魔女との再会2

「えぇっ!? そんなことになってたの!?」


 魔法省近くにあるカフェの店内に、ルーナの大声が響いた。

 


「ルーナ、声が大きいわ」

「あっ……ごめん、つい」


 ルーナはへらへらと笑いながら、周囲のお客さんに頭を下げる。


 今日は仕事がひと段落したルーナと、久しぶりに会う約束をしていた。

 仕事終わりに魔法省付近まで来てもらい、私の行きつけのカフェに行くことになった。

 そこで私は、ルーナに最近あった出来事をすべて話した。

 リベラート様の身に起きた事件のこと。

 リベラート様が過去に嗅覚を魔獣に奪われていたこと(リベラート様本人にルーナに話していいか確認済み)。

 嗅覚を取り戻すため成獣を探すことになったが、そのキーになる魔女が私の願いを叶えた魔女だったこと――などなど、言葉通り〝すべて〟だ。


 そうして、さっきの冒頭に至る。


「どうしてこの短期間で次から次へといろんなことが起きるのよ。毎回私をどれだけ驚かせればいいわけ?」

「それは私も言いたいわ」


 夜会でリベラート様と再会してから、こっちも驚きの連発だ。


「にしてもすごい偶然ね。フランカが出会った魔女が、もしかしたらリベラート様を助けることになる超重要人物になるとは。会えたら協力してもらえる確率高いんじゃないの? 顔見知りなんでしょ?」

「うーん。どうたろう。

「うーん。どうかしら。ベランジェールはこう言っていたの。〝世界中を渡り歩いてる〟って。次にストラに現れるのはいつになるか……もう日がないのに」


 あと三日後には、長期任務が始まってしまう。

あれから何度も時間を見つけては森へ行ったが、ベランジェールには一度も会えていない。彼女はいつだって、気まぐれにあの森に現れるのだ。


「じゃあ、魔女探しはあきらめるってこと?」

「まさか! できることはやるわ。そう約束したし、なによりリベラート様のためには奇跡を起こしてでも見つけないと」


 そう言って私がひとり奮起していると、ルーナはそんな私を見てふふっと笑った。


「フランカったら、すっかりリベラート様のこと好きになっちゃってるじゃない。あんなに否定していたのに。凄腕の魔法使いに確認してもらうーなんて騒いで」

「だ、だって、その時はリベラート様に嗅覚がないなんて知らなかったんだもの! ……香りで好きになったわけじゃないってわかったから」

「やっぱりリベラート様は魅了魔法にかかっていなかったのね。それなのにあんなにずっと一途に思われ続けたら、女だったら誰だって惚れちゃうわよ。ましてや相手が外見も中身も完璧なリベラート様だったらね」


 腕を組みながらうんうんとルーナは頷く。すると、背後に人の気配を感じた。


「……香り? 魅了魔法? 今の、なんの話だ?」


 聞き慣れたその声に振り向けば、すぐ近くにティオが立っていた。


「ティオ! ……今の話、聞いていたの?」

「悪い。俺も仕事終わり偶然このカフェに寄って、フランカを見つけて……盗み聞きするつもりはなかったんだけど」

「彼、夜会にいたフランカの同僚よね? 立ち話もなんだし、座ったらどう?」


 ルーナが同じ席に座るように促すと、ティオはお礼を言って空いている椅子に腰かけた。


 ――聞かれちゃったなら仕方ない。ティオにもついに、話さなきゃいけない日がきたようね。まだルーナ以外誰も……リベラート様も知らない、この話を。


 相手がティオじゃなかったら、適当に誤魔化していたと思う。でも、ティオは信頼できる友人だ。打ち明けても大丈夫だろう。

 そう思い、私は話し始めた。ベランジェールとの出会い、そして、彼女から〝男を虜にする香り〟をもらって、〝魔性の令嬢〟となったことを。学園卒業の際に、自分の意志で解呪してもらったことも話した。


