずかしい」

「おい、アオイ。オマエが言わせたんだろ。俺は認めねぇ〜ぞ」


「ヨシユキ!女々しいわね。私の勝ちよ」

 ビシッとレフトに指をさす。


 ――勝ちってなんだ?

「おぃ、アオイ、勝ちって……」


「監督より伝令だ」

「あら、ハヤト。ハヤトも聞いたでしょ」

「あぁ、聞いた。聞こえた。そりゃマウンドで、あんなバカデカい声で叫べば、聞こえない訳ないだろ」


 呆れた目が注がれる。羞恥。落ち着いて考えると、目も当てられない行動であったと把握する。


 ――穴があったら入りたい。


 気持ちとは裏腹。ココはマウンドで、穴どころか逆に盛り上がっている。アオイが盛大に盛り上がるほど、相手ベンチからは冷たい視線が送られる。


「痴話喧嘩は、ほどほどに」そう言うと伝令は主審に一礼して颯爽と走り去る。顔から火の出る思いだ。マウンドに二人。取り残されると、もう居た堪れない。恥ずかしさで目を伏せる。


「アンタは良いキャッチャーよ。胸を張りなさい」


 天真爛漫にして悠々自適。そんな彼女に、俺の心配なんて必要ないのかもしれない。


「あ、ありがとな。オマエのおかげで吹っ切れた」

「オマエって……まっいいわ。さっさと終わらせましょ。勝ちたいんでしょ」


 ニコリと笑顔を溢す彼女の問い。


「もちろん、勝ちたい」

 俺は、そう答えた。



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