変わらない

 オレンジの空の下を駆け抜けて、私は森へと走る。――あ、この感じ、ベランジェールを探しに走った時のことを思い出すわ。


 森に到着すると、お決まりの場所で私は子供の頃のように土から石ころを生み出してみたり、砂で人形のようなものを作ったりと、簡単な土魔法で遊び始めた。土魔法を使いこなそうと必死だった、当時の幼い自分を思い出しながら。

 どちらかというと、今は魔法を使うよりも研究することばかりに没頭していた。せっかく魔法が使えるのにもったいないことをしていた気がする。今日は思う存分、土魔法を堪能するとしよう。


 そうして無我夢中で魔法を発動したあと、からっぽになった頭の中で、ふとさっき姉に言われた言葉が脳内をよぎった。


『フランカまで、まやかしの愛に囚われ続けないで』


 ――お姉様の言う通りだ。


 リベラート様に対して、私は勝手に、香りのなくなった私なんて好きになるはずがないと、好かれようとする努力もしないまま決めつけていた。


 香りをなくした私は、たいした魅力もない平凡な令嬢だから。


 だけどもし、私が一歩踏み出せていたら。

 すぐにあきらめず、一緒にいてくれるかもしれない未来を望んで、動くことができたなら……なにか変わっていたのだろうか。


「まやかしの愛が真実の愛になる、かぁ……」


 香りのない私として、イチからまたやり直して、一生懸命がんばれば――もう一度、あの笑顔を向けてもらうことができた? 


「……なんて、もう遅いか」


 今さら未練を感じたって仕方ない。

 ティオと結婚の約束をしてしまったのだから、私にリベラート様との未来はありえない。


 〝愛〟など必要ないと、つい数時間前心に決めたばかりのくせに。

 どうして今、こんなに悲しくて、寂しくて仕方がないの?


 私の頬に、涙が一筋流れた。

すると、私の涙を乾かすように、どこからともなく風が吹いてきた。

思えばいつもそうだった。どうしようもない寂しさが私を襲い、ひとりで泣いている時は、森に吹く風が私を慰めてくれていた。


 優しく吹く風の行方を追うように振り向けば――そこにいたのは。


「フランカ。久しぶり」

「……リベラート様!?」

「また驚かせちゃったかな?」


 今いちばん会いたいと思っていた人が、なぜか私の目の前に立っている。


「どうしてリベラート様がこんな時間にこの森に……それに今は長期任務中のはずじゃあ……そもそも本物!?」

「くっ、あはは! 落ち着いて。感動の再会だっていうのに」


 驚きすぎて感動どころではない。

 夢か現か。私は何度もぱちくりと瞬きをして、リベラート様を凝視した。


 一年前より髪が少しだけ伸びていて、以前はなかった襟足が揺れている。

 顔立ちは……相変わらずイケメンだけど、ちょっと大人っぽくなった? 

 それと、着ている騎士団の制服が前と変わっている。なんだかグレードアップしているような……。


「まず、俺は本物のリベラート・ヴァレンティで間違いない。長期任務はつい先日終わって、今日やっと王都へ帰還できた。この森にいるのは――ここに来れば、君に会えると思ったから。俺が嗅覚を取り戻した日から、君は手紙も受け取ってくれなくなったし、連絡だって一度もなかった。正攻法で会いに行っても面会拒否される気がしてね」

「……私がいなかったらどうするつもりだったんですか?」

「見つかるまで、ほかの場所を探すだけだよ。ほら、学生時代の時みたいにさ」

「……そうまでして、今も私に会いたい理由はなんなんですか」


 せっかく会えたのに、会いにきてくれたのに、私は素直に喜ぶこともできない。

 リベラート様のことだから、きちんと婚約破棄を伝えにきてくれたのだろうか。そういうところ、きっちりしていそうだもの。


「君に報告したいことがあったから。俺、無事に昇格できて見習いから正騎士になれたんだ。ついでに、部隊長にもなった。二年で幹部クラスまでいけたのはすごいって、カイル隊長にも褒めてもらえたよ。……両親も、この姿を見て、やっと俺がしたいことを認めてくれたんだ」


 ――無事に昇格できたんだ。だから制服が変わっていたのね。


 ほっとして、自然と顔が綻ぶ。


「おめでとうございます。本当によかったです」

「ありがとう。まだまだ上を目指さなければならないけど……今の俺なら、君を守ることができると自信を持って言えるようになった」


 ……ん? この流れ、なんだか次に言われる言葉が予測できるような。


「だから約束通り、今度こそ俺と結婚してくれるよね? フランカ」


 いつの日かと同じセリフを、一年後また言われることになろうとは。

 そして当時と同じように、私の頭はパニックになった。


「な、なに言ってるんですか? まだ私のことを好きだなんて冗談言いませんよね?」

「ああ、言わないよ。だって、俺が君を好きなことが冗談なわけないだろう」

「待ってください。意味がわかりません。……婚約破棄ならとっくにしたと思ってましたし、律儀に伝えにこなくても」

「婚約破棄をした覚えはないけど? フランカこそ冗談はやめてほしいなぁ」


 能天気にへらへらしているリベラート様を見ていると、本気で言っているのか、ふざけているのかがわからない。

 いや、本気なわけがない。私をからかっているだけだ。だって――。


「私をまだ好きなはずない。あなたが望んだ香りを、私はもう持っていない! 嗅覚が戻ったのなら、その事実に気づいて――」


 私がしゃべっていることなどお構いなしに、リベラート様は私を思い切り抱きしめた。

 懐かしい感触とぬくもり、そして香り。まるでひとつになったみたいにぴったりとくっついて、彼は私を離そうとしない。


「……やっぱり、あの時と同じだ」

「……?」


 リベラート様は満足げに笑いながら、私に言う。


「フランカから、草と土のまじった森の香りがする」

「――は」


 森の香り?

 そりゃあ、久しぶりに森で子供の頃みたいにはしゃぎながら魔法の練習をしたから、今の私は草や土や花にまみれているけれど。


「リ、リベラート様が忘れられなかった香りって――」


 まさか、これだったなんて言わないよね?


 混乱する私の頬に手を添えて、リベラート様は困ったように微笑んだ。


「……聞いてくれる? 俺が、君に夢中になった話をさ」


 そしてこんな急展開な状況でも、ひとつだけ気づいたことがあった。

 リベラート様が私に向ける眼差しは、初めて会った時から今も――なにも変わっていないということを。

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