本物の愛

「……これが、俺が今まで隠してた話。びっくりした?」


 リベラート様の話を聞いて、私は放心状態になった。


「びっくりどころじゃないです……まさか、そんな昔からだったなんて」


 私が昔、倒れたリベラート様を助けていた。

 話を聞いて、そんなこともあったなとぼんやり思い出すくらだ。

 いつものように森へ行くと、入り口に高熱の少年が倒れていて……急いで森からいちばん近い知り合いの屋敷に駆け込んで、少年を寝かせてもらったんだっけ。

 あの時の少年がリベラート様だったなんて……言われなければ、気づくどころか思い出すこともなかっただろう。


 幼い頃から一方的に知られていたことがわかり、私は恥ずかしいような、くすぐったいような、なんともいえない気持ちになった。ひとりで泣いているところも全部見られていたなんて……。涙を乾かしてくれたあの風も、リベラート様の仕業だったとは。


「! じゃあ、さっき私が泣いた時に吹いた風も?」

「そう。俺の魔法だよ」


 リベラート様が軽く手をかざすと、小さな風が吹き抜ける。


「もうすっかり乾いてるね。よかった」


 親指で優しく私の目の下に触れながら。リベラート様は言った。


「……ベランジェールとハイリに会ったあと、フランカは俺の前から姿を消したよね。どうしてか教えてくれないか?」

「それは……その……」

「まだ俺のことを信じられない? フランカは俺の気持ちが、今でも〝まやかし〟だって思ってる?」


 思っていた。だから突き放したのだ。それがリベラート様のためだって信じていたから。――今の話を聞くまでは。

 あなたからの愛は本物でないと……私は勘違いしていた。あなたが求める私の香りは、魔女にもらったあの香りだと思っていた。それが違っていたなんて。


「リベラート様、私の話も聞いてくれますか? 私が……どうして〝魔性の令嬢〟になったかの話です」

「フランカが、〝魔性の令嬢〟になった理由……?」

「はい。実は私、十二歳の頃、魔女に魔法をかけられて――」


 一日に二回も誰かにこの話をするのは初めてだ。どちらも大切な人だから、私は話そうと思えたのだろう。


 私はあの時……診療所の庭園で、リベラート様に話せなかったことをすべて打ち明けた。

 魔女に魔法をかけてもらい、モテる香りを身に纏った。男性はその香りで私に魅了され、まやかしの愛に溺れていた。

 だから嗅覚のないリベラート様だけは信じられたが――ティオから〝フランカの香りが忘れられない〟とリベラート様が言っていたと聞き、お別れすることを決めた。

 

「……そういうことだったのか。だからベランジェールと知り合いだったんだな。たしかにティオくんとはそんな話をしたけれど、俺が入学前最後にフランカに会ったのは十歳の時だ。フランカがベランジェールに会う前の話だよ」


 両親の言っていたお茶会で会っていた、という予想も外れていたようだ。もしかすると、リベラート様が同行を拒否したお茶会こそがそれだったのかもしれない。夫婦で参加したと言っていたし。

 こうやって話せば誤解することなどなかったのに、私は思いこみで空回り、いろんな人を振り回してしまった。


「……馬鹿ですよね私。愛されたくて香りを手に入れたのに、そのせいで本物の愛がわからなくなるなんて。リベラート様の気持ちも、踏みにじるようなことをして……本当にごめんなさい」


 一度信じると言って、また勝手に裏切って、彼のひたむきな思いをないがしろにした。


「俺は怒ってないよ。俺たちは、ちょっと遠回りしちゃっただけだ。だけど、俺が嗅覚を失ったのはラッキーだったね! だって、おかげでフランカへの気持ちが嘘じゃないと証明できたし。このために、俺は嗅覚を奪われたのかもしれないな」

「……むしろ、学生時代魅了魔法にかかっていなかったのが驚きです。リベラート様、魔法が効きすぎなんじゃないかと思うくらいすごかったですから」

「あはは! 俺は香りなんかなくたって、ずっと前から君の魅了魔法にかかりっぱなしだからね。この先も一生、どんな凄腕の魔法使いにだって、この魔法は解けないだろう」


 自慢げに言うリベラート様を見て、くすりと笑みがこぼれた。ついでに私はとあることを思い出し、気になってリベラート様に質問する。


「そういえば……嗅覚が戻った瞬間、はっとした顔してましたよね? あれはどうしてだったんですか?」

「え? いや、フランカの髪からとてつもなくいい香りがしたからびっくりしてさ」

「……」


 ――私が別れを覚悟していた時に、リベラート様はそんなこと考えていたなんて。今となっては笑い話だが、当時はすごく傷ついたものだ。

 私はこの時、人間の思い込みの怖さを思い知った。


「……これだけは忘れないで欲しい。俺が探していたのも、好きなのも、〝魔性の令嬢〟である君じゃなく、〝森にいる少女〟だった、ありのままのフランカ・シレアだってことを」

「……リベラート様」

「フランカ、俺は君を――誰よりも愛してる」


 耳元で囁かれ、そのままリベラート様に熱のこもった瞳で見つめられ、私は自然と目を閉じた。

 唇に柔らかな感触。リベラート様とするキスは――これが三回目だ。


「……今日は拒まないし、倒れないんだね」


 優しい触れるだけのキスが終わると、リベラート様はそんな意地悪を言ってきた。


「こ、今回は雰囲気もよかったですから!」


 負けじと私もそう返す。


「沈みかけた夕陽に照らされてながら、思い出の森で。たしかに雰囲気は最高だ。でも、本当にそれだけ?」

「うっ……」


 意地悪に意地悪で返してくるなんてずるい。だけど私が素直になるべきは、今この瞬間かもしれない。


「……私も好きです。だから、リベラート様とのキスは、嫌じゃないです」


 たどたどしくも自分の思いを伝えると、リベラート様はうれしそうに微笑んだ。


「フランカ、君に会いたくて死にそうだったよ」


 二年前言われた時はなにも返せなかったけれど、今なら言える。


「はい。私もです。リベラート様」


 葉っぱの揺れる音。風の吹く音。土や草や花のにおい。

オレンジに染まる空の下で、私たちはただ、幸せで愛に満ちたキスを交わした。

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