「……今の話、本当なのか?」


 話を聞き終わったティオの表情が、さっきよりも切羽詰まったものになっている。


「本当だけど、どうしたの? なんだか顔色が悪いけど」

「フランカ、ちょっと来い」

「えっ? ティ、ティオ!?」


 ティオは血相を変えて、私の腕を無理やり引っ張るとそのままルーナを置いて店の外へと直行する。振りほどこうとしても、ものすごい力で握られていてどうしようもない。

 人通りのないカフェの裏口へと連れて行かれると、やっと腕を離してもらえた。掴まれていた箇所がじんじんと痛む。


「ティオ、いったいどうし――」

「あの男はやめておけ」

「……え? ど、どうしたのよ急に」

「リベラート……あいつはお前の魅了魔法にかかっているだけだ!」


 必死に訴えかけるように、ティオは言った。

 リベラート様が魅了魔法に? そんなはずない。だって――・


「リベラート様は十三歳の時から嗅覚がないのよ! だから私の香りによって発動される魅了魔法は、彼には効いていないわ! それなのに……どうしてそんなことを言うの?」


 ティオだって、リベラート様に嗅覚がないことは知っている。だったら、彼に対してだけは私の香りが無関係だったとわかるはずなのに。


「……この前診療所に行った時、お前とカイルさんが席を外しただろ。その時、あの男とふたりで話したんだ」


 ティオは、ふたりだけが残った病室でなにを話したかを教えてくれた。


「俺が〝そんなに完璧なら嗅覚くらいなくてちょうどいいんじゃないか〟って、少し嫌味を言ってしまった。そうしたら、あいつがこう言ったんだ。〝本当は、できることなら一刻も早く取り戻したい〟と。どうしてか聞いたら、あいつはこう言った。〝実は俺、入学式前に一度フランカに会っているんだ。彼女は覚えていないけど。初めて会った時の彼女の香りが忘れられない〟って」

「……!」


 入学式前に、私はリベラート様と会っていた? そこでリベラート様は私の香りを嗅いで……その香りが忘れられないと?


「あいつは心でフランカに恋をしているんじゃない。一度嗅いだお前の香りを身体がずっと覚えていて、その香りに執着しているだけだ。嗅覚がなくなったから、お前にもう香りがないことを確認できずに、ずっと魅了魔法にかかった状態になっているんだ」

 

 私の両肩をガシッと掴み揺さぶりながら、ティオはまっすぐに私を見つめ、自分の考えをぶつけてきた。そんなティオの考えを受け入れることができない私は、視線を逸らし目を合わせることを拒んだ。


「そんな、でたらめよ。ひどいわティオ。いくらリベラート様と馬が合わないからって嘘をつくなんて……」

「嘘じゃない! 俺はお前のことを思って言ってるんだ! お前にこれ以上、傷ついてほしくない」


 ティオは私の両肩からすっと手を離すと、私から離れて背を向ける。


「……信じるか信じないかは、フランカに任せる。だけど、俺は嘘なんかついてないし、お前のことを大切に思ってる。それだけは忘れないでくれ」


 悲痛な口調で言われたその言葉に、私は返事をすることができず――ただ遠のくティオの背中を見つめていた。



 その後、ルーナと合流し、私はティオに言われたことを話した。ひどく落ち込んだ様子の私を、ルーナは優しく気遣ってくれた。

 『以前会ったことがあるのは事実なのか、家族や使用人に確認してみたら?』とルーナに言われ、とりあえず帰って確認してみることになった。

 

 ――リベラート様のことを信じたい。だけど、ティオが嘘をついているとも思えない。


 一度疑念が生まれると、それは勝手に広がっていき、私の心を蝕んでいく。

 大きなもやもやを抱えたまま屋敷へ戻ると、私はすぐに両親にリベラート様のことを聞いた。


「お父様、お母様。私って、学園入学以前の社交界でリベラート様と会ったことがありますか?」

「えぇ? 急にどうしたのフランカ。まさかリベラート様となにかったんじゃあ――」

「なんにもないですから、思い当たることがあれば教えてください!」


 話が逸れそうだったので、遮って強めに言うと、お父様もお母様もうーんと首をかしげる。


「ウチが主催するお茶会には一度も来たことがないし、王家主催の夜会は十六歳からだし……一度もないと思うけど」

「……そ、そうですよね! 私たちの出会いは学園で間違いないですよねっ!」

「いや、ちょっと待て」


 お母様の言葉に安心しかけていると、お父様が口を挟んできた。


「フランカが十二歳くらいのころ、ヴェレンティ侯爵と夫人が参加していた茶会があったな。だとしたら、リベラート様がその場にいてもおかしくない。……その時、フランカにひとめぼれしたのかもしれんな! さすが我が娘!」


