第3話 御子柴ユウキ

 先ほどまでの強気な態度は何処へやら。腑抜けた一番打者は、ツーストライクと追い込まれ意気消沈もいいところ。定石なら一球外しても良いのだが……。


 彼女は流麗なフォームで投げる。潜水艦のように地面から浮き出る白球が放物線を描く。細長い指先に不規則な回転をかけられたボールは失速。バッターから離れる様にして、ゆっくりと落ちていく。


 スローカーブ。


 タイミングを外された打者の力任せに振られたバットは、ボールの到着を待たずして空を切る。予想に反した体の開きをバッター自身も止める事は出来ず、スイングは弱々しく振り切られた。


「ストライーック、バッターアウト!」


 三球三振に味方ベンチが沸く。といってもベンチにいるのは、ほとんどが一年生。新入部員は全員ベンチ入り、レギュラー以外は、ほとんど新入部員だらけの、過疎化の進んだ田舎の弱小校。まだ、身長の伸びきらないクリッとした眼をした少年達が飛び跳ねる。



 アオイがどんなに強気な態度を示しても、スタミナだけは無視できない。自分の最大級の力を出し続けることは、プロ選手でも不可能だ。 

 投球数が増えれば、いずれ肩を壊す要因にだってなる。俺はそのことを人一倍理解している。孤高の投手を保守してこその捕手。


 リード。打者との駆け引きを制する。無駄球は一球たりとも、投げさせない。


「ワンアウトーーー!」


 気合十分の掛け声に、点でバラバラな返答。––コイツら勝つ気があんのか



 続くバッターは二番。小柄な体格から長打の危険は薄いが、セーフティバントには要注意。サード、ファーストのフィールディングには不安要素が多い。

 そんな気掛かりを掻き消すように、大きく振りかぶる少女がキレのある速球を放つ。初球から振り抜かれた打球は力負け。内野に弱々しく転がった。


 二遊間、ややショートより。颯爽さっそうと飛び出したのは遊撃手、御子柴みこしばユウキ。「任せろ!」と一喝。セカンドを守る弟の御子柴タツヤを声で制し、華麗かれいなグラブ捌きを見せる。


 低い姿勢から、転がる白球をグラブでキャッチ。左手、キャメル色のグラブが流麗りゅうれいひるがえる。次のステップには既にボールは右手に。すぐさま返球。教科書通りのキチっと型にハマった安定の守備。一塁手、巨漢のリョウタが難なく捕球し、二つ目のアウトを手に入れた。


 ユウキは顔色一つ変えず、守備位置に戻る。落ちた帽子を拾い上げ、静かに砂埃を落とした。



 三番打者はアオイの得意のする内角攻めで呆気なく三振に沈んむ。攻守が変わる。互いの選手が入り混じる。


「どうよ、私の華麗なるピッチングは」

誇らし気なエースピッチャー。


「入りが甘い。最初の投球練習から真面目に投げろよ」

「だって、そっちの方が意表をつけて面白いでしょ」


「面白い?俺はアオイが女だとか言われて舐められるのが嫌なの」

「女だもの、間違いじゃないわ。それとも、なに、アンタ、私の心配してくれてんの?」


「もういい」

「そう、拗ねなさんな。ほら、あの三番バッター」



 アオイの視線の先、惨めな背中を向ける三番バッター。打撃には自信があったのだろう。三球三振、しかも全てストレート。かすることもなかったバットを眺め、落胆の表情を浮かべている。


「悪くないな」

「でしょ」


 アオイは妖艶に笑ったのだった。

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