第17話 駒場ハヤト
「こんなところに居たんだね。探したよ。君にちょっと聞きたい事があってね」
昼休みの図書室。
昨日の事があっても未だクラスには溶け込めずにいた。握手を交わした右手、形として残らぬ短夜の夢物語は、一歩前に踏み出すまでの決定打には、ならなかった。
校庭でドッチボールに混ざることもできず、女子だけの教室には居づらく、流れ着いたのが本に囲まれた部屋だった。
そんな流れ者に声をかける少年。顔に見覚えはある。この前の試合でベンチの中にいた。でも、たぶん野球部ではない。それは、この少年が野球部の練習に、一度も顔を出してない事から、容易に推察できる。
「あぁ、ごめん、ごめん。紹介が先だね。駒場ハヤト。隣の二組なんだ。よろしく」
ハリネズミのように逆立つ黒髪。明るく、喋り方は少し浮ついているが、目鼻立ちは整い、足はスラリと長い。ユウキと雰囲気は異なるが、彼もイケメンに分類されるであろう。自分の足を見て、日本人特有の短さに少し落胆する。
「早速だが、君はユイちゃんとは、どんな関係なんだい」
「ゆいちゃん?」
「惚けないでくれよ。ユイちゃんは白峰ユイナしか、いないだろう」
「あぁ、ユイナのことか」
––この前の試合では、アオイ達と仲良く喋っていたから三年生かと思っていたケド、二年生なのか?
何故か慌てふためく少年。ホント、表情が豊かだ。余ってる仮面があるなら頂きたいくらい。どの顔も様になっている。
「ゆいな……よ、よびすて。君達は、その……つき」
「普通にチームメイトだけど」
「嘘だ。最近、一緒に下校してるじゃないか」
「家が近いんだよ。たまたまだ。アオイが居れば三人で帰ってる。この前はアオイのやつ、忘れ物したとかで、それで二人で帰ったんだ」
アオイに先に帰るように促され、俺もユイナも互いを気遣い、別々に帰るわけにもいかず、二人で帰る事にした。話は弾むことなく、決して、彼の思い描く関係とは言い難い。
ホッと肩を撫で下ろす少年。
「そうか……。アオイはどうだ」
「ヤケにあの姉妹に熱心だな」
「アオイは、また別なんだ。アイツが野球を辞めたのは俺の責任でさ……ありがとう、な」
「急になんだ」
「アオイのキャッチャーになってくれて。また、アイツの楽しく投げる姿が見れて、内心ホッとしているんだ」
「別にやりたいからやってる事だ」
「そうかもしれない。でも……俺に力が足りないばっかりに、アオイには辛い思いをさせたからな。アオイを救ってくれた。シン……青木君には」
「シンジで構わない」
捕手同士の親近感というか、同じ穴のムジナのような感覚を覚えた。何処か親しみ安い、そんな雰囲気を感じ取った。
「……シンジには感謝している」
何処か遠い目をする少年。それはキリストを前に懺悔をするような、澄んだ瞳をしていた。何処となくアオイの瞳と似てるものを感じた。
次の瞬間には、すぐに元の表情に戻る。明るくふやけた笑顔。
「それにしても、良く捕れるな。アオイのストレート。アイツの球、不規則に曲がるだろ、俺は結局、捕れ無かったもんな」
「あぁ、まぁな。前のチームでは、もっと癖のあるピッチャーが相方だったもんでね」
――やはり、曲がってしまうのは事実。それも、本人の意思とは無関係のナチュラルな変化。
「そっか……もっと、ね」
彼は呟くと、それ以上に昔を語る事がなかった。もう、捕手としての駒場ハヤトはいない。そこには黄昏れるだけの陸上部員がいた。
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