第18話 伝家の宝刀

「だから、投げれないって言ってるでしょ」


 アオイは激怒した。曇天に怒声が響く。原因は間違いなく自分にある。分かってはいたが、試合を数日に控えて、抑える事が出来なかった。


「スライダーがあれば、内角も外角も広く使えるんだ」

「そんな事は分かってるの。でも、無理なものはムリ」


 頑なに拒むアオイの態度。俺もハヤトと同じで、捕れないと思われてる。そう考えられずにはいられない。試合に勝ちたい衝動と、捕手のプライドが相乗効果のようになり、気持ちを煮えたぎるばかりだ。


「やってもないのに、諦めんなよ!」


 校庭の隅。簡素なブルペン。鬱陶しい程の蝉の音。夏草の騒めきと、気遣う生徒の視線。



 アオイがスライダーを投げれる事は確かだ。ハヤトの話からも推測できる。そして、本人は制御が出来ないだけだ。


(もしかすると、ストレートが投げれないのではないか?)


––と考えもしたが……普段は投げれている。曲がることはない。ならば、なぜ、あの時の直球は曲がってしまったのか?


 その答えは握り方にある。それが考え尽くし、たどり着いた自分なりの答えだった。ならば、スライダーを習得することで、自ずと投げ分けができるようになるハズ。

 ストレートは曲がらず、スライダーという横に曲がる変化球も投げる事が出来る。今後の連戦で、窮地で、かなりの武器になる。



「……じゃあ。130キロ、投げてみようぜ。あの時と同じように。思いっきりのストレートを投げてくれよ」


 バシンとグラブを地面に投げつける負けん気の強い少女。眉を引き攣らせ捕手を睨む。


––ったく、人が下手に出たと言うのに。


「グラブを拾え。まだ十球、残ってんだ」

「イヤだ。アンタは何も知らない癖に」


 この後に及んで何を知れというのか分からない。むしろ、教えて欲しいくらいだ。



「なんや、なんや。もう終いかいな嬢ちゃん。なら、シンジは貸してもらうで、ついでにグラブも」


 懐かしい声が校庭に木霊する。振り返るとニカッと笑う少年。その顔を見て、先程の怒りや焦りなど、ごちゃ混ぜになった憎悪は、つゆと消え去った。

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