第13話 白峰ユイナ

「ダメ……です。タッちゃんも、リョウちゃんも、キャプテンがコウスケ先輩で良かったと言ってました。それに私、キャプテンが諦めるところ、見たくないです。」


 目は閉じ下を向いたままのユイナ。それでも、ハッキリとした口調で話をしている。こんな彼女の姿は初めて見た。いつも、言葉をドモらせ、アオイの後ろを歩いていたイメージだったが……。


「そうね、それにね。ユウキ君もヨシユキ君もキャプテンを押し付けた訳じゃないのよ。貴方なら出来ると思ってたくしたの。たぶん、他のチームメイトもそう。貴方はみんなに選ばれたの」


 キョウコ先生の優しい口調が夏風に乗った。



「コウスケ、決まりだな」

「でも……」


 「腑に落ちない」と言いたげな、彼の背中を軽く叩いた。


「個人的な意見だが、精神的なものがプレーに影響を与えるのは、ほんの一部だと思っている。どのスポーツに置いても、体力という土台の上に、技術や経験が積み重なって、最後に精神的ものがある。プロのような力が拮抗した場面こそ、氷山の一角のような気迫のプレーが抜粋されるが、それは今までの努力があっての話だ」



「そう言うことよ。あれこれと考える暇があったら、努力でもしてなさい」

「……俺は努力したんだ。去年のあの夏の日から。ずっと、ずっと努力してきた」



 目を伏せる偉丈夫。スッと前に出る可憐な少女に、姉のような勇ましさはない。眉を八の字に戸惑いがちな表情で、スポーツマンとは言い難い。発言することへの不安から、手足を震わせている。それでも、恐れおののきながらも一歩前に出る。



「努力は裏切ります。いくら頑張っても届かないものはあるし、センスが無いと言い切られてしまうこともある。そのたびに人と比べられるし……。それでも、次に進むには努力しかない。そう教えてくれたのは先輩だったじゃないですか」


 決定打だと思った。これ以上にない熱弁だ。何より、ユイナという人物が放ったという事に大義名分があるように感じた。凛としていながらも説教くさくはなく、優しくも熱い言葉で綴られる思い。


「俺で良ければ、守備練習に付き合う。ノックくらいなら出来る。今更だがバッティングフォームを変えるのもありだ。絶対とはいえないし、リスクも伴う。でも、次に進まないワケには……いかないよな。……なっキャプテン」


 どのスポーツよりも重要視される主将というポジション。その誇りの高さへの重圧。責任という重さを彼は一人で背負っていた。それの辛さを知った上でも……。


「この話は……無かった事にしよう」

「……ああ、頼む」


 ホッと肩を撫で下ろす少女の前髪を、ぬるまったく湿っぽい風が通り過ぎる。夏が来る。そんな気持ちにさせる風だった。

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