第16話 武田ヨシユキ

「ヨシユキ、変わって。飲み物、買ってくるわ。みんな、適当で良いよね」

「お姉ちゃん、私も行くよ」



 夕闇。中途半端に欠けた月の浮遊。普段なら輝きだす星々も、校庭の照明の明かりに、今日は、ボヤけて見える。


 校庭のグラウンド。スポットライトを浴びるように、セカンドを守る少年が、捕球した球を投げ返す。

 タツヤがノックを受け始めて、一時間が経過しようとしていた。


 時折り、アオイやヨシユキが指導に入るも、ほとんどノーストップで守備練習を続けている。



 返球を受け取るヨシユキにボールを投げ渡される。俺はその球をふわっと左手で浮かし、細身のノックバットで打球を飛ばす。


「面倒見が良いんだな」


 タツヤを見守るヨシユキ。先程までは、小さな体を大きく使い、身振り手振り、時には声を荒げて指導していた。そこには確かな信頼関係があった。


「オマエ、誉めることもあるんだな」

「外野手なのに内野守備を良く知ってる。調べたのかと思ってな。それって、タツヤの為か?」


「そんなんじゃねぇーよ。俺は元々、内野手だったからな」


 懸命に白球を追いかけるタツヤ。温かい目で見守るヨシユキ。先輩が後輩の成長を促し、後輩は先輩の為に力を発揮する。


「でも、タツヤが放って置けないのは、確か……かもな。ほら、アイツもチビだろ。野球って身長関係ないって言うけど、やっぱデカイ奴の方が有利だからな」


「良い先輩だよ……」


 声が漏れていた。いつも捕るだけの捕手。これほど、熱く指導できる自信は無い。羨ましくも、疎ましくも感じる光景だった。



「今日は悪かったな」

「いいよ、別にノックくらい」

「いや、練習中。ユウキが悪いとは思いながら……何も言えなかった」



 急に出てきたユウキという名前に、一瞬だけ憤りを感じるも、何処か哀愁的な表情のヨシユキを見ると、心に刺さるトゲを抜かれたような、そんな気持ちになった。


「アイツも後悔してんだよ」


 目は懸命にボールを追うタツヤを、耳だけはヨシユキの声に傾けた。


「去年の夏の大会。ツーアウト、ランナー二塁、三塁でサードのコウスケにゴロが転がって……手が滑ったんだろな。ファーストの頭を超える大暴投。サヨナラの逆転負け」


「そん時の先輩がな、クズ野郎ばっかりでよ。よってたかってコウスケを責めたんだ」

「コウスケだけの責任じゃないだろ」


「同じ事をユウキも言ったよ。ライトのカバーが甘い。それまで点の取れない、打てない先輩達にも問題があるって」


「そうか……」


「そしたら、殴り合いが始まって。ケンゴは謹慎。部活動は三か月の活動停止で、秋の大会は出場禁止。だから今年の新入部員は少ないし、春は惨敗するし……責任、感じてんだな」


 最後は何処か自分にも言い聞かせるような、何かを確かめるように言葉を発していた。


「今日はアリガトな。オマエがノックしてくれて助かった」


 目の前の少年。スッと出される右手。握手を交わす。見た目より強く、熱く固い握手。



「アンタら、何、手ぇ繋いでんの。気色わる」

「うっせぇーな。男の友情に入ってくんな」

「ハイハイ、飲み物かってきたわよ」


 グゥーと腹が鳴った。気づけば、まだ夕飯を食べていない。


「ほら、チョコレートで良いならあるわよ」

「あり……がとう」


 夏の短夜は笑い声と共に、ゆっくりと過ぎていった。

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