 気分よさげに高笑いするお父様に、私は言う。


「十二歳……それって、いつごろのお茶会!?」

「そ、そんなくわしくは覚えていない。茶会は頻繁に開かれていたし……どうしたフランカ。そんな必死になって」

「……わかりました。出会っていた可能性はある、ということですね」

「フランカ? なにかあったの?」

「なんでもない、です」


 心配するお父様とお母様に背を向けて、私はふらふらと歩きながら自室に戻り、ベッドに顔から思い切りダイブした。

 なにも考えたくない。なにも考えないで、いつもみたいな日常に戻れたらそれでいい。だけど――それはむずかしそうだ。


 十二歳。私がベランジェールに願いを叶えてもらった歳だ。

 リベラート様は私と同い歳で、魔獣に嗅覚を奪われたのは〝十三歳〟だと言っていた。

 ティオの言っていたことが事実だとしたら、リベラート様はお茶会で私と一度会っていて、その時に私の魅了魔法にかかった。

 その後嗅覚を失い――今もなお、私にまだあの香りがあると信じ込んでいる。

 魔女に香りをもらう前の私に会っていたとしたら、ティオに〝あの香りが忘れられない〟なんて発言をするはずがない。だって、頭に残るほどのいい香りをその時の私は持っていないもの。

 

「やっぱり、リベラート様は〝特別〟なんて、夢物語だったんだなぁ……」


 悲しいけれど、そう思うと納得がいった。

 あんなに素敵な人がなぜ、私をずっと思い続けてくれていたのか。

 嗅覚がないことでやっと信じられた思いが、今度は嗅覚がないことで、魅了魔法が解けていないことへの決定打になってしまうなんて皮肉なものだ。

 

もし、このままリベラート様の嗅覚が戻らなければ……彼は今まで通り私を愛し続けることだろう。しかし、嗅覚が戻ってしまえば、香りがないことに気づいたリベラート様の目が覚めて、婚約は破棄になり、二度とあんなふうに愛してはもらえない。


――こんなに気持ちが大きくなってからこんなことになるなんて、神様はなんて意地悪なの。


リベラート様の愛を手放すことが、私は怖くなっていた。だけど、偽りの愛だったのなら、持ち続けてはならないのだ。

彼の立派な騎士になりたいという夢のためにも、これからの人生のためにも。

私の香りのせいで、リベラート様から奪ってしまった時間への償いとして、私ができることはひとつだけ。

それは……なんとしてでもベランジェールを見つけ出し、リベラート様と成獣を再会させること。


「ベランジェール! ベランジェール!」


 いてもたってもいられなくなった私は、時間も気にせずに屋敷から飛び出し森へと走り、魔女の名前を呼び続けた。

 日は落ちて、辺りはすっかり暗くなっている。夜の森は明るい時よりもずっと不気味だが、魔女が出てくるにはうってつけの雰囲気だ。……といっても、今まで夜の森でベランジェールに会ったことはないけれど。


「ベランジェール! 私です! フランカです!」


 風で木々が揺れ、ざわざわとする音しか返ってこない。だけど私はあきらめず、夜の闇に向かって叫び続ける。


「いるなら姿を見せて! お願い!」


 魔女は成獣と同じ、伝説の存在。会える可能性が極めて低いことはわかっている。

 だけどやるしかない。今日だめだったら明日。明日だめなら明後日……毎日毎日、ベランジェールの名前を呼び続けてやる。


「きゃっ!」


 視界の悪い夜の森の道を歩いていたからか、私は躓いてその場に思い切り倒れこんだ。大好きだった土のにおいが鼻に広がるのと同時に、膝を擦りむいたのか痛みも感じた。


「……お願いよ。ベランジェール。もう一度だけ、私に力を貸して……!」


 膝をついたまま、私は呟いた。すると、どこからともなく夜空に現れた月が私を照らした。


「まだアタシになにか用があるの?」


 声が聞こえて、俯いていた顔を上げる。そこには――美しい魔女、ベランジェールが堂々と立っていた。


「……ベランジェール!」

「同じ人間にこんなに何度も会うのは、あなたが初めてよ、フランカ」

「私の名前、覚えててくれたんですか?」

「当たり前じゃない。前に言ったでしょ。アタシ、あなたのこと気に入ってるって。それで――今回はなんの用かしら?」


 漆黒の長い髪を揺らしながら、ベランジェールは不敵な笑みを浮かべた。

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