じいちゃんの贈り物
みかんの木
じいちゃんの贈り物
ーーーこの世には、不思議なことが沢山あるんじゃよ。
そう言って、かっかっか、と笑うじいちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。それはまるで友達を脅かそうとしている小学生のような笑い方だった。
ーーー例えば、どんなの?
純粋だった僕は、じいちゃんのホラを聞くのが大好きだった。もちろん今となっては全部ホラだとわかる。それでも僕は、もう一度じいちゃんのホラが聞きたい。
「逃げろみんな!穂香‟君”のお出ましだ!」
「きゃああああああああ!」
「キモイ、近づかないで!」
何回やられても慣れることはない。冷たくてしょっぱいものが目からこぼれ落ちそうになって、僕は瞼をゆっくりと閉じた。
ーーー泣いたら負け。
これもじいちゃんの教え。じいちゃんは優しくて面白くてつよい
ーーーいいか
そういったじいちゃんの目が潤んでいたことを鮮明に憶えている。
僕とじいちゃんの出会いは6年前。8つの時だった。たしかちょうど僕が病気だと診断された直後だった、、、気がする。
物心ついたころには母親とふたりだった僕は、年齢が上がるにつれて女の子でいることがつらくなった。スカートは絶対はかないし、男子トイレに入って警備員さんに注意されたこともある。そんな僕に、母親の当たりは一層強くなっていった。夜繁華街で出会った若い男と3日間旅行に行くのにご飯ももらえず、飢え死にしそうになったこともある。
そんな中、学校の先生に
「穂香さんは性同一性障がいかもしれませんね。」
と言われた。最初は病院に連れていってくれる気配もなかったが、障害者手帳がもらえるとか言って(デマだったのだが)あっさり連れていかれた。一緒に乗るとタクシーも割引になるし色々お得らしい。結局簡単な心理テストのようなもので、僕には哀しいほどあっさりと‟性同一性障がい”の診断が下りた。しかも障害者手帳も発行されない。
ある日、母親はとうとう僕を殺そうとした。ナイフを振りかざして奇声をあげこっちに向かって走ってくる母親の顔は人のものとは思えなかった。逃げ惑い必死に一つの家のチャイムを押したとき、中からのっそりと出てきた年老いたおじいさん。
ーーーそう、これがじいちゃんとの出会いだった。
その後じいちゃんの通報で母親は逮捕され、身寄りのない僕は児童養護施設『つむじかぜ』に引き取られた。
でも、どうしても助けてくれたじいちゃんが忘れられなくて、僕はしょっちゅう施設を抜け出してはじいちゃんに会いに行った。施設長は気がついていたと思うけど、一度も咎められることはなかった。
会いに行くたび教えてくれるホラ話は、どれもとても面白かった。ホラだと気づいてからも、僕はいつも話をせがんでいた。
そんなじいちゃんが死んで、色が戻り始めた僕の世界は瞬く間に黒く黒くなっていた。いじめられて泣きついたら慰めつつも
「男だろ!!」
と叱ってくれたじいちゃん。
それからは何を言われても
ーーー貧しい人たち。
としか思わなくなっていた。強くなった。勝手にそう思っていた。じいちゃんがいないと結局僕はなにも出来ない。
ふと鞄の内ポケットにじいちゃんから貰った石が入ってるのを思い出した。魔法の石、願いが叶う、なんていってたっけ。どう見てもただの河原の石だけど。と思いつつも心のどこかで、本当にかなうんじゃないか、と思っている自分もいた。でももう流石に諦めよう。これはただの石だ。
ーーーだれもいない。
トイレの窓から石をなげる。下の方でカン、と音がした。石にしては音が軽い気がする。まるで中身が空洞になっているみたい。
もしかして。
慌てて下へ走る。
「何してんの、穂香、君〜」
と嘲笑うクラスメイトを押しのけ階段を飛び降りて石の元へ向かった。砕けた石のようなもの。手に取ると崩れた。
ーーー石膏だ。
真ん中に小さな紙が落ちている。中にはたった一言、こう書かれていた。
「たくましく生きろ!!何があっても生き続けろ!!」
景色が滲んだ。暖かくて甘い涙が頬を伝った。
じいちゃんの贈り物 みかんの木 @mikannoki
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